比率、それは運命か
家に帰ると鍵は閉まっていた。
中に入ると山盛りのチンジャオロースと置き手紙が。
「”ごめん!先に食べてて〜”だって。
なんかあったのかな」
「そっか。じゃ先に食ってるか」
ちゃちゃっと用意してしまう。
うんやっぱうまいな。
さすが瑞希。
しかもこのピーマンの量を見る限りかなりお買い得だったのだろう。
ピーマンと肉の割合が9:1ぐらいだ。いや全然おいしいけどね。
わざとゆっくりテレビを見ながら箸を進めていたが、瑞希が戻ってくる気配はなかった。
それならば、と食事は済ませて食器も洗っておくことにした。
ーーー。
「ただいまー!」
元気な声と共に程なくして帰ってきた。
帰ってくるや否や食事の用意をする。(セルフ)
「はーいおかえりぃ」
「いやーお腹空きました。あれ、たべてないの?」
チンジャオロースを更によそいながら抜けたことを言う。
「何を言う。しっかり二人分食べたわ」
「ふーん?そっか〜」
どこか納得してないような返事だった。
お前の定規で図るんじゃない。
とは言っても恐ろしい速さで減っていくピーマン達。
いや恐ろしいわ。コイツと結婚するやつは食費で破産するぞ。
ーーー。
「じゃ、帰るね〜」
いつもより大分早い時間だった。
その時は別に大して気にはしなかった。
「おぉ、気をつけてな。送ろうか?」
「いいよいいよ!またね〜」
心なしか急いでるようにそそくさと玄関を出る瑞希。
玄関マットに何かが落ちたのが見えた。
「あ、おい!」
言うが早いか、丁度玄関が閉じられてしまった。
あいつが急いで忘れ物をするとは珍しい。
そもそも何を落としたんだろ。
玄関マットの上に落ちていたのは、ネックレスのようだった。
拾い上げてみる。
(あいつもこんなん興味あったんだなぁ)
じろじろと見るつもりはなかったが、アクセサリ部分を触った途端中身が開いた。
ロケットだったようだ。
中には小さい写真。
俺と葵と瑞希か。
あれ、でもこんな写真撮った覚えが…
「何してるの?」
!
いつからそこにいたのか瑞希が玄関口に立っていた。
「ダメだよ人のを勝手に見たら」
俺は動けないまま手元のロケットを取られていた。
「次から気をつけてね、レディの私物に興味持ったらダメだからねー」
最後はいつも通りおちゃらけていた。
玄関が閉じられた後も俺はしばらく動けずにいた。
撮った覚えのない写真ということと、
瑞希は表情が、夢で見た時と全く同じだったから。
文化祭まであと1周間まで差し迫った。
各クラス最後の追い込みになってきており、放課後も残って作業をする者だらけになってきたほど。
俺はあれからしばらく何かと理由をつけて用事を作り、瑞希との時間を減らした。
特にこれという理由はないんだが、なんとなく気まずくなってしまったのだ。
今日もハルと作業進捗管理のため残ることになっている。
逆に瑞希は何かしらの理由で放課後すぐに帰ることが多くなっていた。
帰りのHR後、例に漏れず早めに帰宅する瑞希。
本人が受け持っている役割はきちんとこなしているため誰も文句は言わない。
各班に別れ、本日までの進捗を確認する。
もうほとんど形はできていて、後はクレープメニューや机と椅子で作る簡易屋台のデザインを作るぐらいだ。
俺はクレープを焼く係なので、焼き加減の研究や他の班の手伝いをしている。
「よ、おつかれ!」
「おーハルか」
作業に集中してて気づかなかったが、すぐ傍に来ていたらしい。
「もういい時間になってきたから何人か返したぞ。
楓も別に無理しなくていいって、お前んとこのは全部終わってんだし」
ハルの言うとおり、焼き担当のスケジュールは巻きで早めに終わってしまった。
俺が今やってるのは進捗が遅めの班の手伝いだ。
「おー、まあやり始めたらキリがいいとこまでやるよ。
どうせ中途半端にしても意味ないし」
「そか?んじゃーせめてちょっと仮眠したらどうだ?
