最終話 ええ。楽しみです
最終回はちょっと長いです。
果てしなく話は脱線したが、このような経緯によって愛夢は“逆ハーレムヒロイン”の地位を手に入れてしまう。
“誰か嫌がらせして!”と、イケメンたちに囲まれながら周りを見渡すが、羨望や好奇心の眼差しを向けられることはあっても、妬みや憎しみの視線を送られることはなかった。
そんなある日、ある噂を耳にした。
『生徒会長の月森様は、幼馴染の白鳥沢様と一緒になられると思っていたわ』
『白鳥沢様の婚約者は月森様……』
(それだーーーーーーー!!!!!)
愛夢は期待に胸を膨らませる。
失念していたのだ。
セレブが集まる学園にはつきものの、“婚約者”という対ヒロインの悪役令嬢の存在を。
こっそりと見に行った白鳥沢 櫻子は、可愛い系の愛夢とは正反対の正統派和風美女。
出るところは出ていて、引っ込んでいるところは引っ込んでいる。
愛夢は、理想のプロポーションにウットリとする。
(彼女に……ぜひ、女王様系の服を着てもらい、鞭で殴られたい)
思わず涎が大量にでたので、慌てて飲み込んだ。
その日以来、彼女が仕掛けてくるのを、日々心待ちにしていたのだが……一向にその気配がない。
待ちきれなくなった愛夢は、重い腰を上げる事にした。
本来なら、櫻子に直接、痛めつけて欲しかったが、もう待てなかった。この生温い生活に嫌気がさしていたのだ。
愛夢の計画は、使い古された手。
婚約者をとられたと思った櫻子が、嫉妬に狂い、愛夢に危害を加えている所を、彼らに目撃させるというありきたりで読みつくされていた手だった。
愛夢の企み(逆ハーレムを強固にする為に起こした罠)は簡単に見破られ、今まで好意的だった彼らの視線が冷たくなる。
彼らの庇護を失った愛夢に対して、あれだけ好意的だった他の生徒の態度も180度変わるのだ。廊下を歩くと『ビッチ』や『性悪』と聞えよがしに囁かれ、紙屑、ゴミ、石まで投げられる日々。頼りの先生からも見て見ぬ振りをされ……そして、ついには学園を追われる事となる。
「………」
胸アツ!!!
残りの学園生活に、胸が高鳴る。
ああ、心臓の音がうるさい。
(そんな蜜よりも甘い展開! 絶対、転校なんてしないけどね!)
愛夢は櫻子を匿名のメールで呼び出した。
匿名だが、ちゃんと自分の携帯を使う事を忘れない。証拠は多い方がいいのだ。
櫻子が何も用意していなかった時を考えて、愛夢は自らビデオカメラを設置することにした。張り切りすぎて、色々なアングルで5台も設置してしまう始末だったが。
二人っきりの教室。
美女櫻子と対面し、別の意味で心臓の音が高鳴った。
櫻子の凛とした雰囲気に、いっそこのまま「櫻子様! わたくしめを飼って下さい!」と土下座してしまいそうになったが、ここで性癖を全部暴露するのも今までの経験上、失敗は目に見えている。
(こういう時、己のヒロイン容姿が忌々しくてたまらない。“守ってあげたくなる容姿”ではなく“つい踏んでしまいたくなる容姿”だったら、今生の神を崇めたのに)
櫻子に言いたくない“台詞”を一方的に言い放ち、自分の教科書と体操服を刻んだ。やはり、これも本当は櫻子に……口の中の涎が半端ないので以下略。
計画通りにやって来たイケメンメンバーの足音を合図に、カッターを櫻子に向かって滑らせた時は、刃をしっかりしまっているかという確認作業も素早く行う。櫻子を傷付ける気はさらさらない。彼女は、傷付ける側の人間。
もし、櫻子が足元に滑り込んできたカッターナイフを愛夢の頬に当て
『愛夢さん、あなたの肌にわたくしの証を刻んであげましょうか?』
『ああ……白鳥沢様』
『わたくしの事は、櫻子と』
『はい。櫻子様』
妄想時間 0.005秒。
なんて病百合展開もありだなんて……Sに餓えすぎて、なんでもありになってきた愛夢。
計画通りにイケメンメンバーが合流し、いよいよ! と思った時。櫻子がロッカーを開いたのには驚いた。櫻子自ら、愛夢の悪事を暴露してくれる展開に身体が歓喜で震えた。
なのに!!!
