第308話《崩兆》
黒いクジラが、空を裂いた。
結界へ直撃。
衝撃が、街を叩きつける。
石畳が波打ち、
窓ガラスが割れ、
屋根瓦が崩れ落ちる。
「うわああああ!!」
悲鳴が四方から上がる。
子どもが泣き、大人が叫び、商人が荷を放り出して逃げる。
結界が白く歪む。
ぴし。
細いヒビ。
今度は誰の目にも見えた。
「街の結界が……白竜様の結界が、割れてる……!」
「嘘だろ!?」
黒いクジラが旋回する。
再び、口元が光る。
「来るぞ!!」
暗黒のレーザー。
白光と激突。
押し込まれる。
結界が沈む。
ヒビが広がる。
蜘蛛の巣のように、空へ亀裂が走る。
街全体が揺れる。
◆
屋敷の扉が開く。
「全区画に通達!建物内退避!」
セバスチャンの声が廊下に響く。
伝令が駆ける。
「南通り、瓦礫崩落!」
「東区画、負傷者多数!」
「医療班を回せ!」
ミナが階段を飛び降りる。
「担架を持ってきて!そっちは子ども優先です!」
人波が押し合う。
転ぶ者。
踏まれそうになる者。
「押すな!!」
怒号が飛ぶ。
◆
再び衝突。
体当たり。
轟音。
今度は城壁の一部が崩れた。
石が落ちる。
粉塵が舞う。
「城壁が!」
兵が吹き飛ばされる。
サバリネが目を細める。
「……しつこいですわね」
ザヴェルが歯ぎしりする。
「くっ!!」
だが。
結界が軋む。
ぴき。
大きなヒビ。
空の半球に、明確な裂け目が走る。
◆
街の中央広場。
人々が空を見上げていた。
祈る者。
泣き崩れる者。
動けなくなる者。
「辺境伯様は……?」
「戻ってくるんだろ!?」
「結界があるんじゃないのか!!」
誰も答えない。
◆
黒いクジラが高く浮上する。
巨大な影が、太陽を隠す。
そして。
全身から黒い光が噴き出した。
今までの比ではない。
暗黒が収束する。
空間が震える。
「総員退避!!」
騎士団長の叫び。
直後。
極太の暗黒レーザーが、結界へ叩きつけられた。
光と闇がぶつかる。
空が割れるような音。
ヒビが一斉に走る。
一本ではない。
無数。
白い膜が砕け始める。
ばき。
ばきばき。
破断音。
人々が膝をつく。
「やめろ……」
「やめてくれ……」
祈りは届かない。
そして。
――ぱきん。
結界の一部が、明確に砕けた。
白い破片が、空へ散る。
黒い風が、穴から流れ込む。
冷たい。
重い。
負の気配。
その日、迷宮都市ナユタは、初めて空に穴を開けられた。




