第110話《道行》
王都を発って半日。
馬車は緩やかな丘を越え、深い森を抜けていた。
陽は西に傾き、空が橙に染まり始める。
「もうすぐ宿場町です」
手綱を握るセバスチャンが穏やかに告げた。
「夕暮れ前には到着出来ますな――」
その瞬間、地面が揺れた。
ドン、と腹の底を叩くような重い振動。
馬がいななき、森の奥から不気味な咆哮が響いた。
「……魔物の反応、前方です!」
ミナが即座に跳び降り、気配を探る。
「数……五、いいえ、六体! 大型です!」
木々をなぎ倒し、黒い影が這い出てきた。
巨体をうねらせる――ジャイアント・ワーム。
口腔から紫の粘液を撒き散らし、近くの馬車を丸呑みにしようとしている。
その馬車には、王都の大商人が乗っていた。
護衛はすでに逃げ惑い、誰も止められない。
「放っておけないのです!」
ナユは即座に馬車から飛び降りる。
ローブの裾が風をはらみ、金の髪が舞った。
「ミナ、右側のを頼むのです!セバスチャンは左を!わたし、正面行きます!!」
「了解でございます!」
「御意――幻影影舞!」
セバスチャンの姿が霧のように分裂した。
十を超える“影の分身”が同時に現れ、刃を抜く。
一斉に跳躍、ワームの身体を交差して斬り抜ける。
鋼より硬い皮膚が裂かれ、黒い体液が噴き上がった。
ミナが地を踏みしめる。
「《ブースト》二十四重展開――!」
大地が爆ぜ、足元にクレーターが穿たれる。
彼女の拳が閃光をまとい、突き出された瞬間――
ワームの頭部が沈黙とともに爆散した。
衝撃波が森を揺らす。
「……っ、やるのです!」
ナユは両掌を構えた。
風が唸り、光と闇が交差する。
「エア・エッジ――レイ・エッジ――ダークネス・エッジ――三重同調、《トライ・ブレイド》ッ!!」
空気が悲鳴を上げた。
光の刃、闇の刃、そして真空の風が三重螺旋を描いて収束する。
解き放たれた瞬間、一直線に森を貫き――
最後のワームを塵も残さず斬り裂いた。
風が止む。
木々がざわめきを取り戻す。
戦闘終了まで、わずか十五秒。
大商人の男が震える声で言った。
「……い、命の恩人ですぞ……あ、あなた方はいったい……!」
セバスチャンが淡く微笑む。
「王都より通りかかった、ただの旅の者でございます」
「ただの、ではないのです!」
ナユがにっこりと胸を張った。
「わたし達、“試験に向かう冒険者候補”なのです!」
男はぽかんと口を開け、やがて深々と頭を下げた。
「……感謝いたします、未来の英雄殿!どうかお名前を……!せめて、御礼をさせてください!」
「気にしなくて大丈夫なのです!それより王都まで大丈夫なのです?」
「ええ、命に別状はありません……が、恩を受けたままでは商人の名折れです」
男は胸を張り、深々と頭を下げる。
「この先の宿場町へ向かう途中でした。もしよろしければ――ご一緒させていただけませんか?到着後、改めて御礼をさせてください。言葉だけでは済ませられませんのでな」
◆
空には、沈みかけた夕陽。
赤と金の光が森を染める。
「リュミエまで、あと一時間です」
セバスチャンが時計を確認する。
「休憩を挟みましょう。お嬢様、ミナ」
「了解です!」
「はいなのです!」
三人と商人は並んで腰を下ろした。
風が静まり、遠くで鳥の声が響く。
誰もが感じていた。
これは、ただの旅ではない。
――“深淵”へ至る道の、第一歩なのだと。
「今日の記録:道中でジャイアント・ワームに遭遇! 商人さんの馬車が襲われていたのです!でもセバスチャンの《ファントムレイド》、ミナの《身体強化》、そしてわたしの《トライ・ブレイド》であっという間に撃破!みんなすごいのです!あと少しで宿場町に到着予定!……日報完了!」