ヤキモチでこんな事件を起こしたと勘違いされた愛夢は、甘ったるい言葉を湯水のごとく浴びせられ、他のメンバーも負けずに、(純情な彼らは、体中を真っ赤に染めながら)愛夢に愛の言葉を囁いた。
頼みの綱だと思っていた櫻子からは、“妹認定”をうけ、上級生のお姉様方にマスコットキャラ的に可愛がられる始末。
(別の意味で可愛がって欲しいのに!)
6人のイケメンメンバーに囲まれ、愛に包まれ、愛夢のナニが違和感の様なものを感じながらも呟いた。
「限界」
△▼△
誰もいない教室。
そこに一人の男が居た。
男はイヤフォンを付け、目の前にあるノートパソコンを見入っていた。
モニターには、男女8人。
この学園でも有名な、生徒会メンバーの面々と、女子2名の姿が映っている。
一番いいアングルの表情に一時停止ボタンを押す。
そこには、つい守ってあげたくなるような少女の姿。
しかし、少女の表情は硬く、悲壮感が漂っていた。
「ク、クククク」
男の肩が震え、笑い声が口から洩れる。
その時、ドアが開いた。
「土屋先生。こんな所にいらしたんですか。職員会議が始まりますよ」
土屋先生と呼ばれた男は先程の歪んだ笑みを隠し、イヤフォンを外しつつノートパソコンの電源を落とした。そして振り返り、誰でも見とれるような爽やかな笑みを、声がする方に向ける。
「ああ、もうこんな時間でしたか。ちょっと、資料がたまっていまして。すいません。今行きます」
土屋は優雅に席を立ち、ノートパソコンを手に教室を出てカギを閉める。
そして、声をかけてきたベテランの先輩教師と職員室へ向かい歩き出した。
「生徒会顧問となると、大変ですな」
「いえいえ。私に出来る事は限られていますから」
「……しかし、土屋先生。何かいいことがありましたか?」
「はい?」
「いつもクールだった先生が、最近、楽しそうだと若い女の先生が噂しておりましたよ。いや、……私が思うに、機嫌がいいのは4月頃からですな」
「ははは。今期の生徒会のメンバーは優秀ですから。そのせいかもしれません。それに……」
「なんですか?」
廊下の窓からこぼれる夕日が逆光となり、思い出し笑いで歪む土屋の表情を消す。 先輩教師は眩しさに目を細めていた。
「それに、個人的になんですが、春ごろから育てていた実がありましてね。そろそろ食べ頃なので、収穫しようかと思っているんです」
「ほーー。家庭菜園ですか。意外ですな」
「素人の真似事でお恥ずかしい限りなのですが……トマトは水をあまりあげない方が、より甘く実ると同じように、甘やかさずに育てたんですよ」
「いやいや、それは楽しみですな」
「ええ。楽しみです」
そして、足早に二人は職員室へと消えていった。
この世界は定番の乙女ゲームである。
定番の乙女ゲームには、大抵攻略対象者に共通点があった。
ゲームによっては氏名に『色』が使われた。『赤』『青』などが、はいっているなど、わかりやすい共通点が。
この世界にも同様にあったのだ。愛夢は彼らの氏名になど興味がなかった。それ故に、攻略対象者が一人足りないのにも愛夢は気付けなかった。
乙女ゲームとしては、もはやテンプレとしているロリコン担当。ホストの様な容姿で色気を漂わせる教師の存在。
――実は、彼も転生者で、本来設定されていた性格とかけ離れていた存在を。
裏から手をまわし、櫻子に運命の出会いを与え、生徒会長の月森との婚約を解消させた。
理事長の息子という特権を活かし、愛夢に害をなそうとしている生徒達を排除し、彼女が過ごしやすい生活を送れるように手をまわしていた。
それは決して善意ではなく、愛夢をより自分好みに育てる為にやった事。
帰宅後、保存していた映像を見直す。
愛夢の仕掛けた5台もあるカメラからとった映像は、今日の愛夢たちの様子が、色々なアングルで記録され、彼を楽しませた。
モニターに指をやり、愛夢の輪郭をなぞる。
「そろそろ、熟してきたかな?」
そして、大事に育てた果実の味を懸想し、薄い唇を舐めた。
―case6 ドSエロ生徒会顧問(土屋 聡)との出会い――まで、あと少し。
愛夢ちゃん、やったね!




