第101話《魔王》
黒い雲が月を覆い、魔族領の空は血のように赤く染まっていた。
瘴気の渦巻く玉座の間。その中心に、サバリネは膝をついていた。
彼女の身体はまだ裂けた痕が残り、腐敗の霧が薄く漏れている。
「……申し訳、ありません……陛下……」
玉座の上、青年の姿をした男がゆっくりと目を開けた。
瞳は紅く輝き、覇気が空気を震わせる。
その声は静かで、しかし全てを圧する力を帯びていた。
「敗北の理由を話せ。腐敗霧のサバリネよ」
サバリネは唇を噛み、悔しげに頭を下げる。
「……人間の子供です。あの少女に、わたしの腐蝕は通じませんでした。光の魔法を……まるで“意志”のように操って……」
その言葉に、広間の空気が一変した。
漆黒の獣ザヴェルが嗤う。
「人間の小娘に負けたってわけか。腐ってやがるな、サバリネ」
黒剣騎士レナレスが冷たく笑う。
「腐るのは本分だろう。だが――醜態は見苦しい」
堕天使ロズエルは金の羽を揺らしながら、目を細めた。
「その少女……まさか、“光”の加護を持つ者では?」
サバリネが顔を上げる。
「ええ、間違いなく。あの光……あの感覚……。まるで、あの“勇者”と同じ――!」
瞬間、空気が張り詰めた。
魔王がゆっくりと立ち上がる。
その影が四天王達の足元まで伸び、彼らを縛りつける。
「……“勇者”か」
低く響く声に、誰もが息を呑む。
「確かに、あの光は消えたはずだ。だが――同じ輝きを持つ者が現れたというなら……面白い」
ザヴェルが牙を鳴らす。
「なら、俺がそのガキを潰してやる」
「やめろ」
一言で、空気が止まった。
魔王の瞳が僅かに光を帯び、広間の瘴気が凍る。
「今はまだ、動く時ではない。その光が何者か……それを“見極める”。焦るな、愚か者ども。わたしが興味を持った存在だ――手出しは許さぬ」
沈黙。
玉座の間に、燃えるような紅の瞳だけが浮かんでいた。
「……極光は堕ちた。だが――まだ“灯”は消えていない。あれが運命の残り火か、それとも新しい火種か。見届けよう。全てを終わらせるその時まで」
風が、闇の中でうねる。
サバリネは震える身体を支えながら、深く頭を垂れた。
魔王はただ、冷たく空を見上げる。




