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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第391話《光影》

 アニスがナユタに来た日の夜。


 街は静かになっていた。

 昼間は人の声があちこちから聞こえていた大通りも、今は灯りだけがぽつぽつと残っている。

 アニスは用意された屋敷で休んでいる。

 リリエラと使用人達も近くに控え、ナユタ側の警備も配置されていた。


 ナユは、自分の部屋で椅子に座っていた。


 机の上には、今日の案内で使った簡単な地図が広げられている。

 アニスが興味を示した場所には、小さな印がつけられていた。

 図書室。

 診療所。

 市場。

 見晴らし台。


 その印を見ながら、ナユは少しだけ微笑んだ。


「アニス、少し笑ってくれたね」


『はい。表情筋の緊張、呼吸の乱れ、魔力反応の揺れから見ても、自然な笑みと判断できます』


「そこまで解析しなくてもいいよ」


『必要な確認です』


 ミラの声はいつも通り冷静だった。

 けれど、どこか少しだけ柔らかい気がした。


 ナユは椅子の背にもたれた。


 その瞬間、体の奥に重い痛みが走った。

 思わず息が詰まる。

 指先が震え、机の上の地図がかすかに揺れた。


『ナユ』


「大丈夫」


『大丈夫ではありません』


 ミラの声が、少しだけ低くなる。


第八階梯レイ・カリバーの発動反動が残存しています。加えて、《真願》発動時に能力定義を再構築した影響で、魔力回路と魂核周辺に負荷が残っています』


 ナユは右手を見た。


 手のひらに傷はない。

 けれど、内側が熱い。

 光の剣を握った記憶が、まだそこに残っているようだった。


「アニスを助けるためだったから」


『それは否定しません。ですが、負荷は負荷です』


「うん」


 ナユは素直に頷いた。


「ミラ。確認しておきたいんだけど、《願い》は、もう使えないの?」


『旧《願い》としては使用できません。ただし、《願い》そのものが消失したわけではありません』


 ナユの胸が、少しだけ詰まる。


『《願い》はナユタシステムによって再定義され、エクシードスキル《真願》へ置換されています』


「置き換わった」


『はい。神授汎用権能としての《願い》ではなく、ナユ個人に最適化された権能として再構築されました』


 ナユは目を閉じた。


 神様からもらった力。

 何度も使ってきた力。

 それが、アニスを助けるために変わった。


「じゃあ、《真願》は使えるんだね」


『使用可能です。ただし、現在は発動直後の反動により安定しません。小規模な干渉であっても、しばらくは推奨できません』


「しばらくって、どれくらい?」


『現時点では不明です。魂核と魔力回路の安定を待つ必要があります』


 ナユは小さく息を吐いた。


「《蓄願》は?」


『完全に消失しました』


 その答えは、迷いがなかった。


『第一保存領域、第二保存領域、第三保存領域はすべて解体済みです。保存されていた三回分の《願い》は、《願い》本体の再構築素材として統合されました』


「もう、使わなかった分を取っておくことはできない?」


『できません。未使用分の保存機能は失われました』


 ナユは机の上で指を組んだ。


 今までなら、一日使わなかった《願い》を蓄えておけた。

 大きなことをする時、その分だけ余裕があった。

 けれど、その余裕はもうない。


 アニスを取り戻すために、使い切った。


 ナユは後悔していなかった。


「いいよ」


『ナユ』


「アニスが戻ってきたから。だから、いい」


 それは強がりではなかった。

 本当にそう思っていた。


 ミラは少しだけ沈黙した。


『《真願》は万能性を失っていません。ですが、性質は変化しています』


「どう変わったの?」


『ナユの意志、感情、願いの純度に強く影響されます。特に、魂、存在、呪毒、契約、術式、因果への干渉に高い適性を示します』


「人を助ける願いに強くなった?」


『その表現は概ね正しいです。ただし、助けたいという言葉だけでは不十分です。ナユ自身の意志が明確でなければ、効果は大きく低下します』


 ナユはアニスのことを思い出した。


 返して。

 アニスを返して。

 あの時の願いには、迷いがなかった。


 だから届いた。


「便利に使う力じゃなくなったのかな」


『旧《願い》のような物資取得や状況補助も、理論上は不可能ではありません。しかし、《真願》の本質から外れる用途では、効率が落ちる可能性があります』


「つまり、本当に願うことに使う力」


『はい』


 ナユは窓の外を見た。


 夜のナユタは静かだった。

 だが、その静けさの中に、たくさんの人の眠りがある。

 アニスも、その中で眠っている。


「《レイ・カリバー》は?」


『光属性第八階梯魔法として記録しました。現時点でナユが到達した最高階梯です』


「もう一回使える?」


『推奨しません』


 即答だった。


「そんなに?」


『肉体、魔力回路、精神負荷の三点で危険です。今回の発動は、怒り、喪失恐怖、守護衝動、闘気、竜言語魔法、光属性魔法が一時的に噛み合った結果です。再現は可能ですが、制御できなければナユ自身にも周囲にも被害が出ます』


