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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第388話《解放》

 ナユはアニスを抱えたまま、廊下を進む。


 廊下には、まだ焦げた匂いと血の匂いが残っていた。

 倒れた男達が壁際に転がっている。

 臨時評議会の腕章をつけた者達は、武器を落としたまま動けずにいた。

 リリエラの一声と、セバスチャンの静かな威圧で、もう戦おうとする者はいない。


「リリエラさん。アニスを、まず使用人さん達の部屋へ連れていきます。そこで少しでも休ませます」


「承知しました。使用人達のいる部屋なら、寝具も水も用意できます。アニシア様をお任せできる者達もおります」


 ナユは小さく頷いた。


「うん。まずはアニスを無事に届けます」


 その言葉に、アニスの指がかすかに動いた。

 ナユの服を握る力は弱い。

 けれど、確かに離そうとしていなかった。


 リカリーネが前へ出る。


「じゃあ、道を開けるわよ。邪魔する奴は、そこに転がってる連中の仲間入りだから」


 マリエルが水の帯を展開した。


「乱暴な言い方ですけれど、今は分かりやすくて助かりますわ」


「褒めてるの、それ?」


「半分くらいは」


「半分!?」


 短いやり取りだった。

 けれど、その軽さに、少しだけ空気が戻る。


 セバスチャンが廊下の先へ視線を向ける。


「敵の主導権は失われています。ですが、完全に安全とは言えません。移動は迅速に」


「私が先導します。この屋敷の道は、私が知っています」


 リリエラが剣を構えた。


 ナユ達は、使用人達が閉じ込められていた部屋へ戻った。

 扉が開いた瞬間、中にいた者達が一斉に顔を上げる。

 年配の侍女が、ナユの腕の中のアニスを見て、口元を押さえた。


「アニシア様……!」


「無事です。でも、まだとても弱っています。寝かせられる場所はありますか?」


「すぐに!」


 侍女達が動き出した。

 閉じ込められていたはずなのに、その動きは早い。

 寝台の布を整える者。

 水差しを用意する者。

 薬箱を探す者。

 皆、主を迎えるために必死だった。


 ナユはアニスを寝台へそっと横たえた。


 アニスの顔色はまだ悪い。

 けれど、呼吸は続いている。

 先ほどまで消えかけていた魂の光は、今は細く、確かに繋がっていた。


『生命反応、低位安定。安静を維持してください。追加の強刺激は避けるべきです』


(分かった)


