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彼の世界

 かなりダークですよ。

 昔々、あるところに天使と呼ばれた少女がいました。

 彼女は、思いやりと他人への同情心にあふれてとてもすてきな少女でした。自分の幸せよりも他人の幸せの方が大切で、他人の笑顔を見ることが大好き。

 誰かが泣いていたら例え知らない人でも側にいき話を聞いてあげました。

 彼女の名前は、蔵平 詩織。

 十才の誕生日を迎える三か月前に死亡。

 僕は、性格のいい彼女が大嫌いだった。

 ただの偽善者にしか見えず、会うたびにバカにしていた。

「偽善者ぶった猿が!」

「よくわからないけど猿をばかにするのは猿に失礼よ」

「ごめんなさい……とでも言うと思ったか!このカスが」

 しかし、いつの間にか僕は、詩織に惹かれていた。彼女は、自分にないものいっぱいを持っていた。そのことが羨ましかったし、僕にとって彼女が輝いて見える理由でもあった。 

 ある日、僕は大事な話を詩織に打ち明けた。

「僕の父親は母親を殺した。あいつは最悪な人間だよ」

 彼女は、泣きそうな顔をしながら僕の話を聞いていた。どうすればいいか必死に考えているみたいだ。

「僕はいつか父親を殺すつもりだ」

「そんなこと……いけない。人を殺したら自分が罪を背負うことになるのよ。あなただってそれはいけないことだと思っているのでしょう?」

 詩織は当たり前のことのように言った。

「何言っているの?僕は一度も自分のしたことを悪いと思ったことはない。

 例え人を殺しても悪いだなんて思えない」

 それを聞いた彼女は、驚きのあまり青ざめた。

「あたし、怖い……」

 詩織は世の中にこんなおそろしい人がいるのかと思うと怖くてたまらないという表情をしてブルブル震えていた。

「あなたが怖い……」

 詩織には……僕の気持ちなんて理解できないんだろうな。

 まあ、しょうがないことだ。

 そのうち僕もこいつなんかに対する興味も薄れてどうでもよくなるだろう。

 そんな風に冷めた目で現実を受け止めていた僕に詩織が決意したような声をかけた。

「なんとかしないと……。きっとこれからだってあなたは変われるわ。あなただってこれからいろんな人と関わって優しくしたり、優しくしたりすると同情や思いやりの心が芽生えるかもしれない。

 優しい人間にきっとなれる。みんなと同じようになれる。

 これから頑張っていけば、きっと罪悪感や同情心がわかるようになるわ」

 少女は、胸に手を当てながらそう言った。

 何を言っているのだろう。

 ……この少女は何を言っているの……。

 それは、優しさであった。

 優しい彼女が僕をどうにかしようとして発した言葉だった。

 だからこそ……許せなかった。

 この僕が……問題児扱いされている。

 小さい時から、〝千年に一人の天才〟〝すばらしくよくできた人間〟〝神々しい美しさ〟を持つと褒められてばかりいた人間に〝おかしな人間がいるからどうにかしないと〟でも言うような言葉がかけられたのに。

 僕に……プライドなんてなければこんな言葉受け流せたかもしれない。

 みんなと同じように……まるで、詩織は僕を人よりはるかに劣っている荷物のような存在だとみなしているようだ。

 僕にとって〝課題扱いしている優しさ〟以上に残酷なものはない。

 同情、軽蔑、嫌悪くらいだったらそれがどうしたと受け流せた。

 そういうものは、今までだってたくさん受けてきた。

 だけど、〝課題とされる〟〝頼むから他の人と同じようになって〟……そんな優しさだけは受け流せない。

 ただの言葉だけど……僕は彼女を許せなかった。

 自分の何もかもが否定され、見下されていく気分。

 誰よりも大好きだった彼女をどうしても許せなかった。

 そんな優しさ……いらない。

 詩織がそんな優しささえ見せなければ、僕は彼女の嫌いなところの全てを受け流せたのに……。

 そんな僕に彼女は同情心の溢れる悲しそうな目で呟いた。

「どうしてあなたには純也みたいな優しさがないのだろう」

 僕が純也と比べられているという事実が痛かった。

 これが同情か?これが優しさか?憐みを向けることが優しさなのか?

