第102話《独白》
闇が満ちていた。
魔族の王城。
誰もいない玉座の間に、一人の影が立っていた。
紅の瞳がゆっくりと天を仰ぐ。
そこには、かつて勇者と剣を交えた“神域”の空――灰に沈んだ記憶が揺らめいていた。
「……あの日、確かに“終わった”はずだ。勇者ゼノア・オルディスとの戦いは」
低く落ち着いた声が、広間に静かに響く。
掌を開けば、淡い光が滲み出る。
それは、奪い取った肉体の奥に今も微かに残る“何か”の脈動だった。
「肉体はこの手にある。魂は消えたと思っていた。だが、あの瞬間――確かに感じたのだ。遠くへ、流れ出していく“極光”の気配を」
魔王はゆっくりと拳を握りしめる。
わずかにその頬を焦燥の影がよぎる。
「魂とは、かくも気まぐれなものか。死は終わりではなく、ただの“変化”なのかもしれぬな」
沈黙。
黒い風が、崩れかけた壁を撫でて通る。
彼の耳に、かつて勇者が放った声が蘇る。
──『もし再び相まみえる時が来たら、その時は……俺の手で終わらせてやる』
紅の瞳が細められる。
「……忘れられるものか。お前の光は、いまだこの剣の奥で脈打っている」
魔王は、傍らの聖剣を見下ろした。
刃の根に刻まれた名――《ルミナリス》。
かつて勇者が掲げた聖なる剣。
今は闇を纏い、彼の手の中で沈黙している。
「肉体は我がもの。だが、この剣は未だにお前の“記憶”を宿している。それが呪いか、あるいは証なのか……」
闇が、玉座の間を包み込む。
その中心で、魔王はゆっくりと目を閉じた。
「――勇者よ。もし再びこの世に“光”が生まれるのなら……その時こそ、我が闇で断ち切ってやろう」
紅い瞳がわずかに輝く。
それは怒りではなく、燃え尽きぬ誓いの光だった。
「お前の魂は……どこへ流れた?」
その声は、誰にも届かぬ静寂へと溶けていった。




