第17話《回復》
黒牙狼は絶命した。
大地に巨体を横たえ、赤い双眸がようやく光を失う。
戦いは終わった。
だが歓声は上がらない。
仲間達の視線は、一人の男へと注がれていた。
「バルドラン!」
老魔法使いが地に伏していた。
胸に深い裂傷を負い、杖を握る手も震えている。
血は止まらず、呼吸は浅く、今にもその灯火は尽きそうだった。
「……儂は……ここまでか……」
弱々しい声が夜風に消える。
剣士も弓手も顔を歪め、盾役が拳を握りしめた。
「ふざけるな! あんたがいなきゃ俺達は――!」
だが、どうする事も出来なかった。
応急処置では到底間に合わない。
冒険者達の心に、敗北より重い“別れ”の影が忍び寄る。
その時。
村人達が駆けつけてきた。
父が汗にまみれた顔で冒険者に駆け寄り、母はナユを抱きしめて走ってくる。
幼いナユの瞳が、血に濡れたバルドランを映した。
体は赤ん坊でも、心は叫んでいた。
――ダメだろ。皆を救ってくれた人だろ……!死ぬな!!
ナユは母の腕から小さな手を伸ばした。
言葉にならない声が漏れる。
ナユの小さな手から柔らかな光が放たれる。
光はバルドランの体を包んだ。
「な、なんだ……!?」
傷口が塞がり、血が止まり、苦しかった呼吸が楽になっていく。
魔法でも薬でもない、純粋な奇跡だった。
「き、傷が……治っていく……!」
「いったい何が……」
剣士と弓手が呆然と声を漏らす。
盾役は震える拳を下ろし、ただその光景を見守った。
やがて光が消えると、バルドランはゆっくりと目を開けた。
先程まで苦しみに歪んでいた顔に、安堵の笑みが浮かぶ。
「……生きている……?」
「バルドラン!」
仲間達が歓喜の声をあげた。
老魔法使いは弱々しくもはっきりと頷き、視線をナユへと向けた。
抱かれた赤子の小さな手。
その奥に宿る光を見て、彼は確かに理解した。
「……小さな命に……救われたのか。恩は、決して忘れんぞ……」
広場に深い沈黙が訪れる。
それは畏怖と感謝が入り混じった、神聖な静けさだった。
「今日の記録:黒牙狼討伐。バルドランが重傷を負ったが……願いで回復。初めて直接“人を救った”奇跡……日報完了」




