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神様の手違いで死んだ社畜おっさん、まずは自由を願い、次に明日を願う!TS転生し美少女に!最強チート《願い》は一日一回だけど万能です!異世界スローライフで世界も人も未来も救ってみせます!  作者: 兎深みどり
第八章《王都クーデター編》

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第385話《光剣》

 ナユは全力で踏み込んだ。


 床が砕ける。


 薄暗い部屋の中を、白い光が走った。


 悪魔は微笑んだまま、杖を横へ滑らせる。


 こつん。


 軽い音。


 それだけで、黒い壁が斜めに立ち上がった。


 ナユの拳が、その壁へ叩き込まれる。


 光と闇がぶつかり、部屋全体が揺れた。


 机が跳ねる。

 散らばっていた紙が舞う。

 倒れた花瓶の破片が、床の上を滑った。


「おや」


 悪魔は楽しそうに目を細める。


「見た目より、ずいぶん乱暴なお嬢様ですね」


「どいてください」


 ナユは低く言った。


「アニスを助けます」


「それは結構」


 悪魔は肩をすくめる。


「ですが、私もせっかく門をくぐった身ですので、すぐ帰るのは少々もったいない」


 黒い影が、悪魔の足元から広がった。


 影は細い鎖のように床を走り、ナユの足へ絡みつこうとする。


『影状拘束術式を確認』


(切ります)


 ナユの手に光が集まった。


「《レイ・エッジ》」


 光の刃が走る。


 影の鎖がまとめて裂けた。


 ナユは止まらない。


 身体強化をさらに重ねる。


 一重。

 二重。

 三重。


 魔力が骨の奥まで満ちていく。


 悪魔が杖を振る。


 黒い羽のような刃が、無数に放たれた。


 ナユは身を低くする。


 光の刃で弾く。

 腕で受け流す。

 足元を蹴って、さらに前へ出る。


 肩を一筋、黒い刃がかすめた。


 痛みが走る。


 けれど、止まらない。


「速いですね」


 悪魔は笑う。


「けれど、まだ届きません」


 悪魔の姿がほどけた。


 黒い霧になる。


 次の瞬間、ナユの背後に現れる。


『背後』


 ナユは振り返らずに、肘を打ち込んだ。


 光をまとった肘が、悪魔の胸元をかすめる。


 黒い燕尾服が裂けた。


 悪魔の笑みが、わずかに深くなる。


「これはこれは」


 悪魔は一歩下がった。


「油断すると、傷をいただきそうです」


「もう、傷では済ませません」


 ナユの手の中で光が伸びる。


「《レイ・ブレード》」


 光の剣が形を取った。


 ナユは踏み込む。


 一撃。

 二撃。

 三撃。


 悪魔は杖で受ける。


 杖と光剣がぶつかるたび、黒い火花と白い火花が散った。


 部屋の壁に亀裂が走る。


 天井から細かい粉が落ちる。


 アニスの倒れている場所へ、破片が飛びそうになる。


 ナユは即座に足を止め、光を横へ払った。


 破片が砕け、床へ落ちる。


 悪魔はその動きを見て、口元に手を当てた。


「なるほど」


 声は柔らかい。


「お嬢様を守りながら戦う、と」


 黒い影が、アニスの方へ細く伸びた。


 ナユの目が変わる。


 次の瞬間、ナユは悪魔との距離を無理やり詰めた。


 床が砕ける。


 光剣が振り下ろされる。


 悪魔は受け止めた。


 だが、受け止めきれない。


 杖ごと、悪魔の体が後ろへ押される。


「アニスに」


 ナユの声が低くなる。


「触るな」


 光が爆ぜた。


「《レイ・バースト》」


 近距離で放たれた光の爆発が、悪魔を吹き飛ばした。


 黒い壁が何枚も割れる。


 悪魔の体が本棚に叩きつけられ、棚ごと砕けた。


 だが、悪魔はすぐに立ち上がる。


 燕尾服は裂けている。

 白い手袋にも焦げ跡がある。


 それでも、まだ余裕の笑みを崩さない。


「今のは、なかなか」


 悪魔は帽子を拾い、軽く埃を払った。


「ですが、私を帰すには少し足りません」


 黒い魔法陣が悪魔の背後に広がる。


 そこから、いくつもの腕が伸びた。


 影の腕。


 人の腕のようで、人ではない。


 それらが、ナユへ殺到する。


『数が多いです』


(全部、斬ります)


 ナユは光剣を両手で握った。


 身体強化をさらに上げる。


 六重。

 九重。

 十二重。


 筋肉が悲鳴を上げる。


 骨が軋む。


 だが、今は止まれない。


 影の腕を斬る。

 斬る。

 斬る。


 それでも増える。


 斬った端から、黒い泥のように再生していく。


「魂を喰らう悪魔、と言われることもありますが」


 悪魔は穏やかに語る。


「正確には、門を通るための対価が魂なのです。私は、いただけるものをいただく。契約とは、そういうものです」


「アニスは、望んでいません」


「でしょうね」


 悪魔はあっさり頷いた。


「ですから、私はお嬢様の命令を聞いておりません」


 その言葉に、ナユの動きが一瞬だけ止まりかける。


 悪魔は続けた。


「誤解なきように。私は、あのお嬢様を壊した張本人ではございません」


 黒い腕が、再びナユへ迫る。


「門が開き、名を呼ばれ、対価が差し出されるはずだった。ですが、対価が尽きていた。それだけのことです」


「それでも」


 ナユは影の腕を斬り裂いた。


「アニスを苦しめるなら、敵です」


「ええ。今は、それで構いません」


 悪魔は笑った。


 黒い腕が束になる。


 巨大な槍のように形を変え、ナユへ突き出された。


 ナユは《レイ・ブレード》で受ける。


 光剣が軋む。


 闇の槍が押してくる。


 足が床へ沈む。


 背後にはアニスがいる。


 避けられない。


『出力不足。既存光刃では押し負けます』


(なら、もっと)


