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情熱的なオタクと冷たい彼女

 明日が僕らを呼んだって返事もろくにしなかった

 純也は、バカだし常識もなかった。 

 けれども、音楽を愛する気持ちなら誰にも負けなかった。

「僕が特に好きなのはオルゴールです。好きな曲をオルゴールで聞いていると癒されます。

 由良さんもぜひ僕と同じ世界に入ってください」

「何だ……ただのオタクか……。

 私は悪魔の誘いで染まったりしないわ」

 僕は……悪魔扱いか……。

 確かに一度オタクになってしまうとなかなか抜け出せない。

「でも、誰かを笑わせられる人間は本当にすごい。

 人を引き込む力がある気がする」

「一歩間違えたら痛い人間でしょう」

「……確かに……痛い人ばかりです。

 それに共感しすぎるネタは 全然笑えません。

 僕が痛い人のネタを笑うのは、どこかネタ中の変なことをする人をバカにしている気持ちがあるからなのかもしれないと怖くなるときもあります。

 でも、歌ってみてわかりました。

 自分の作品を誰かに聞いてもらえることはとてもうれしいです」

 しかし、そんな僕の話を聞いているのか、聞いていないのか由良さんはせっせと洗濯物をたたんでいる。

 つくづく冷たい妻だな。よし、もっとしゃべろう。……こういう本音は真面目に聞いてくれる人よりも受け流してくれる人の方がいいやすい。

「痛い人でも、たまに実際に会って話しかけてあげたい人だってたくさんいます。

 友達もいない、夢もない、学歴もない、ルックスに自信もない……そういう人たちも画面の向こうにいます。僕も長いことずっとそうでした。

 底なしの孤独と絶望は僕も知っていますから……何かしてあげたいけどどう言葉をかければいいかわからない」

 しかしそんな僕に由良さんはきっぱりと告げる。

「純也が何もなかった頃ならともかく上から目線の優しさなんて必要ない。

 誰だってそれはむかつくだけ。

そんな人、ほっとけばいいと思う。

私は、私以外の人がどう生きていようが興味ないし」

 由良さんらしい。

 まあ彼女の冷たさは、僕にとっては優しさに感じられることもあるけど。

「でも何か由良さんなりにアイデアみたいなものはありますか?」

 由良さんは、かわいらしく首を傾げた後にとんでもないことを言った。

「ヒキニートを強制的に一日二十時間くらい働かせる収容所でも作ったらいいと思う。

もちろんパソコン・携帯・スマホを一切与えないで」

……僕は自分がとても性格がいいのかもしれないと思った。

今まで自分を責めながら暮らしていたのが、一瞬あほらしく思えてしまった。

「そんなことをしたら、みんな発狂しますよ」

 ニコニコ動画が消えたら自殺してしまう人だっていっぱいいる。

 多くの人が画面から見える景色を支えに生きている。

「じゃあ、見せしめに何人か殺せば静かになるでしょう」

 オルゴールみたいに美しい声でそんなことを言うなんて。怖い。怖すぎる。この人が総理大臣だったら、日本人はクーデターを起こすかもしれない。

 この人の性格の悪さはナチスのヒットラーレベルなのかもしれない。

そして洗濯をせっせとたたみながら、〝由良語〟を話す。

「何も持っていない人が何もしていないと苦しくなる。

 だからとにかく必死に働いてしまえばいい。目の前にあることだけに集中すればいい。

 考えなければいい。ネガティブなことを思考する時間がなければいい。考えたり、比べたりするから惨めになるのよ」

 あっ。

 確かにこの人の考えは恐ろしくひどい。キモオタが聞いたらぶん殴られる可能性だってある。殺しの動機になりそうなくらいひどい言葉だ。

 だけど、実際僕もそうだった。

 惨めでたまらないときは、必死で働いた。

 刑務所で作業するときや、刑務所から出て工場でこき使われた経験。

 不思議なことに体が疲れれば、少しだけ呼吸が楽になった。

 嫌なことから目を背けたくて、何時間もずっと歌い続けたこともある。

 ただひたすら目の前のことをやっているときは、痛みが少し薄れた。

 ……由良さんもひどく惨めだったことがあるのだろうか……。 

 例えそのせいだとしても、本当に由良さんの性格は最低だ。

 思いやりとか、気遣い、同情心は一切ない。

 だからこそわかる視点だってある。

 そういうのを見せないからこそ救われる人がいる。

 ……それは、詩織が持っていないものだった。

 誰よりも優しい性格をしていた詩織が持っていなかった〝すばらしいもの〟をこの少女が持っているなんて皮肉なことだ。

 詩織はナイチンゲールみたいになれても、由良さんにはなれなかっただろう。

「そういえば、由良さんは、歌手とか歌い手とかについてどう思いますか?」

 いつかこの人といろんなことが語り合えたらいいのにと思いながら聞いてみた。

「興味ない」

 ……由良さんらしい。そう言うと思った。布教はあきらめよう。

「でも暴言くらいだったらいくらでも出てくる。アイドルは、夢を与える?だったらみんな若くて綺麗なうちに死んでしまえ。そうすれば永遠に美男・美女だ。それに熱愛報道されることもない」

 うわあ。性格の悪さが半端じゃないな。

 もしかしたらこの人は世界一性格が悪いかもしれない。

「何よ、その目は。どんな人もずっと人気のあるままでいられない。ずっとみんなの憧れの対象ではいられない。理想や完璧を追いかけすぎると壁にぶつかる。そういうことを言いたかったのよ」

「……なるほど」

 今度はまともな言葉を聞いた気がする。

 何だか心に響いた。案外すごいことを言ったのかもしれない。

「じゃあ、純也は歌い手に関することについてどう思うの?

 伝説的な嫌われ方をした歌い手として」

 確かに、僕はひどすぎる自分のコメントのせいでアンチがたくさんいる。

 僕は、自分のアンチスレのコメントや、ファンクラブのコメントを全部読んだ。

 そこから、いろんな視点があるなと学ばせてもらった。

 最初の頃は、信者もアンチもよくこんなめんどうくさいことにエネルギーを使うなと思っていた。だけど……自分の考えを誰かに知ってもらいたい。それはいろんな人から伝わる。

 そもそもいろんな人がいるから、簡単に信者やアンチでまとめてはいけないということもわかった。

 ちょっと歌が上手いからってみんなにちやほやされて、女子にキャーキャー言われていい気になっている人がする。女の子にもてたくて歌い出した人がいる。加工でごまかして実は下手くそな奴。もてない男を演じて人気になるイケメンがいたり、イケメンのふりをするブサイクがいたりする。

 その人たちをどう思うか……。

明確な境界線をひけないものは、価値観がぶつかり合う。

「僕なりにもいろいろ歌い手やアンチ、信者、その他の人について考え結論が出しました。

みんな違う。いろんな意見がある。ささいなことで印象が変わる」

「……小学生みたい」

 それからとある考えが浮かんできた。

「僕は、嫉妬する奴を醜いとは思いません」

「どうして?」

 僕の話を普段あまりしっかり聞かない由良が僕をじっと見てきた。

「僕自身誰よりも他人に嫉妬して生きてきたからです」

「そうだと思った」

 だけど、僕には嫉妬する権利すらなかったのかもしれない。


 読んでくださりありがとうございます。

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