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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第392話《禍脈》

 帝国首都の地下には、地上の宮殿よりも冷たい部屋がある。


 窓はない。

 灯りは青白い魔導灯だけ。

 壁には魔力を通す黒い金属が埋め込まれている。

 床には巨大な術式陣が刻まれ、中央には黒い円卓が置かれていた。


 その円卓の上に、いくつもの黒い点が浮かんでいる。


 一つは、リカリーネ達がかつて救援に向かった街。

 一つは、迷宮都市ナユタ付近の魔の森。

 一つは、魔王国でザルギスが動いた地。

 そして一つは、アルスハイム王国の王都、アンダルシアン公爵家。


 どれも、すでに消えていた。


 黒い点は霧のように揺れ、やがて薄くなり、跡形もなく消えていく。

 会議室に、しばらく沈黙が落ちた。


「……消えたか。悉く失敗するな」


 最初に口を開いたのは、帝国宰相アルハザードだった。


 痩せた指先で机を叩きながら、細い目を術式盤へ向けている。

 その隣で、魔炎気を操る将軍グラッドが鼻を鳴らした。


「街の小型個体。魔の森の成長個体。魔王国に撒いたザルギス。今度は王都の公爵令嬢。どれもこれも、最後で潰されているではないか」


「言い方を選びなさい、将軍」


 会議卓の奥で、白い髭の老人が杖を鳴らした。


 魔科学者ガレオス。

 異世界召喚システムの生みの親。

 そして、帝国の闇に根を張る数々の魔科学実験を進めてきた男だった。


「失敗ではありますが、無価値ではありません。街の小型ミアズマは、恐怖と混乱の拡散に一定の成果を示しました。魔の森の成長個体は、生命捕食による巨大化に成功しました。ザルギスの件も、死灰の毒系統の応用として有益な反応が取れております」


 グラッドが低く唸る。


「結果として、どれも消された」


「ええ。そこが問題ですな」


 ガレオスは、むしろ楽しげに術式盤を見つめた。


「特に魔の森の個体は、生命を喰らい、瘴気を集め、黒鯨型へ至っておりました。あれほど育ったミアズマが完全消滅したとなれば、相手側には相応の戦力か、異常な干渉手段が存在する」


 ミアズマ。


 瘴気を意味する名を与えられた、帝国の魔科学が生み出した怪物。

 ただ殺すだけの魔物ではない。

 命を喰らい、魔力を奪い、その一部を帝国の召喚炉へ戻すための回収装置でもある。


 だが、魔の森で失われた個体から、魔力は戻らなかった。


 喰わせた命ごと、消えた。


「王都の件はどう見る」


 アルハザードが問う。


 ガレオスは、術式盤に別の記録を映した。


 アニシア・ユラ・アンダルシアン。

 死灰の毒系統。

 魂削減術式。

 上位悪魔契約。

 ロスルド・バルネス。


 それらの文字が黒い線で結ばれ、途中でぷつりと断たれている。


「ロスルドからの報告では、公爵令嬢を通じた王都攪乱は失敗。死灰の毒系統は消失。魂削減術式は遮断。上位悪魔契約も断たれたとのことです」


 グラッドが目を細めた。


「上位悪魔契約までか」


「ええ。通常の治癒でも、解呪でも説明がつきません。ロスルド自身も詳細は掴めておりません」


 アルハザードは指を組んだ。


「ナユという小娘か」


 その名が出た瞬間、円卓の空気がわずかに変わった。


 王を癒やした赤子。

 王国で幾度も異常事態に関わる少女。

 魔の森に街を築いた存在。

 そして、今回また帝国の仕掛けを潰した者。


 帝国にとって、無視できない名前になりつつあった。


「ロスルドは、ナユタの監視強化を求めています」


「負け犬の遠吠えではないのか」


 グラッドが吐き捨てる。


 ガレオスは笑った。


「負け犬でも、鼻が利く犬は有用です。少なくとも、王都の件であの少女が危険であることは確かめられた」


 会議室の端に控えていた監査官が、一歩前へ出た。


 黒い外套をまとい、顔の半分を銀の仮面で覆っている。


「関連して、異世界召喚者の動向にも異常がございます」


 アルハザードの目が細くなった。


「報告せよ」


「田城有人ですが、やはり生命力反応が消失しています。死亡と断定して差し支えないかと」


 部屋の空気が、さらに冷えた。


 田城有人。

 帝国に協力していた異世界召喚者の一人。


 召喚時に組み込まれた操作の呪いには、完全には屈しなかった。

 それでも帝国のやり方を受け入れ、自らの意思で力を貸していた男だった。


「日村依子は」


「行方不明です。ただし、死亡反応は確認されておりません」


「進藤海は」


「同じく行方不明。こちらも死亡反応なし。追跡は困難です」


 グラッドが舌打ちした。


「使える駒ほど勝手に動く」


 監査官は頭を下げた。


「弱い心を持つ召喚者は、呪いにより制御可能です。しかし、強い自我を持つ者は完全支配に至りません。日村、進藤、田城の三名はその典型でした」


 ガレオスは、そこで薄く笑みを浮かべる。


「だからこそ価値がある。弱い者は操れるが、強者には届かぬ。ならば、強者の心を折れる呪いへ改良すればよいのです」


 円卓の最奥。


 玉座のような席に座っていた男が、ゆっくりと顔を上げた。


 帝国の王、シュバルト。


 黒金の冠をかぶり、深紅の外套をまとった男。

 その目には、人を人として見ていない冷たさがあった。


「異世界召喚の精度は、上がるのだな」


 ガレオスは、恭しく頭を垂れる。


「もちろんでございます。魔力さえあれば、召喚対象の選定精度はさらに高められます。現状、召喚者の戦力はおおよそAクラス冒険者に匹敵しますが、理論上はさらに上を狙えます」