『危険です。肉体負荷が急上昇しています』


(もっと、強く)


 ナユの中で、何かが噛み合った。


 身体強化。


 光属性魔力。


 闘気。


 竜言語魔法。


 今まで別々に使っていた力が、胸の奥でひとつの流れになる。


 光剣が震える。


 形が崩れた。


 剣では足りない。


 刃では足りない。


 爆発でも足りない。


 目の前の闇を、悪魔を、アニスを倒れさせたこの術式を、まとめて斬り裂く力が必要だった。


『未確認術式構造を検出』


 ミラの声が響く。


『光属性階梯、上昇』


 ナユの足元から、光が噴き上がった。


 部屋全体が白く染まる。


 悪魔の笑みが、初めて消えた。


「これは」


 ナユの手の中に、巨大な光が集まる。


 それは、ナユの小さな身体には不釣り合いな巨大な剣。


 剣と呼ぶには、あまりにも大きい。


 部屋の天井を突き抜けそうな光の刃。


 世界そのものを斬るために生まれたような、白い光。


『危険です。魔力出力、既存上限を突破』


 ミラの警告が響く。


 だが、ナユは止まらなかった。


 止まれるわけがなかった。


 倒れているアニスがいる。


 まだ息をしている。


 まだ助けられる。


 なら、目の前の悪魔に構っている時間などない。


 ナユは光の刃を握りしめた。


「失せろ、糞悪魔」


 声は低かった。


 怒鳴ってはいない。


 けれど、その言葉に込められた怒りで、部屋の空気が震えた。


「第八階梯――」


 悪魔が後ろへ下がる。


 黒い壁を何枚も展開する。


 影の腕を盾のように重ねる。


 それでも、遅い。


「《レイ・カリバー》」


 光が、振り下ろされた。


 音が消えた。


 次の瞬間、白い斬撃が部屋を裂いた。


 黒い壁が割れる。

 影の腕が消し飛ぶ。

 魔法陣が砕ける。


 悪魔の体を、光の刃が斜めに斬り裂いた。


「っ……!」


 悪魔の口から、初めて声にならない息が漏れた。


 燕尾服が裂ける。

 胸元から黒い霧が噴き出す。

 漆黒の角に、細い亀裂が走る。


 部屋の壁が吹き飛んだ。


 カーテンが光に焼かれ、窓枠が砕ける。


 屋敷全体が大きく揺れた。


 外の廊下から、誰かの声が聞こえる。


 だが、ナユは振り返らない。


 光が収まった時、悪魔は片膝をついていた。


 胸元から肩にかけて、深い斬撃が刻まれている。


 黒い霧が傷口から漏れ続けていた。


 悪魔は自分の傷を見下ろす。


 そして、困ったように笑った。


「これはいけませんね」


 声はいつも通り柔らかい。


 だが、余裕は薄くなっていた。


「しばらく、綺麗には戻りそうにありません」


 ナユは荒い息を吐いた。


 腕が震えている。


 足も重い。


 初めての第八階梯。


 その反動が、体中に残っていた。


 それでも、ナユは悪魔を睨んだ。


「どいてください」


「ええ。そうしましょう」


 悪魔はゆっくりと立ち上がる。


 胸元の傷を押さえながら、帽子を拾う。


「このままでは、せっかくの現世を楽しめないではないですか」


 黒い影が、悪魔の足元に広がった。


 転移の気配。


 ナユは追わなかった。


 追っている場合ではなかった。


 悪魔は帽子を胸に当て、優雅に一礼する。


「お嬢様をお救いになるのでしたら、急がれた方がよろしい」


 ナユの目が細くなる。


 悪魔は、どこか楽しそうに微笑んだ。


「またお会いしましょう、光のお嬢様」


 次の瞬間、悪魔の姿は黒い霧にほどけた。


 部屋に残ったのは、裂けた影の残り香と、焼けたような光の跡だけだった。


 ナユは悪魔が消えた場所を見なかった。


 黒い壁は、もうない。


 アニスとの間を遮るものは消えていた。


「アニス!」


 ナユは倒れたアニスへ駆け寄った。


 白いドレスは乱れ、頬は青白い。


 唇から、細い息が漏れている。


 まだ生きている。


 ナユはアニスの手を取った。


 冷たい。


 あまりにも冷たい。


『生命反応、極めて低下』


 ミラの声が響く。


『魂の欠損反応あり。生命力の枯渇が進行しています』


(助けます)


 ナユはアニスを抱き起こした。


 逃げた悪魔のことなど、今はどうでもよかった。


 ロスルドのことも、後でいい。


 今、目の前にいる友達を助ける。


 それだけだった。


 ナユはアニスを強く抱きしめた。



「今日の記録:悪魔と戦いました。悪魔は、アニスを壊した張本人ではないと言いました。門が開いたから現れただけだと。それでも、アニスを苦しめるなら敵でした。私は全力で戦い、初めて第八階梯レイ・カリバーを使いました。悪魔に深い傷を与えましたが、悪魔は転移して逃げました。追いませんでした。今はアニスを助けることが一番大事だからです。アニスはまだ生きています。絶対に助けます。日報完了」

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