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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第390話《幽閉》

 迷宮都市ナユタの外門が、ゆっくりと開いた。


 王都から来た護送馬車が、その前で止まっている。

 護送とはいっても、物々しい鉄格子の馬車ではない。

 アンダルシアン公爵家の紋章は外され、代わりに王家の封印と、迷宮都市ナユタへの移送許可を示す札だけが掲げられていた。


 馬車の中で、アニスは静かに外を見ていた。


 顔色はまだ白い。

 長く座っているだけでも疲れるのか、膝の上の手は細く震えている。

 それでも、背筋はまっすぐだった。


 リリエラは隣に控えている。

 王都からの付き添いとして、そしてアニスを守る騎士として、彼女は一歩も離れなかった。


 ナユは外門の前で待っていた。


 その横には、リカリーネ、マリエル、ティト、シズネ、レナ、ミナ、セバスチャンが並んでいる。

 全員が旅装ではなく、ナユタ側で迎えるための落ち着いた服装だった。

 ただ、リカリーネだけは腕を組み、いつものように少し偉そうに立っていた。


「アニス」


 ナユが馬車へ近づく。


 扉が開き、リリエラが先に降りた。

 続いて、アニスがゆっくりと足を下ろす。

 足元が少しふらつき、ナユがすぐに手を差し出した。


「大丈夫?」


「ええ。少し、眩しいだけですわ」


 アニスはナユの手を借りて、地面に降りた。


 外の風が、アニスの髪を揺らす。

 王都の庭園とは違う風だった。

 湿った土の匂いと、遠くの森の匂いと、どこかに人の暮らしの匂いが混じっている。


 アニスは、ゆっくりと前を見た。


 そして、固まった。


 目の前に広がっていたのは、小さな辺境の町ではなかった。

 高い外壁。

 整えられた道。

 遠くに見える建物の群れ。

 人が行き交う広場。

 商店の看板。

 訓練場らしき施設。

 さらに奥には、まだ建設中の区画まである。


 王都とは違う。

 けれど、寂れた辺境ではない。


 むしろ、これから大きくなっていく街の力が、そこにはあった。


「……ナユ」


「うん?」


「ここが……迷宮都市ナユタ、なのですか?」


「うん。まだ作っている途中だけど」


 アニスは、もう一度街を見た。


「途中……?」


 声が少しだけ裏返った。


 リカリーネがにやりと笑う。


「そうよ。これでまだ途中。幽閉先にしては、ずいぶん贅沢よね」


「リカリーネさん」


 マリエルが軽くたしなめる。


「でも、間違ってはいませんわ。王都で聞く辺境幽閉とは、かなり印象が違いますもの」


 アニスはしばらく言葉を失っていた。


 王都で裁定を受けた時、覚悟はしていた。

 二年間、辺境で幽閉。

 街の外へ出ることはできない。

 王都にも戻れない。

 公爵令嬢としての役割からも切り離される。


 それは罰だった。

 必要な裁きだと理解していた。

 だから、静かな屋敷か、古い塔か、誰にも会わない閉ざされた場所を想像していた。


 だが、目の前にあるのは街だった。


 広すぎる街だった。


「……これが、幽閉……?」


 アニスが小さく呟いた。


 その一言で、リカリーネが吹き出した。


「本人が言っちゃった!」


 ティトも苦笑する。


「まあ、普通の幽閉ではないですね」


 シズネが淡々と言う。


「王命上は幽閉です。実態はナユタ内部での生活制限付き療養と保護です」


「言い方」


 リカリーネがツッコミを入れた。


 アニスは少しだけ困った顔をした。

 それから、ほんのわずかに笑った。


 弱い笑みだった。

 けれど、王都で見せていた作られた笑みではない。

 ナユの知っている、アニスの笑みだった。


「陛下は……本当に、気を利かせてくださったのですね」


「うん。たぶん、最初からこうするつもりだったと思う」


 ナユは頷いた。


「でも、アニスが無理しないように、外へ出るのは禁止。王都に戻るのも二年後まで禁止。政治のことも、今はお休み」


「……お休み」


 アニスは、その言葉を繰り返した。


 罰。

 幽閉。

 責任。


 そのどれでもなく、お休み。


 ナユがそう言っただけで、少しだけ息がしやすくなった気がした。


 外門を通ると、ナユタの住人達が道の端で静かに頭を下げた。


 好奇の目はある。

 けれど、石を投げる者はいない。

 罵声を浴びせる者もいない。

 王都での事件を知っている者もいるはずなのに、そこにあるのは警戒よりも、ナユが連れてきた客人を見る目だった。


 アニスは少しだけ肩に力を入れた。


「皆様、私のことを……」