「SSクラス以上」


 シュバルトが言った。


 その一言で、部屋の空気が変わる。


「王国アルスハイム。魔族領の魔王と四天王。そして、迷宮都市ナユタ。高ランクの冒険者達も厄介だ。Aクラス程度では足りぬ。もっと強い異世界人を喚べ」


 シュバルトの声は静かだった。

 だが、その静けさの奥には底の見えない欲望がある。


「そして、その意思を完全に操作できるようにせよ」


「御意。召喚式と呪詛制御式を並行して改良いたします」


 ガレオスの口元が、ゆっくりと歪んだ。


 アルハザードが指を組む。


「奴隷と移民の魔力搾取は続ける。表向きは労役、実態は召喚炉への供給。反乱の兆しがあれば、ミアズマを処理に使えばいい」


 グラッドが、獣のように笑った。


「喰わせた命も燃料になる。実に無駄がない」


 その言葉に、誰も眉をひそめなかった。


 魔科学者ガレオス。

 邪なる帝国の宰相アルハザード。

 魔炎気を操る将軍グラッド。

 帝国の王シュバルト。


 誰も、命を命として見ていない。


 彼らにとって人は、兵であり、素材であり、燃料であり、数字だった。


 グラッドが思い出したようにガレオスへ目を向ける。


「ところで、例の人形機動兵器はどうなっている。あれが実戦投入できれば、召喚者に頼る数も減らせるだろう」


「まだまだですな。魔導神経の同期に問題が残っております。自律制御、搭乗制御、遠隔制御、どの方式も完成には至っておりません」


「時間は」


「最低でも数年はいただきたい」


 グラッドの眉が動く。


「遅い」


「急げば壊れます。壊れるだけならよろしいが、暴走すれば都の一区画が消えるでしょうな」


 アルハザードが低く笑う。


「ならば都ではなく、属州で試せ」


「それも一案です」


 ガレオスは当然のように頷いた。


 その場にいる誰も、属州の民を思わない。

 実験場。

 燃料。

 素材。


 帝国の外にあるものは、すべてその程度だった。


 会議室の壁際。


 一人の下級文官が、記録板を抱えて立っていた。


 顔を伏せ、呼吸を浅くし、存在感を消している。

 誰も気に留めない。

 ただの書記。

 ただの雑用。


 だが、その指先は記録板の裏でわずかに震えていた。


 進藤海だった。


 今は別の名を使い、帝国の下級役人として潜り込んでいる。

 ナユの願いを受け、帝国の内部を探るために。


 海は奥歯を噛みしめた。


 ミアズマ。

 異世界召喚。

 操作の呪い。

 奴隷と移民の魔力搾取。

 魔力回収の仕組み。

 人形機動兵器。

 そして、SSクラス以上の異世界召喚者。


 どれも危険すぎる。


 どれか一つでも放置すれば、王国も、魔族領も、迷宮都市ナユタも巻き込まれる。


 早く伝えなければならない。


 ナユに。


 あの小さな少女に。


 この帝国が何をしようとしているのかを。


 会議が終わり、首脳達が席を立つ。

 海は他の文官達に紛れ、静かに部屋を出た。


 足音を乱さない。

 視線を上げない。

 急がない。


 急いでいると悟られてはいけない。


 角を曲がる。

 人気のない通路へ入る。


 そこで、ようやく息を吐いた。


「……まずいな」


 小さく呟く。


 この情報は、すぐに送らなければならない。

 ナユなら、きっと動く。

 いや、動いてしまう。


 だからこそ、正確に伝えなければならない。


 海は懐へ手を入れ、通信具へ触れようとした。


 その時だった。


「どこへ行くんだ、進藤」


 背筋が冷えた。


 ゆっくりと顔を上げる。


 通路の先に、一人の男が立っていた。


 帝国兵の服ではない。

 文官でもない。


 見覚えのある、日本人の顔。


 異世界召喚者だった。


 その瞳の奥には、薄黒い紋が浮かんでいる。


 操作の呪い。


 完全ではない。

 けれど、深く食い込んでいる。


 男は、笑っていなかった。

 ただ命令を受けた人形のように、通路を塞いでいる。


 海は通信具から手を離した。

 静かに息を整える。


 逃げ道は、後ろ。

 前には召喚者。

 そして、背後には帝国首脳部がいる。


 最悪に近い状況だった。


 それでも、海は目を逸らさない。


「悪いな。急ぎの用があるんだ」


 男の瞳に、黒い紋が濃く浮かぶ。


「命令だ。お前を通すなと言われている」


 海は、胸の奥で舌打ちした。


 情報はまだ届いていない。


 ナユは、まだ知らない。


 王都クーデターの奥にあった禍の脈は、ここに繋がっていた。

 街の異変も、魔の森の怪物も、魔王国のザルギスも、アニシアを壊した毒も、すべて別々の災いではなかった。


 帝国の闇は、まだ動いている。


 そしてその闇が、今、進藤海の前に立ちはだかっていた。

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