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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第389話《裁定》

 王都の夜が明けてから、数日が過ぎた。


 閉ざされていた門は開かれ、臨時評議会の命令は取り消された。

 捕らえられていた貴族や近衛兵達も、順に解放されていった。

 王都の通りには少しずつ人が戻り始めたが、誰もがまだ声を潜めて歩いていた。


 アニシア・ユラ・アンダルシアンは、アンダルシアン公爵家の一室で静養していた。


 魂は戻った。

 死灰の毒の水も、悪魔契約も、ロスルドが仕掛けた術式も消えた。

 けれど、失われかけたものが大きすぎたため、すぐに元気になることはできなかった。


 それでも、数日後には、アニスは短い時間なら起き上がれるようになった。


 白い顔のまま、背筋だけはまっすぐに伸ばしている。

 その姿は痛々しかったが、公爵令嬢としての品位は失われていなかった。

 隣にはリリエラが控え、ナユも少し離れた場所に立っていた。


 今日は、裁定の日だった。


 王城の広間には、国王陛下、アンダルシアン公爵、有力貴族達、近衛兵、そしてナユ達が集められていた。

 王都クーデターはロスルドの策であり、アニシアは死灰の毒の水と術式で操られていた。

 その証拠は、使用人達の証言、リリエラの証言、ミラの解析、そしてアニス本人の状態からも明らかだった。


 けれど、それだけでは終わらなかった。


 国民の手前がある。

 王都が封鎖された事実がある。

 臨時評議会の旗印として、アニシア・ユラ・アンダルシアンの名が使われた事実がある。


 アニス本人が望んだことではない。

 けれど、何もなかったことにもできない。


 国王は、重い声で告げた。


「アニシア・ユラ・アンダルシアン。そなたが操られていたことは、余も理解している。だが、王都を混乱させた旗印となった事実は、国民の前で無視できぬ」


 アニスは静かに頭を下げた。


「承知しております」


 声はまだ弱い。

 だが、逃げる声ではなかった。


「いかなる裁定であっても、受け入れる覚悟です」


 ナユの指が、ぴくりと動いた。


 アニスは何も悪くない。

 操られていた。

 魂まで削られた。

 死にかけた。

 それなのに、まだ何かを背負わせるのか。


 そう思った瞬間、ナユの周囲の空気が、すっと冷えた。


 リカリーネが横目で見る。


「ナユ?」


 マリエルの表情が引きつる。


「ナユさん。お気持ちは分かりますけれど、今は広間ですわ」


 ティトが小声で言う。


「香気魔法、落ち着く香りを出しましょうか」


 シズネは淡々と呟いた。


「魔力出力、上昇中です」


 レナが短く言う。


「怒っているな」


 セバスチャンは穏やかな顔のまま、ほんの少しだけ視線を伏せた。


「お嬢様。王城の床は高価でございます」


 ナユははっとした。


 床を壊すつもりはなかった。

 なかったはずだった。


 国王陛下の額には、うっすら汗が浮かんでいた。


「ナ、ナユよ。最後まで聞くのだ。まだ何も言い切っておらぬ」


 王の声が、少しだけ裏返った。


 広間の空気が微妙に揺れる。

 近衛兵達が、見てはいけないものを見てしまったように視線を外した。

 アンダルシアン公爵は、深刻な顔を保とうとしていたが、肩が少し震えていた。


 ナユは小さく息を吸った。


「……失礼しました」


 そう言いながらも、目はまだ少し怖かった。


 国王は咳払いをした。


「裁定を告げる。アニシア・ユラ・アンダルシアンは、二年間、辺境にて幽閉とする」


 その言葉に、広間が静まった。


 ナユの周囲の空気が、また少し冷えた。

 それは殺気にも似たものであった。


「へ、辺境といってもだな」


 国王が慌てて続ける。


「迷宮都市ナユタである」


 ナユは瞬きをした。


「……ナユタ?」


「そうだ。そなたが統治する迷宮都市ナユタだ」


 国王は、今度は少しだけ威厳を取り戻したように言った。


「条件は、二年間、迷宮都市ナユタから外へ出ぬこと。王都への帰還、公的行事への参加、アンダルシアン公爵家の政治的活動への関与を禁ずる。ただし、ナユタ内部での生活、療養、学問、交流、移動については、そなたの監督下で認める」


