第31話《謁見》
王都の大通りを抜け、馬車はついに王城へとたどり着いた。
高くそびえる城壁と白亜の塔。門前に並ぶ兵士達が槍を構え、通行を厳しく確認している。
使者の騎士が証を掲げる。
「王命により、この者達をお連れする」
兵士達は即座に敬礼し、巨大な門扉を開いた。
馬車は中庭を抜け、噴水と緑に彩られた景色の中を進む。
やがて石造りの館の前に停まり、案内の兵に導かれてナユ達は大広間へ。
荘厳な天井から垂れる紋章旗。
磨かれた床を進み、玉座の前で一行は跪いた。
「面を上げよ」
国王の声が響く。
父と母、村長は頭を上げるが、王の眼差しは鋭かった。
――玉座の前。
国王の声が響く。
「“奇跡の子”と聞いた。だが真か否か、この目で確かめねばならぬ。この場で奇跡を示してみよ」
その言葉の直後、列の端から低い声が割り込んだ。
「陛下、このような村の赤子に、どれほどの価値がありましょうか」
振り返れば、一人の壮年の男。
立派な衣を纏い、細い目を僅かに細めている。
「無辜の民の訴えは尊いもの。しかし、国の威を乱す虚言であれば……厳罰が相応しいでしょうな」
空気が凍りつく。
村長も父も母も息を呑んだ。
「黙れ、ロスルド。余が確かめると言っておる」
王の鋭い叱責に、大臣は深く頭を垂れた。
だが口の端は、僅かに歪んでいる。
――あいつ、絶対に後々俺を邪魔する奴だ……!メモっとこ。
ナユは心で毒づきつつ、母の腕から小さな手を伸ばした。
ナユは心で叫びつつ、《鑑定》を発動する。
王の姿に文字が浮かぶ。
――重篤な病。長年の毒の摂取によるもの。余命僅か。
それは王と主治医である老医師しか知らない秘密だった。
毒?やっぱり、王宮ってそんなのよくあるイメージだな、と妙な理解を示すナユであった。
ナユは小さな手を伸ばす。
「……ばぶっ」
柔らかな光が広がり、王の全身を包む。
病の影が掻き消え、顔色がみるみる良くなっていく。
「こ、これは……!」
老医師が駆け寄り、驚愕の声を上げた。
「陛下の病が……癒えている!」
王はゆっくりと立ち上がり、全員を見渡す。
「……余の命を救った。疑う余地はない。この子は本物だ」
その声に、大広間がざわめく。
「村は税を免除する。防衛と食糧の支援を与える。一家には王都に屋敷を与え、執事セバスチャンを仕えさせる!」
黒衣の老紳士が前に出て一礼する。
「拝命いたしました。以後、この命に代えてもお守りいたします」
その刃のような気配に、ナユは心の中で――ヤバい人だ、とメモした。
その時、王の隣に控えていた公爵家の当主が一歩進み出る。
「陛下のお許しをいただき、娘を紹介いたします」
背後から、まるで常夜のような漆黒の髪を持つ幼い少女が進み出る。瞳の色は透き通るような灰色。
裾をつまみ、可憐に礼をした。
「アニシア・ユラ・アンダルシアンと申します。ようこそ王都へ」
母の腕の中で、ナユは目を丸くする。
――名前なっが!絶対そのうち略される奴だな、これ。
口から出たのは「ばぶっ」だけ。
だがアニシアはくすりと笑い、ナユの小さな手をそっと握った。
「仲よくなれるといいな」
その微笑みに、ナユの胸は温かく満たされていった。
王は感謝を告げ、村への免税と御屋敷、そして執事セバスチャンを与える事を約束した。
しかし玉座の横に控える大臣は、最後まで無言でナユを睨んでいた。
その眼差しは冷たく、底の見えないものだった。
「今日の記録:王へ謁見。試され、《鑑定》で病を見抜き、《願い》で治癒。王の信頼を得て、村は税免除、御屋敷と執事セバスを賜った。アニシアと初対面。意地悪な大臣……要注意……日報完了。」




