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反転、歪みにて

いつも通り特異点観測地点に到着し、その穴から排出される異形のソレを仕留める。

このトンネルを通った時の独特の酔いとでも言うのだろうか。

しばらくはまともに動くことはできない。

実際に経験もしている。


ここにきて、投入される兵士の数がかなり増えてきている。

奴らに言わせれば、被験者か?

麻薬と同じかそれよりも恐ろしい薬品を体内に蓄え、使い捨てにされているモルモット達。

その被験者に罪は全く無いが、その黒幕たる研究所内の人間は全員こちらの2人を狙っている。

だから手加減してやるわけにはいかない。


一人一人確実に絶命させる。

刃物の扱いには慣れたものだ。

毎日包丁かナイフを握っている。


しばらく経ったころだろうか。

特異点が揺らぎ始めてきた。

特異点は常に移動している。

同じ場所にそう長くとどまることはしない。

一度形成されてから次の出現までには時間が空くためしばらくは平和になるというわけだ。


そして。

その時は、急に訪れた。


「ッ!?」


少女の身体に異変が起こる。

正しく言えば今まで異常だったものを無理やり薬品で正常に見せかけていたのだが。

その機能を維持するためには毎日決まった時間に薬を服用しなければならない。

それを怠ってしまった。

代償はあまりにも大きい。


身体が麻痺する。

血が逆流するように激しく、熱くのたうち回る。

血管の中にアスファルトの上で苦しむミミズを無理やり押し込んだかのよう。

まともに息が、できない。


その場に倒れ伏す。

最早自分の身体と思えない程、今までのツケと言わんばかりに身体を蝕む。


彼女は元々普通の人間だった。

しかし特異点を通るため、通常は徐々に身体に特異点に抗体を持つ薬品をなじませていくのを急ピッチで対応させた。

所謂強化人間として身体を改造したのである。


そのため身体能力や脳は活発化したが、その代わりに定期的な薬品の摂取でごまかさねばならない。

突貫工事の代償だった。


もちろん私利私欲のためにそうしたのではない。

そうせざるを得なかったから。

そうしなければ大事なものを守れないから。


傍から見れば苦渋の選択だったろうが、本人にとっては迷うことなど何もなかった。


そして今。

増え続ける特異点からの使者の前に為す術もなく動けない身体。


「瑞希ちゃん!」


そこに聞き慣れた声で自分を呼ぶ声がする。

もう夢か現実かわからない。

既に精神は崩壊しかけている。


「薬!飲んで!」


葵は、薬を持ってきていた。

話をしに瑞希の家まで行った際に今日の日付の薬が減っていないことに気づいて。


間一髪。

ぎりぎり遅いが、内側の生命の危機は去った。


ー外側からの生命の危機は、相変わらずだが。


葵は戦闘要員ではない。

当然のこと、自分が前に出なくてはならないのだが先ほどの発作の余韻がまだ後を引いており、とてもじゃないが歩くことはおろか立ち上がることすらできない。


「葵ちゃんだけでも、逃げて!」


もうそれしかなかった。

共倒れするぐらいならば、いっそ葵だけでも。


「ダメだよ!まだ諦めないで!」


言葉通り闘志を感じる目をしていた。

と言っても、どんな方法がーー。


「おい、大丈夫か!?」


そこに第3の乱入者があった。


「怪我してるのか!?」


地図の場所に来ると葵と瑞希、他によくわからないのがうじゃうじゃいた。


「お兄ちゃん!」


葵は平気そうだが、瑞希が座ったまま立ち上がれないようだ。

すぐ傍に駆け寄る。


「大丈夫か」


「かえで、なんで…」


「それはいいから」


外傷はないみたいだが、眼の焦点があってない瑞希。

それならと背中におぶる。


「だめ、気をつけて!」


そのまま距離を離そうとすると怪物が一体いきなり突っ込んできた。


「ッが!」


瑞希を庇いもろに体当たりを受け止めてしまう。


「かえで!」


衝撃で瑞希を落としてしまった。

情けないことに今ので全身の骨という骨が悲鳴をあげていた。


「う…くっ」


それでも必死に動こうとするが、身体が言う事を聞かない。

折れたのか?


「お兄ちゃん!」


しまった!

葵だけ奥のほうに残してきてしまった。

周りは怪物だらけだ。


「葵!逃げろ!」


無茶なことを言っている。

男の俺でも逃げれなかったのに。

今にも襲われそうな妹を前に、文字通り俺は手も足も出ない状態だった。

夢で見たことが本当なら、頼み綱である瑞希もこの有様。


どうにも、ならないのか…!


葵が一瞬のスキを突いてこっちに走ってくる。

よし!なんか3人集まれば逃げようも…


ただ、その逃走虚しく怪物が軽く小さい葵の身体を弾き飛ばす。


葵は俺がいる場所を飛び越え、遠くでバウンドしていた。

そのままピクリとも動かない。


え…?


なんだ、これ?


なぜか逆に冷静になったようだった。


夢で見た時は、怪物は悉くやられていた。

そういうものだと思っていた。

それがなんだ。

こんなの反則じゃないか。


こんなの、逃げることもできない。


こん、なの…


…嘘だ。


ースイッチがあるのだとしたら、確実に切り替わっていた。

それからの事は、よく覚えていない。


俺の中にもう一人俺がいて、俺の代わりに身体を動かしてた、みたいだった。

気づけば血塗れのナイフと、それ以上に血塗れな俺が立っていた。


葵…。


葵に、近づく。


!

息が…ある。


「葵!葵!」


肩を揺する。

関節が外れているのか、頭を強く打ったのか、相変わらず動かない葵。


「どいて」


首に指を置く瑞希。

非常に辛そうだが動けるようになったようだ。


「これは、急がないと」


状態は良くないらしい。


「行こう。説明は後で」


葵を小脇に抱える。

空いた手で俺の手を掴む。


「行こうって…」


視線はヒビの入ったような空間に開いた変な穴。

え、そこに?


「ま、待て!そこに触れたら大変なことに!」


夢での光景を思い出す。


「大丈夫。私達は、ああはならない」


その言葉を最後に有無を言わせぬ力で引きずられる。

眼前には謎の穴。

終わった…と思った。

思わず目をつぶる。


それから長い、時間や出来事があったように思えた。

しかし時間にして数秒。


平衡感覚がなくなり、気づけば地面に倒れていた俺を抱え車に乗せられ、どこかに向かったようだった。


霞む視界の中、最後に見たのは心配そうな表情をしている瑞希の泣き顔だった。

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