第315話《開眼》
聖剣ルミナリスが振り下ろされる。
白銀の斬撃が夜空を裂き、
黒いクジラの巨体を深く抉った。
瘴気が爆ぜる。
裂け目から溢れ出した黒は粘ついた液のように垂れ、
地に落ちる前に蒸発する。
魔王は止まらない。
一歩踏み込み、
横薙ぎ。
さらに跳躍し、上段から叩き斬る。
連続する斬撃が巨体を刻む。
確実に斬れている。
確実に削れている。
だが。
裂けた断面が泡立つ。
黒い肉のようなものが蠢き、
絡み合い、
焼かれたはずの部分を覆い直す。
聖剣に斬られた痕すら、
時間を逆流させるように修復されていく。
削れている。
だが“減っていない”。
魔王の瞳が細くなる。
「消耗の概念がないか……厄介だな」
その瞬間。
黒いクジラの表層が内側から裂けた。
縦に。
横に。
斜めに。
亀裂が走り、
そこから覗く。
目。
一つではない。
十。
百。
千。
無数の瞳が全身に開く。
色は深淵。
底なしの闇。
視線が刺さる。
依子の呼吸が止まる。
バルゴの戦斧が軋む。
銀翼の指先が白くなる。
雷神の武器が低く鳴る。
ザヴェルの笑みが消え、サバリネの瞳が細くなる。
そして――声。
耳ではない。
脳髄の奥へ直接落ちる。
この場にいる“強者”だけに届く言葉。
――われは、全ての生命を喰らう者……
重い。
事実そのものの響き。
――われは、この地にして、はるか昔より存在する者……
脳裏に断片が流れ込む。
森が沈む。
街が崩れる。
命が喰われる。
――名を、○@!&≮#ーという……
音が歪む。
理解しようとすると頭痛が走る。
――力ある者達よ。
無数の瞳が中央区画を見下ろす。
――われの邪魔をせぬなら、生かしてやろう。
沈黙が落ちる。
瘴気が揺れる。
最初に口を開いたのは、依子だった。
「仲間を喰った奴の提案なんて聞くわけないだろ」
拳を握る。
怒りではない。
覚悟だ。
次にバルゴ。
「この街はあいつの……ナユの希望だ。土足で踏み荒らすな」
背後に瓦礫。
背後に人々。
それでも前に立つ。
銀翼が剣を構える。
「守るために剣を握っている。退く選択肢はない」
静かで鋭い声。
雷神が武器を肩に担ぐ。
「雷は逃げねぇ。落ちるだけだ」
重く、低い宣言。
ザヴェルが嗤う。
「喰らう側が交渉とはな。笑わせる」
牙を見せる。
サバリネが静かに告げる。
「選別するのは貴方ではありませんわ」
断罪の瞳。
最後に。
魔王が聖剣を持ち上げる。
白銀の光が闇を押し返す。
「生かす……?」
低く響く声。
「ふん、勘違いするな」
剣先が黒いクジラを指す。
「この場に立つ者は、退かぬ」
一歩踏み出す。
「消えるのは貴様だ」
その瞬間。
黒いクジラの無数の目が一斉に見開かれる。
空間が歪む。
怒りか。
歓喜か。
選別か。
世界が、さらに深い段階へ落ちた。




