第309話《侵入》
空に開いた穴の縁から、黒い塊が溢れ出した。
落下したそれは地面に触れる前に形を持つ。
フォレストベアー。
フォレストウルフ。
黒く染まったスケルトン。
腐臭を放つグール。
そして翼を広げたレッサードラゴン。
魔の森の魔物。
だが森で見るそれとは違う。
重く、濁り、眼に光がない。
黒いクジラが喰らってきた存在を模した強化体。
中央通りに、最初の衝突が起きた。
フォレストベアー強化体が突進し、盾列が半歩沈む。
その前に立っているのはバルゴだ。
戦斧を振り上げ、真正面から叩きつける。
衝撃が石畳を割る。
だが熊型は倒れない。
異様に硬い。
「数が多すぎる!」
横からウルフが回り込む。
後方ではグールが這う。
線が崩れかけた、その瞬間。
石畳が爆ぜた。
熊型の頭部が、横から吹き飛ぶ。
立っていたのは日村依子だった。
全身の筋肉が異様に膨れ上がり、腕は丸太のように太い。
衣服が軋み、呼吸が荒い。
「……また、これか」
低く吐き捨てる。
ユニークスキル《パワフル》。
全身強化。
純粋な物理の暴力。
依子はこの姿が嫌いだった。
醜いと思っている。
勇者候補だった頃の面影はない。
だが。
バルゴが横目で見る。
「悪くない」
短い一言。
依子が睨む。
「うるさい」
だがその直後、二人は同時に踏み込んだ。
バルゴが正面から受け、
依子が横から粉砕する。
戦斧が熊型の胴を裂き、
依子の拳がスケルトンを砕く。
ウルフが飛ぶ。
依子が掴み、地面へ叩きつける。
黒い瘴気が散る。
後衛が持ち直す。
線が再び締まる。
「上!」
レッサードラゴンが滑空する。
依子が跳ぶ。
通常の人間では届かない高さ。
だが《パワフル》の跳躍は違う。
拳が顎を打ち抜く。
空中でドラゴンが反転し、石畳へ叩き落とされる。
着地。
地面が割れる。
依子は息を荒げながら、空を睨む。
黒いクジラ。
あれが、根。
あれが、源。
仲間を奪った負の集合体の延長。
「今度は逃げない」
低く呟く。
穴の奥で、さらに大きな影が蠢いた。
まだ吐き出す。
まだ終わらない。
迷宮都市ナユタの戦いは、これからが本番だった。