最近働き詰めだったろ」
確かにここ最近は必死に準備に打ち込んでいたため疲れを感じる暇もなかったが、
さっきからあくびが止まらなくて集中力も切れていた。
「それもそうだな。じゃ、10分だけ寝るわ」
椅子を連結させて簡易ベッドを作成する。
寝心地は残念だが、睡魔には勝てない。
スマホでアラームをセットし、意識を手放す。
ーーー。
天宮町の電車は、サラリーマンの帰宅ラッシュが過ぎると途端に寂しくなる。
それから朝帰りの若者達の乗る始発まではずっとそんな調子だ。
住宅街近くの駅で降り、街灯の少ない道を歩く。
今日は文化祭の準備がいつもより多少はやく終わった。
毎日帰りが遅くなるのは辛いが、クレープ屋ということであれば男子より女子が頑張らねばなるまい。
というかそういう雰囲気だ。
暗黙の了解ってやつだろうか。
女子である以上今の状況は仕方ないかな。
それにいつもは教室のガンである悠斗くんが自主的に残ってあれだけがんばってるんだし、いいところ見せなきゃね。
今日もはやく帰れたのは悠斗くんと、楓くんが私たちの分まで頑張ってくれるおかげだ。
明日からまた頑張ろう!
一人密かに決心する。
駅から歩くこと数分。
いつもの帰り道に酔っ払いがタムロしていた。
通行人に話しかけているのが見える。
(うわ…嫌だな…)
たまにいるのだ。
いきがった若者が宅飲みがエスカレートして外に繰り出し輩アピールをするのが。
どれだけいきがれるか、どれだけ嫌われるかがステータスになる。
世間は彼らのことをDQNと呼ぶ。
(いるんだよねああいうの。男ってサイテー)
彼女には知る由もないが、男だからといったみんなああではない。
いや、一応。
丁度道が2つに分かれているところで、幸い別ルートを通っても大して時間は変わらない。
迷わずDQNがいないルートを選ぶ。
こっちの道は所謂裏通りになる。
いつもならできれば通りたくないが、今回は仕方がない。
この辺りは明かりも少なく住宅が少ないので、なんていうかこう、ぶっちゃけ怖い。
まあだからといってここらで何か起こっているかと言われればそうでもなく、通ってる人ももう少し時間がはやければ普通にいる。
次の突き当りを右に曲がれば表通りに合流する。
もう少しの辛抱だ。
「……?」
何か聞こえる。
動物の鳴き声だろうか、か細い声だ。
よく聞き耳を立てるとどうやら左の路地から聞こえてくる。
左のほうはここまでの道と同じくらい暗いのでできれば行きたくないところだが、その鳴き声が聞こえた時点で彼女の意識は発信元にしかなかった。
突き当りのT字を、左に曲がる。
音はそんなに遠くない。
はやる気持ちを抑え、とうとうすぐ近くまでやってくる。
スマートフォンを取り出し、撮影の準備をしながら発信源たる路地に入る。
暗くて何も見えないが、何か動いてるものがあるようだ。
ライト機能をオンにする。
「ひっーーー」
そこにはまるで人体模型のように中身が飛び出したヒトガタの何かがあった。
しかし人体模型のように原型は留めていない。
その喉らしき器官から漏れでた音が断続的に鳴り響いていた。
思わず後ずさる。
数歩動く間もなく何か柔らかいものを踏みよろけてしまう。
既に彼女は混乱していた。
周りが暗いのもあり、まともに動けない。
ーだからだろう。
ソレに気づかなかったのは。
異形の近くには空間に亀裂が入っていた。
そしてまるでブラックホールのように無が繰り返されている。
ソレは現実にはあってはならないモノ。
ソレは異形を現世に送り出すモノ。
こちらとあちらをつなぐトンネル。
彼女はわけがわからないままトンネルに手を触れてしまう。
ー尤も。
空間のねじれとも言える穴にはどちら側にも非常に強いベクトルがかかり続けている。
そこに触れれば。
こちらにもあちらにも拒否され。
「ヒャッー」
パーン、と。
まるでバスのタイヤがパンクしたかのような音が鳴り響いた。
それは言うまでもないが、彼女の身体が発した音。
ベクトルの乱れに触れてしまったために、皮膚は裏返り、内蔵は捻じれ、関節は全て外れ、肉は引き千切れーーーつまり。
めでたく、異形の仲間入りを果たした。
その光景を音もなく眺めていた者が一人。
少女はカバンから機械を取り出し、操作したかと思うと、何事もなかったかのようにその場から立ち去った。