 ナユはアニスの手を離そうとした。

 けれど、アニスの指が、かすかにナユの袖を掴んだ。


「アニス」


 ナユは身を屈める。


「少しだけ、ここで休んでて。すぐ戻るから」


 アニスは答えられない。

 けれど、ナユの袖を掴む指が、ほんの少しだけ緩んだ。

 まるで、行っていいと言っているようだった。


 ナユはその手を、侍女の手へそっと預けた。


「お願いします」


「命に代えましても」


 年配の侍女は深く頭を下げた。


「いえ。命は代えないでください。みんなで、アニスを守ってください」


 侍女は一瞬だけ目を丸くした。

 それから、涙をこらえるように頷いた。


「はい。必ず」


 リリエラはアニスの寝顔を一度だけ見た。

 その目には、まだ痛みが残っている。

 だが、今は止まらない。

 主を守る騎士として、やるべきことが残っていた。


「ナユ様。次は王城です」


「はい。国王陛下と、公爵様達を解放します」


 リカリーネが目を細めた。


「ついで、って言うには大仕事ね」


「でも、やるしかありませんわ。王都の命令系統を戻すには、国王陛下と主要貴族の解放が必要ですもの」


 マリエルが頷く。


 シズネがスパイクガンを確認する。


「敵の指揮系統は崩れています。今なら突破率は高いです」


「急ぐ」


 レナが短く言う。


 ティトは香りの小瓶を閉じた。


「アニシア様の部屋に残っていた灰の匂いも、少し薄くなっています。でも、まだ屋敷内には残留しています。長居はしない方がいいです」


 セバスチャンは静かに頷いた。


「では、参りましょう」


 アンダルシアン公爵家の制圧は、思ったより早く終わった。


 ロスルドからの命令が途絶えたことで、雇われた男達は完全に浮き足立っていた。

 金で雇われた者達は、旗印を失えば弱い。


 王国最強の騎士リリエラ。

 そして、第八階梯の光を放ったナユ。


 それらを前に、戦う理由を失った者達は、次々と武器を捨てていった。


 使用人達の証言により、屋敷内の隠し部屋も見つかった。

 そこには、公爵家の従者や、一部の近衛兵が閉じ込められていた。

 彼らを解放すると、状況はさらに早く動き出した。


 王都の封鎖を支えていた命令は、いくつもの偽装と脅迫で組み上げられていた。

 だが、その中心にいたアニシアは戻った。

 ロスルドは逃げた。

 臨時評議会の命令も、もう届かない。


 崩れ始めたものは、早かった。


 王城へ向かう道でも、小さな抵抗はあった。

 だが、リリエラが名を告げただけで、正規兵の多くは剣を下ろした。

 彼らもまた、何が正しい命令なのか分からないまま動かされていたのだ。


「リリエラ様……本当に、アニシア様は」


「ご無事です。ただし、重い消耗により静養が必要です」


 兵士達の顔が変わる。


 セバスチャンが一歩前に出る。


「国王陛下へお目通り願います」


 静かな声だった。

 しかし、逆らえる者はいなかった。


 王城の奥。


 国王陛下は、外へ出られないようにされていた。

 病と静養を理由に隔離され、側近達も分断されていた。

 だが、命を奪われてはいなかった。


 ナユ達が扉を開けた時、国王は椅子に座っていた。

 疲れは見える。

 だが、その目はまだ死んでいない。


「ナユか」


「はい。遅くなりました。国王陛下をお助けに参りました」


 ナユは礼をした。


 国王は、少しだけ息を吐いた。


「また、お前に救われたな」


「今回は、私だけではありません。皆で来ました」


 ナユは首を振った。


 その後ろに、マリエル達が並ぶ。

 リリエラが膝をつく。

 セバスチャンも、静かに頭を下げた。


 国王は、全員を見た。


「状況を聞こう」


 リリエラが説明を始めた。

 アニシアが操られていたこと。

 ロスルドが関わっていたこと。

 臨時評議会が王都を封鎖していたこと。

 アニシアは救出され、現在は静養中であること。


 国王は黙って聞いていた。

 やがて、深く目を閉じる。


「ロスルドめ……また、王国に毒を撒いたか」


 その声には怒りがあった。

 だが、それ以上に、重い疲労があった。


 続いて、公爵達や有力貴族達も解放された。

 彼らの多くは、王城内の別室や屋敷に軟禁されていた。

 無理やり従わされていた者。

 情報を断たれていた者。

 臨時評議会に反対したため拘束されていた者。

 すべてが一度に元へ戻ったわけではない。


 王都はまだ混乱していた。

 閉じられた門を開けるにも、外へ説明を出すにも、時間がかかる。

 それでも、夜明け前には、王都を縛っていた大きな鎖は外れ始めていた。


 国王陛下は王城の広間に立ち、解放された貴族達と近衛兵へ命じた。


「王都封鎖を解除せよ。臨時評議会の命令はすべて停止する。ロスルド・バルネス、およびその協力者を追うのだ」


 兵士達が一斉に頭を下げる。


「はっ!」


 ナユは、その様子を見ていた。


 アニスはまだ眠っている。

 ロスルドは逃げた。

 完全な勝利ではない。

 けれど、王都は取り戻されつつあった。


 リカリーネが隣に立つ。


「終わった……って言っていいのかしら」


「まだです。でも、アニスは戻りました。王様も助けられました。だから、少しだけ前に進みました」


「そっか。じゃあ、今日はそれでいいわね」


 ナユは頷いた。


「うん」


 夜明けの光が、王城の窓から差し込み始めていた。


 王都の長い夜が、ようやく終わろうとしていた。



「今日の記録:アニスを使用人さん達の部屋へ運びました。アニスはまだ弱っていますが、魂は繋ぎ止められています。その後、国王陛下と公爵様達、閉じ込められていた貴族の方々を解放しました。ロスルドは逃げました。王都を縛っていた臨時評議会の命令は停止されました。完全に終わったわけではありません。でも、アニスは戻りました。王都も少しずつ戻り始めています。長い夜が、やっと明けようとしています。日報完了」

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