第32話《病巣》
謁見の間から人々が去った後、王と主治医だけが残された。
豪奢な広間に漂う静けさは、先程までのざわめきが嘘のようだった。
「……陛下」
老医師が深く頭を下げる。
「ご容体を蝕んでいたもの、それは病ではなく――やはり例の毒でございました」
王の目が細められる。
「そうか、だがあの毒は取り除くのは不可能と前に言っていたな?」
「はい。この毒は、王国の全ての解毒術では分解出できぬ“死灰の毒”。それが長年、食事や薬にごく微量混ぜられていたと見受けられ、いかなる祈祷や魔法も通じず、ただ静かに身体を蝕む……。我らはその正体を知っておりましたが、手の打ちようがなかったのです」
王は静かに頷き、目を伏せた。沈黙が玉座の間を満たす。
「だからこそ、病と称して隠すしかなかった――」
「ですが、あの赤子の“奇跡”によって、毒素は全て消え去りました。神の理を超える力で、完全に、です」
老医師の声は震えていた。
「もはや理屈では説明出来ませぬ。……あれは奇跡以外の何ものでもありません」
王は玉座の肘掛けに手を置き、しばし沈黙した。
「……余とそなたしか知らぬはずの真実を、いとも容易く見抜き、そして癒すとはな。まさしく奇跡だ」
その時、重い扉が軋み、別の足音が近づいてきた。
黒衣をまとった男。
陰気な瞳を光らせ、大仰に頭を垂れる。
「陛下、失礼いたします」
ロスルド大臣だった。
「……何用だ、ロスルド」
「ただ一つ、進言を。――赤子が奇跡を起こすなど、国を乱す火種に他なりませぬ」
その声は低く響き、広間の空気を僅かに冷たくした。
「恩人を“火種”呼ばわりするか」
王の声は低く鋭く、広間を震わせる。
「余を救ったのは事実。恩人を害する事は、この王が決して許さぬ」
ロスルドは一瞬だけ顔を歪め、それをすぐに笑みに変えた。
「……承知しております。しかし、証明してみせましょう。その危うさを」
彼は再び深々と頭を下げ、闇のような気配を残して去っていった。
王は小さく息を吐く。
「国を蝕んでいたのは病ではなく……毒。そして、それを操る影。――まさしく病巣は人の中にある」
その言葉に、老医師は深く頷くしかなかった。




