第310話《再現》
黒い塊が、他と違う揺らぎを見せた。
地面に触れる前に、人の輪郭を持つ。
細身の体躯。
癖のある立ち方。
そして手には、光を反射しない黒いナイフ。
日村依子の呼吸が止まる。
「……有人」
石畳に立つそれは、田城有人だった。
あの日と同じ装備。
同じ構え。
同じ距離の詰め方。
だが目が違う。
空洞。
意思がない。
黒い“田城”が消える。
否。
視界から外れただけだ。
背後。
首筋へ走る刃。
火花が散る。
バルゴの戦斧が弾いた。
「前を見ろ」
短い声。
依子の喉が鳴る。
黒い田城は間を置かない。
地面を蹴り、再び懐へ潜る。
ステルスの癖。
死角を取る動き。
呼吸のタイミング。
全部、本物と同じだ。
依子の足が一瞬止まる。
その一瞬が命取りになる。
ナイフが肩を裂く。
血が走る。
だが依子は退かない。
「……違う」
低く、吐き出す。
「お前は、あいつじゃない」
筋肉が膨れ上がる。
《パワフル》。
骨が軋み、腕が太くなる。
本人が嫌う姿。
黒い田城が再び消える。
だが今度は、読める。
踏み込みの角度。
体重移動。
癖。
依子は振り向かない。
拳を振り抜く。
空間ごと殴る。
衝撃。
黒い殻がひび割れる。
田城の顔が崩れ、瘴気が漏れる。
「……ごめん」
最後の一撃。
真正面から打ち抜く。
黒い身体が砕け、霧のように消える。
静寂。
依子は立ったまま、拳を握る。
震えはない。
目も揺れていない。
乗り越えた。
黒いクジラを睨む。
「次は、お前だ」
その時だった。
穴の縁が、もう一度波打つ。
黒い塊が、ひとつ、ふたつ。
落ちる。
人型。
ナイフ。
細身の体躯。
癖のある立ち方。
――田城。
またひとつ。
またひとつ。
十を超える。
石畳に並ぶ、同じ顔。
同じ目。
同じナイフ。
依子の前に、円を描くように立つ。
黒いクジラが、わずかに身を揺らした。
試している。
壊せるかどうかを。
依子は、拳を握り直す。
筋肉がさらに膨れ上がる。
「……上等」
十を超える田城が、同時に消えた。