 ナユは黙った。


 迷宮都市ナユタ。


 広い。

 とても広い。

 町があり、人が住み、施設があり、学ぶ場所も、働く場所も、休む場所もある。


 街から出てはいけない。


 そう言われても、ナユタの中でなら、かなり自由に過ごせる。


 リカリーネが小声で呟いた。


「それ、幽閉って言うの?」


 マリエルも小さく頷いた。


「体面上は幽閉ですわね。実態は療養と保護に近いですわ」


 国王は聞こえていないふりをした。


「なお、二年後には幽閉を解除する。その後、アニシアが王都へ戻ることも認める。公爵令嬢として復帰するか、距離を置くかも、本人の意思を尊重する」


 アニスの目が、かすかに揺れた。


「私の……意思を……?」


「そうだ」


 国王は静かに頷いた。


「そなたは利用された。だが、王都は傷ついた。ゆえに、何もなしとはできぬ。だが、これ以上そなたを政治の駒にする気もない」


 アンダルシアン公爵が、深く頭を下げた。


「陛下。寛大なるご裁定、感謝いたします」


 アニスは父を見た。


 公爵の顔には、苦しみがあった。

 娘を守れなかった苦しみ。

 それでも、公爵家として王国に示さなければならない責任。

 その両方が、そこにあった。


 アニスは、ゆっくりと国王へ向き直った。


「謹んで、お受けいたします」


 声は弱かった。

 けれど、折れてはいなかった。


 ナユはアニスを見た。


 アニスも、ナユを見た。


 ほんの少しだけ、アニスの口元が緩む。


「ナユの街に……行けるのね……」


 小さな声だった。


 ナユは、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。


「うん」


 ナユは頷いた。


「ナユタで、ゆっくり休もう」


 国王が、ほっと息を吐いた。


 その様子を見て、リカリーネが小声で言う。


「王様、完全にナユの反応見てたわよね」


 マリエルが微笑む。


「おそらく、最初からそのおつもりだったのでしょう。けれど、言い方が悪いですわ」


 シズネが淡々と続ける。


「危険な手順でした。ナユの魔力反応が一瞬上昇しました」


 ティトが苦笑する。


「王城の床、無事でよかったです」


 レナが短く言う。


「王は賭けに勝った」


 セバスチャンは静かに微笑んだ。


「陛下も、お人が悪い」


 国王は聞こえていたのか、聞こえていなかったのか、遠い目をした。


「余も、命がけで王をしておるのだ」


 広間に、少しだけ笑いが生まれた。


 重すぎた空気が、ほんのわずかに緩む。


 それでも、裁定は下された。


 アニシア・ユラ・アンダルシアンは、二年間、迷宮都市ナユタで暮らすことになる。

 それは罰であり、療養であり、保護でもあった。

 そして、アニスにとっては、ナユのそばで自分を取り戻すための時間でもあった。


 ナユは、アニスの手をそっと握った。


「アニス。ナユタには、いろんな場所があるよ。まだ全部、私も見きれてないくらい」


「そう……」


「だから、退屈はしないと思う」


 アニスは小さく息を吐いた。


「幽閉なのに……少し楽しみにしてしまうのは……悪いことかしら」


「悪くないよ」


 ナユは首を振った。


「アニスは、これから元気になるんだから」


 アニスの瞳に、わずかな光が戻る。


「なら……案内してくださる?」


「うん。もちろん」


 ナユは柔らかく笑った。


「わたしが案内するよ」


 王都クーデターは終わった。


 ロスルドは逃げた。

 王都にはまだ傷が残っている。

 アニスにも、すぐには消えない痛みが残っている。


 けれど、裁定は下された。


 アニスは罰として辺境へ送られる。

 だが、その辺境は、ナユの街。


 王都の人々に示すための裁き。

 アニスを守るための幽閉。

 そして、彼女が自由を取り戻すための二年間。


 それが、国王陛下の選んだ裁定だった。



「今日の記録:アニスへの裁定が下されました。操られていたとはいえ、王都クーデターの旗印になったことは、国民の手前、何もなしにはできないそうです。私は少し怒りそうになりました。王様は少し怯えていました。でも、裁定の内容は、二年間、迷宮都市ナユタで過ごすことでした。街の外へは出られませんが、ナユタの中では療養も生活もできます。二年後には幽閉は解除され、王都へ戻ることも、公爵令嬢としてどう生きるかも、アニス自身が選べるそうです。アニスがナユタに来ます。今度は、私が案内します。日報完了」

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