第111話《宿場》
夕焼けが山の稜線を朱に染める頃、石畳の街道の先に灯りが連なった。
宿場町。
行き交う荷馬車と行商人の声、屋台の湯気、吊りランタンの明滅――旅の匂いが胸に広がる。
「宿はすぐそこです。手続きを済ませて参ります」
セバスチャンが手綱を収め、宿主と短く言葉を交わした。
同行していた商人は、深く息をつき、ほっと笑みをこぼす。
「助かりました……命の恩人達よ!本当にありがとうございました。王都に戻れたら、改めて礼を――」
「気にしなくていいのです。今は休むのが先なのです」
ナユは笑い、商人は恐縮しつつ頷いた。
――そして数時間後。
夜も更け、宿のランプが柔らかく灯る頃。
ラウンジに現れた商人は、先ほどよりも顔色も良く、穏やかな様子だった。
「お嬢さん方、少しお時間をいただけますかな」
そう言って、彼は分厚い布袋を卓上に置いた。
中から金属音と共に、宝石を嵌めた小箱や指輪がいくつも転がり出る。
「先ほどの約束を果たしたくて。助けていただいた命への礼を、どうしても今伝えておきたかったのです」
商人は真剣な眼差しで続けた。
「旅の途中で手放すには惜しい品々ですが――あの時の恩を思えば、これ以上の使い道はありません」
そう言って差し出されたのは、銀色の指輪。
中央に青い石が埋め込まれ、触れると微かな温度が伝わる。
「《リソナンス・リング》。魔力の流れを整え、微量ながら回復を促す魔導具です。お嬢さんのような若き魔導師の旅には、きっと役立つでしょう」
ナユは両手で受け取り、光に翳した。
「……何だかとても、あたたかいのです。」
「お嬢様の魔力と波長が合っております」
セバスチャンが目を細め、ミナも頷いた。
「指に嵌めた瞬間に馴染んだようですね。まるで指輪に選ばれたようですよお嬢様!」
「珍品というほどではありませんが、“相性”があるのです」
商人は柔らかく笑う。
「その指輪は、あなたを選んだのでしょう……ただ、言っても魔力を微回復ですから、あまり良いお礼にはなっていないと思うのです。王都に戻りましたら、必ずもっと良い品を……」
「いやいや!大丈夫ですから!……あ、でも……もし、なんですが、何かあった時に頼りにさせてもらう、というのはどうでしょうか?」
「そんな事でよろしいので?……でしたら、その時が来るまでに、私はもっともっと稼いで、大商人になります!!貴女様の助けになれるように!」
ナユは深く一礼し、胸の奥が少し熱くなるのを感じた。
宿の二階。
窓の外には群青の夜空。
指輪を薬指に通した瞬間、ひやりとした冷たさが、やがて優しいぬくもりに変わる。
魔力の流れが穏やかに整い、身体の奥が軽くなるようだった。
(……少しだけ、体が軽い気がするのです。きっと“感謝の気持ち”が入ってるのですね)
彼女はふっと微笑んだ。
リュミエの夜風が、明日への希望を運んでくる。
「今日の記録:宿場町に到着! 昼間助けた商人さんが、“約束のお礼”として《リソナンス・リング》をくれたのです。指に着けると、なんだか体がぽかぽかするのです……!明日は夜明け出発で学園都市へ! ……日報完了」




