スタミナ、鍋にて
「お兄ちゃん、どこ行ってるの」
「…はっ」
慣れた手つきで鍵を開ける葵。
あ、家か。
完全に素通りしようとしてた。
「その「はっ」っていうのはなに」
気づくと葵の口調も家モード。
見事なスイッチっぷりだ。
「他のことやっとくからよろしくね。ごはん」
そう言い残し脱衣所に消える葵。
あ、そうか買い物に行ってたんだっけ。
続いて俺も靴を脱ぎ、無意識で持ったままのビニール袋を台所に置く。
「さーて今日は何作ろうか…な…」
そこでまたあることに気づく。
買い物はした。
確か瑞希も来るって言ってたから、3人分で問題ないだろう。
うん。量は問題ない。問題は…
何買ったか、覚えてねぇええええ!
恐ろしい。このビニール袋を開けるのがとても恐ろしい。
そういえば校門を出たところあたりで妹の話を聞いてから記憶がない。
そりゃそうだ。さっき家についた時もスルーしかけてたんだから。
知らず喉が鳴る。
無意識の自分が買った食材…未知すぎる。
くっ、女は愛嬌、男は度胸!
「ふんっ!」
勢いに任せてビニール袋を裂く。
中身は…一体!
キャベツ。
ニラ。
ホルモン。
もやし。
にんにく。
え、これ…。
ホルモン炒め。
深層意識でスタミナを欲していたのか俺は。
よし、久々に中華鍋を振るうか!
気を引き締め立ち上がる。
ぶにゅ。
む。
空と思われたビニール袋に謎の感触。
まだ何かあったのだろうか?
手を突っ込み中身を取り出す。
もつ鍋の素。
ただのもつ鍋じゃねえか!
鍋にぶっこんでコンロを捻るだけの簡単なお仕事だわ!
安直すぎるレシピに思わず鍋の素に突っ込んでしまう。
深層意識が求めていたのはお手軽さだったか…。
あの二人にこの漢料理を食わすのは若干気が引ける気がしないでもない。
いやまあホルモン炒めでも同じだけど。
よし。やるか。
服を着替え、エプロンをかける。
意外とうけるかもしれん。
いや、いける!漢料理!
よくわからない決心を胸に、ひたすら鍋に材料を放り投げる。
鍋の素を投入。
スープの量が微妙なので、追加で出汁をとって適当に増やす。
キャベツは食感を楽しめる程度に。
仕上げにたっぷりのニラを寝かせれば出来上がり。
恐ろしいほど楽だった。
この食欲をそそる香り、まさしく漢!
時間的にもいい頃合いなので、食器の準備まで済ませることにした。
「なんか、いい匂い」
匂いに釣られてやってくる腹ペコで薄着な妹。
コイツは家の中と外での防備の差が激しい。
外であれだけ気を張っているから故の、所謂フラストレーションの
発散なのかもしれないと最近は思えてきた。
まあ葵の薄着は別段目に毒ではないから今のところ問題にはなっていない。
というか普通そうなんだろうけど。
「だろ。一人暮らしの男料理って感じの夕飯だ。
用意はできてるからあとは瑞希待ちだな」
「あ、瑞希ちゃんはね、用事があるんだって」
そういえばと。
忘れてましたと言わんばかりだった。
「なんだ。そうだったのか」
もうちょっと早く言ってくれれば2人分だけ用意したのに。
ぼやいても仕方ない。
「じゃあ食べますか」
「いぇっさー!」
ビシッと開き揃えた手を前頭葉の横まで持っていき、姿勢を正す。
マイホームでしか見れない葵のノリノリの姿である、
「じゃあ注いでくるから他の食器よろしくな」
ヤー!という返事とともに敬礼を解除しキッチンへパタパタと向かう。
普段作らない一人暮らしの男メニューという未知への期待でいっぱいなのだろうか?