 ナユは手のひらを握った。


 あの時、自分は本気で悪魔を斬ろうとした。

 消し飛ばすつもりだった。

 アニスを傷つけたものを、全部壊したかった。


 あの光は、きれいなだけの力ではない。


「光だけど、怖い力なんだね」


『光は救いにもなりますが、焼き尽くす力にもなります』


 ナユは手のひらを見つめた。


 アニスを救った光。

 悪魔を斬った光。

 同じ光なのに、そこには救いと破壊の両方があった。


「……ちゃんと、使えるようにならないと」


『はい。制御が必要です』


「アニスを助けるための力で、誰かを傷つけたくないから」


『その認識を保持してください』


 ナユは小さく頷いた。


 光は、誰かを照らす。

 けれど、強すぎる光は影を生む。

 救うための力も、使い方を間違えれば、誰かを傷つける。


 ナユはそのことを、初めてはっきりと理解した。


「《真願》も、《レイ・カリバー》も、アニスを助けるために必要だった。でも、簡単に使っていい力じゃない」


『その認識で問題ありません』


「じゃあ、しばらくは休む。アニスも休ませる。私も、無理しない」


『推奨します』


 ナユは頷いた。


 その時、机の上の地図に視線が落ちた。

 ナユタの印。

 アニスがこれから暮らす場所。

 自分を取り戻すための場所。


 ナユは小さく呟いた。


「守るよ。今度は、ちゃんと」


 窓の外で、夜風が揺れた。



 同じ頃。


 王国の外れ、誰も使っていない古い礼拝堂の地下で、黒い水晶が淡く光っていた。


 ロスルド・バルネスは、その前に立っていた。


 王都から逃げ延びた彼の服に、乱れはない。

 表情にも焦りはなかった。

 ただ、目の奥には冷たい怒りが沈んでいる。


 水晶の中には、いくつもの歪んだ線が浮かんでいた。


 アルスハイム王都。

 アンダルシアン公爵家。

 アニシア・ユラ・アンダルシアン。


 その名に繋がっていた黒い線は、すべて途中で断ち切られていた。


「死灰の毒系統、消失。魂削減術式、消失。上位悪魔契約、遮断」


 ロスルドは淡々と呟いた。


「……実に忌々しい」


 だが、その声には、どこか愉悦もあった。


「何をした。あの小娘は」


 ロスルドは黒い水晶へ指を伸ばした。


 水晶の表面には、乱れた術式の残りだけが映っている。

 アニシアの魂を削るはずだった線は断たれていた。

 悪魔へ繋がる契約の鎖も、途中から砕けていた。

 毒の流れも、完全に止まっている。


 残っているのは、強すぎる光属性魔法の痕跡だけだった。


「毒を消しただけではない。術式を断ち、契約まで切り離した。通常の治癒でも、解呪でもない」


 ロスルドは小さく笑った。


「理屈が合わぬ。だが、結果だけは出ている」


 彼は机の上に置かれた封書を手に取った。


 封蝋には、帝国の紋が刻まれている。

 王国を追われた彼を拾った者達。

 そして、今もなお世界の裏で禍を育てる者達。


「王都の件は失敗した。だが、得られたものはある」


 ロスルドは封書へ短い報告を書き込んだ。


 アニシア実験、失敗。

 死灰の毒系統、消失。

 魂削減術式、遮断。

 上位悪魔契約、遮断。

 光属性第八階梯級の魔法痕跡、確認。

 詳細不明。


 最後に、彼は一行だけ加えた。


 迷宮都市ナユタ、要監視。


 ロスルドは封書を閉じた。


「ナユ。お前はまた、私の想定を越えた」


 黒い鳥のような使い魔が、闇の中から現れる。


 ロスルドは封書をその足に括りつけた。


「ならば次は、王国の内側ではない」


 使い魔が羽ばたく。


「帝国の火種で、君を焼く」


 黒い羽が、闇へ消えていった。


 その火種がどこで燃えるのかを、ナユはまだ知らない。



「今日の記録:《真願》について、ミラと確認しました。《願い》は消えたのではなく、《真願》に変わったそうです。でも、《蓄願》は完全になくなりました。もう使わなかった分を取っておくことはできません。《真願》は、私が本当に願うことに強く反応する力みたいです。《レイ・カリバー》も、今はもう一度使うのは危険だと言われました。アニスを助けるために得た力です。でも、簡単に使っていい力ではありません。しばらくは、アニスも私も休みます。日報完了」

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