 純也はともかく……詩織は殺そう。

 こんな少女……いらない。


 まずは自分の携帯を壊すことから始まった。

 しかし、その事実はしばらく隠していた。こういうことは自分から言うよりも見つけてもらう方が効果的だ。

 三日後、少し長く外出してから帰ると、お父さんは僕の携帯に連絡がつかなかったらしく帰ったら話しかけてきた。

「エリック……携帯をどうした」

「な、何でもない」

 しかし一時間もしないうちにまた話しかけられた。

「この携帯の残骸はどういうことだ?」

 ゴミ箱に入れておいた携帯の残骸が発見されたのだろう。

 携帯自体は破壊されているがこの携帯には特殊なGPS機能がついていた。見つけるのは簡単だったはずだ。

「どうした?まるで誰かがこれを壊したみたいだな」

「こ、これは、詩織がやった」

「詩織は誰だ?」

「し、詩織は教会にすむ女の子」

 そして涙で潤みかけた目でお父さんに助けをこうように見上げる。

「詩織は僕だけ仲間はずれにする。僕の悪口を他の人間にも吹き込む。

 僕が詩織より美しいのが気に食わないって」

 僕の瞳からポロポロと大粒の涙が流れる。嘘泣きは昔から得意だった。

「詩織なんて死んじゃえばいいのに」

「わかった。パパがエリックのために詩織におしおきをしてあげよう。悪い女は罰を受けて当然だ」

「ありがとう、パパ大好き。愛している。僕を守ってくれるのはパパだけだ」

 お父さんには、うんと僕を好きでいてもらう必要がある。

 僕が誘拐されたとき潔く死んでもらうために。

 そうやって誘拐されるまでの間、この事件を機にすっかりパパになついてしまったような純粋な子供を演じ続けた。

 携帯を壊すものとして選んだのはGPS機能がついていたためだ。

 誘拐されたらこのGPS機能はやっかいになる。

 あとは偶然を装い純也の前に現れて誘拐されればいいだけだ。

 けれども僕自身は純也に傷つけられないように、純也と仲良くなっておく必要がある。

 一日仲よくすればなんとかなるだろう。名前を名乗ったら殺意を抱かせるまもなく褒めないといけない。

 しかし思った以上に純也は優柔不断な性格で操るのに苦労したが、求めていたエンディングを得ることができた。



 初めて由良の顔写真を見たときは衝撃を受けた。

 詩織だ……。詩織にしか見えない。

 僕が殺したはずの詩織が成長していたような錯覚。

 けれども、調べれば調べるほど由良が詩織と似つかない性格の悪い少女だった。

 ……詩織と同じ顔をしているくせに圧倒的の性格の悪さから中学・高校でアンチスレまで立ち上がっているような女だった。アンチスレの存在を知ったときは心臓が喉から飛び出るかと思った。

 

 『私は純也がどんな人間であってもいいのよ』


 由良が純也に言ったセリフ。純也を殺したいほど羨ましいと思った。

 出会う前から魅かれて、出会ったらもっと魅かれる。

 きっともう一生離してあげられないな。

 君が欲しいよ。

 

 こんな筋書きを書かなくても会いに行けば済む話だと思うかもしれない。

 誰だって僕をバカにするだろう。こんな手の込んだことをするなんて馬鹿な奴だと。

 だけど、由良に会いに行って拒絶されることが怖かった。

 だからこそ絶対に逃げられない状況を作った。

 言葉で説明する前に、退屈しのぎに僕のすごさを見せつければいいと思った。

 本当におかしな話だ。人を殺しても罪悪感一つもたない鈍い男が……たった一人の少女に拒絶されることをこんなに恐れていたなんて。

 それから由良と結婚して優しい言葉をかけてもらった純也を殺したかった

 由良を好きな彰を利用して敗北させてやりたかった。

 それだけの話だった。

 

 「人殺しはいけないこと」

 いつだったか詩織がこんなことを言っていた。

 詩織は本当にすばらしいね。

 なんて馬鹿な女の子だろう。

 そんな詩織にはそのままの僕を受け流せなかった。

 だから僕が詩織を殺した。

 

 みんな無駄に生きている。

 人間関係に本物も偽物もない。

 人が人に影響を与えている。

 だからこそ長い間由良の隣にいた彰という男は由良に影響を与えていたのだろう。

 彼と彼女がこれからどんな終わりを迎えるか。

 それは僕には関係のないことだ。


 読んでくださりありがとうございます。

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