それにしてもこの妹ノリノリである(家でしか見れ(略))
ーーー。
山盛りに注がれた食器を目の前にし、軽く恐怖する俺。
この量は3人分の料理だからという理由とは別に、もうひとつある。
それは食事に来るはずだった+1人分は常人の3人分近くある、ということだ。
その大食漢xはもちろん瑞希のこと。
あの体型とは裏腹に食事の量が半端じゃないのだ…。
何気なしに買い物の量を見て3人分、と認識しているが、ヤツがいないだけでこんなにも非常識さを思い知らせられるとは。
慣れって怖い。
葵の前に置く。
まだ眼には光が見える。
食欲と新メニューへの期待だけがコイツの動力源なのだろう。
しかし、それもいつまで続くことか…。
自分の分もテーブルに用意し、とうとう着席する。してしまう。
覚悟を決めよう。
よし。
「いただきま…す」
「いただきます!」
眼前で満面の笑みを浮かべホルモンとキャベツを頬張るおよそ男料理が似合わない少女がいた。
そして口にした途端目の色が変わる。
「これは…いける」
いけるらしい。
ご満悦のようである。
「それはなにより」
作る側としては全くもってこれ以上ない。
その笑顔につられて頬が緩む。
数人一緒にいるだけでこれだけ楽しいひと時になる。
やはり料理の醍醐味は愛情だ。
作る相手の事を考え、実際に喜んでもらえた時の充足感といったらない。
それだけで気持ちが満たされ、胸がいっぱいで空腹感も吹っ飛ぶよう。
一人で自分のために作る時とは明確に違う。
「……」
軽く現実逃避をしてみるも、当然山盛りの食器の中身が減ることはない。
無駄なあがきはそこそこに具材を口に運ぶ。
うん、うまい。
スタミナ感がすごい。
けっこうバクバクいけそうな感じ。
葵と協力すれば半分ぐらいは食え…。
「うー。お腹いっぱい」
だらけた格好で椅子にもたれつつお腹をさする脱落者が一人。
え、はやっ!
「…ごちそうさまですか」
一応、聞いてみる。
「ごちそうさまです」
美味しかった、と。
くるしゅーないとでも言いそうな表情である。
ただ、しっかりと空っぽにしている。
「早食いは良くないぞ」
よく言えば集中力が良いのか。
何かに打ち込んでる時は驚きのパフォーマンスを見せる。
成績もいいしな。
早食いと成績の関連性については知らん。
玄関の呼び鈴が鳴る。
「出るよ」
反応してピョコンと椅子から降りる葵。
カメラ付きのインターホンは居間にある。
場所はキッチンから出てすぐ横。
返事をする前に相手の顔が見れる。
「知らない人なら無視でいいぞ」
言うまでもないが念を押す。
「あ、大丈夫。瑞希ちゃんだ」
ピッと応答ボタンを押した音がした。
救世主と書いてメシ屋…じゃなくてメシア降臨!?
「突撃!斜め前の夜ご飯!」
インターホン越しに聞いたことのあるようなフレーズが飛んでくる。
どうでもいいがやかましい夜だぞ。
「丁度今食べ始めたとこ。開けるね」
パタパタと玄関目指して廊下を駆けていった。
その間もスピーカーからは「おおー!今日は何かな!」とか「ごっはん!ごっはん!」とか聞こえてくる。
無視した。
やがて鍵の開く音とドアの動く音が聞こえ、二人分の足音が近づいてくる。
「瑞希、参上しました!」
姿勢を正しながら敬礼する乱入者。
俺は今日上官らしい。
「うむ…じゃなくて、今日はこれないんじゃなかったのか?」
確かそう聞いたはずだ。
「あーちょっとね、学校に忘れ物しちゃった取りに行ってたんだ。
遅くなるかと思って…ごめんね?」
バツが悪そうに敬礼を崩す。
「いや大丈夫だ。むしろ来てくれてありがとう」
もちろん怒ってはいない。
おかげでキッチンに我が物顔でスペースを取っているアイツを今日中に棚に戻せそうだ。
「さ、お腹すいたろ。飯だ飯!」
なぜ感謝されたかわからないといった様子だった瑞希をあえてそのまま椅子に座らせる。
そして瑞希専用の3倍のどんぶりになみなみもつ鍋を注いでテーブルに置く。
「おおー今日はなんかワイルドな食卓だね!」
いただきますの挨拶もそこそこに専用どんぶりに齧りつく勢いで咀嚼を始める。
ちなみにこの特大どんぶりは大食いの瑞希に対する陰湿な嫌がらせなどではない。
本人曰く「おかわりが面倒なら最初から器が大きければいいじゃない」と、さも名案とばかりにある日持参してきたマイ・どんぶりなのだ。
その大きく「みずき」と書かれた3倍どんぶりだが、食卓に並んだ時の異様さは並じゃない。
うちのテーブルがそもそも大きくないということもあり、瑞希丼を並べるとテーブルの3分1を占拠してしまう。
…洗う時の大変さも並じゃないが。
「おかわり!」
食器を突き出す瑞希。
恐る恐る中身を確認すると綺麗に空っぽになっている。
「お、おう」
空になった食器を受け取りキッチンへ向かう。
相変わらずあの体のどこにこの量が入ってるのか不思議だ。
軽く恐怖すら感じる。
この感覚はいつになっても慣れることはなさそうだ。
「ほいおかわり」
腹減ってるのかな。
いつもよりペースが早い気がするな。
「わふぃわふぉー」
受け取るや否や口に放り込む勢いで食べ始める。
フードファイターか。
てか、食べながら喋るなって…。




