第13話《魔物》
夜更けの村に、不気味な咆哮が響いた。
眠っていた家畜が暴れ、柵が大きな音を立てて倒れる。
慌てて駆けつけた村人達が見たのは、黒い毛並みを持つ獣の影だった。
赤く光る双眸が、月明かりの下でぎらついている。
「ま、魔物だ……!」
声が震え、松明を掲げた手も汗で滑る。
村人達は必死に叫びながら松明を振り、石を投げて追い払おうとした。
だが獣は怯まず、牙をむいて家畜を噛み砕く。
その咆哮は人々の心を凍らせ、誰も近づけなかった。
幼いナユは母の胸に抱かれていた。
確かに体は赤ん坊で、恐怖に震えて涙も出る。
だが心の奥は違った。
――これが……魔物……!
うわ、こえぇ……けど、これ本物の異世界イベントだ!
震える体とは裏腹に、頭の中では会社帰りに読んでいたラノベの展開と照らし合わせ、妙に冷静に観察していた。
「こりゃ村の兵力じゃ無理だな。報告、相談……いや依頼ルートか」
と、社畜脳は既に次の手順を考えていた。
やがて魔物は唸り声を残して走り去り、残されたのは荒らされた畑と倒れた羊達。
村人は膝をつき、夜空を見上げながら呟く。
「……あんなものがまた来たら、村は……」
「冬を越せねぇ……」
人々は肩を寄せ合い、恐怖に声を潜めた。
翌朝。
村の広場に大人達が集まり、議論が始まる。
壊された畑は見るも無残で、食糧の備蓄も大きく減った。
だが武器を取って戦える者はいない。
狩り程度の腕前では、魔物を前にすれば返り討ちに遭うのが目に見えていた。
「どうする……? このままじゃ子供も餓えるぞ」
「誰かがまた襲われるかもしれん……」
重苦しい沈黙が流れる。
その中で、ナユの父が深く息を吐いた。
「……村だけじゃどうにもならん。冒険者を呼ぶしかない」
その言葉に皆が顔を見合わせる。
冒険者を雇うには金がかかる。
村の蓄えでは苦しい。
だが、このまま指をくわえて待つ事は、滅びを意味する。
母の腕に抱かれながら、ナユは涙を拭われる。
だが心の奥では震えと同時に、奇妙な高揚が芽生えていた。
「今日の記録:魔物出現。怖いけど……ワクワクしている自分もいる……日報完了」