「全部を知っているわけじゃないよ」


 ナユは静かに言った。


「でも、アニスが私の友達だってことは知ってる」


 アニスの指が震えた。


「それは……強すぎる紹介ですわね」


「そうかな」


「ええ。ここでは、ナユの友達というだけで、守られてしまいそうです」


 ナユは少し考えた。


「うん。守るよ」


 アニスは目を伏せた。


「……そういうところですわ」


 最初に案内したのは、アニスが暮らす屋敷だった。


 屋敷といっても、王都の公爵家ほど大きくはない。

 だが、庭は広く、部屋は明るく、療養のための静かな空間も用意されていた。

 リリエラの部屋も近くにあり、数人の使用人が王都から同行している。


 さらに、ナユタ側の医療担当や警備担当とも連携できるようになっていた。


 アニスは窓の外を見た。


 庭の向こうには、街の屋根が見える。

 さらにその向こうには、訓練場らしき広場がある。

 子ども達の声も、遠くから聞こえてきた。


「静かすぎないのですね」


「静かな方がいい?」


「いいえ」


 アニスは首を振った。


「誰かの暮らしの音が聞こえる方が、少し安心します」


 ナユはほっとした。


「じゃあ、よかった」


 その後、ナユは無理のない範囲でアニスを案内した。


 大通り。

 市場。

 診療所。

 図書室。

 休憩所。

 訓練場。

 そして、まだ工事中の区画。


 歩くのは少しだけで、あとは馬車や休憩を挟みながらだった。

 それでも、アニスは一つ一つを驚いたように見ていた。


「本当に、街なのですね」


「うん。ナユタは迷宮都市だから」


「幽閉先に市場があり、図書室があり、診療所があり、訓練場まであるのですね」


「うん」


「……幽閉とは」


 アニスが真面目な顔で呟いた。


 今度はマリエルまで小さく笑った。


「アニシア様。王命上は幽閉ですわ」


「王命上は」


「ええ。王命上は」


 アニスは口元に手を当てた。


 笑ってはいけないと思ったのだろう。

 だが、少しだけ肩が震えていた。


 ナユは、その様子を見て胸が温かくなった。


 アニスが笑っている。

 少しだけでも。

 王都で泣きながら壊されていたアニスが、今は自分の意思で笑っている。


 それだけで、この街へ連れて来られてよかったと思えた。


 夕方。


 ナユはアニスを、街を見渡せる小さな丘へ連れて行った。


 そこは、ナユタの外へ出る場所ではない。

 街の内側に作られた見晴らし台だった。

 夕陽を受けた建物の屋根が、淡く金色に光っている。


 アニスは手すりに触れ、しばらく黙って街を見ていた。


「ナユ」


「うん」


「私は、ここで過ごすのですね」


「うん。二年間」


「二年は、長いですわ」


「うん」


「でも……短いのかもしれませんわね。壊されたものを、もう一度拾い集めるには」


 ナユはアニスの横顔を見た。


 アニスの表情は、まだ弱い。

 けれど、王都にいた時のような空っぽの顔ではなかった。

 自分で考えて、自分で言葉を選んでいる顔だった。


「私は、ロスルドに壊されました。ナユを忘れようとして、忘れられなくて、傷つけて、傷ついて、自分が自分でなくなるのを止められませんでした」


「アニス」


「でも、ナユが迎えに来てくれました」


 アニスは、ナユを見る。


「だから私は、ここで自分を取り戻します」


 風が吹いた。


 アニスの髪が揺れる。

 その瞳には、弱くても確かな光があった。


「公爵令嬢としてではなく、ロスルドの旗印としてでもなく、誰かに作られた悪役令嬢でもなく」


 アニスは、ゆっくりと言った。


「アニスとして、もう一度、自分を取り戻します」


 ナユは頷いた。


「うん。私も手伝う」


「ええ。お願いします、ナユ」


 アニスは微笑んだ。


 その笑顔は、まだ少し儚い。

 けれど、確かに戻ってきたものだった。


 辺境幽閉。


 そう呼ばれる二年間が始まる。


 けれど、それは閉ざされるためだけの時間ではなかった。

 アニスが壊された自分を拾い集め、もう一度歩き出すための時間だった。


 そして、その場所は、ナユの街だった。



「今日の記録:アニスが迷宮都市ナユタへ来ました。裁定では辺境幽閉ですが、ナユタはとても広いので、アニスはこれが幽閉なのかと驚いていました。少しだけ笑ってくれました。屋敷、市場、診療所、図書室、訓練場を案内しました。アニスはここで自分を取り戻すと言いました。公爵令嬢としてでも、ロスルドの旗印としてでもなく、アニスとしてもう一度歩きたいそうです。私はそれを手伝います。日報完了」

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