彼の闇
言葉が欲しい。
自分が求めているものを表現する言葉が。
俺じゃだめだったと桜ヶ丘 彰は思った。
由良は俺みたいな奴が全然タイプじゃなかったんだ。
自分がイケメンだから、学歴があるから、お金持ちだから……だからいい男だと思っていた。
周りにいる誰よりもいい男だから由良だっていつかは振り向いてくれると思っていた。
由良に優しくし続けたり、助けたりしたら何か変わると期待していた。
……バカな男だ。
だけど由良を諦めたりしない。
絶対に由良を取り戻してやる。
由良の幸せな生活なんてぶち壊してしまえ。
とりあえず純也について調べよう。
彼について調べて弱みでも握れば由良と離婚させることだってできるかもしれない。
純也に元彼女がいたらお金を握らせて純也とよりを戻してもらおう。
しかし、純也についての情報はなかなか集まらなかった。
音楽関係のものをよく買っているらしいが、純也という歌手や彼と似たような顔をしたミュージシャンは一人もいない。
そんな中、世界トップクラスの探偵ノアに頼めばどんな情報もすぐにわかるというということが分かった。
彼に接触することは容易ではなかったけれども、いくつかの情報を頼りにたどり着いた。
コンピューターや情報集めは、かなり高度なことまでやっていたからだ。
J・Sはてっきり人のイニシャルだと思っていたが違ったみたいだ。
彼の本名は、浅野 純也。
職業 ミュージシャン
人を殺して九歳から二十歳になるまで刑務所で過ごす……
三十枚近くにわたる記事には、彼について多くの情報が書いてあった。
純也は俺が予想していたよりはるかにすばらしいものを持っていた。
世界で認められている才能。
才能のあるミュージシャン……。
「由良は……こういう男だから惚れたのかな……」
俺には何の才能はなかった。
勉強が得意だったのは、誰よりも努力したからだ。
歌は、人並みにしか歌えなかった。
由良は小さいころからとても音痴だった。普通に歌うと全部の音が半音高くなるというある意味素晴らしい才能の持ち主だった。
由良は『口パクしていればなんとかなる』で、文化祭も、音楽の授業も乗り切っていた。
だからこそ……自分が持っていないものを持っている男性に惹かれたのだろうか。
それとも彼のお金目当てだったのか……。
どちらにせよ、由良は純也を選んだ。
資料を読む限り、純也は由良と別れるくらいだったら死ぬくらいの男らしい。
商売的な目的で結婚を止めたマネージャーに対しても『由良さんのいない未来なんて考えられない。婚約破棄するくらいなら死にます』とか言っていたらしい。
由良は、そこまで純也に優しかったのだろうか……。
純也は俺が脅しても離婚をしないはずだ。
由良を脅すという選択肢は俺にはない。
もしもこの情報をばらまけば……由良と純也は別れるかもしれない。
しかし純也が自殺する可能性も高い。こんな経歴を送ってきたならなおさらだろう。
どうするか?
自分に問いかけてみても、答えは最初から決まっていたようなものだった。
……この間の二人のデートを見た屈辱感はまだ心に残っていた。
俺は、由良さえ側にいてくれればよかったのに……。
俺は、痕跡が残らないように注意しながらネット上に純也の情報をばらまいた。
後悔をしたのは、純也と二度目に会ったとき、由良に言われて待っていた部屋に来た時だった。
……ブログが炎上したり、KY的なコメントをたくさん打ち込んだりしていた歌手だったからもっと他人をバカにしている偉そうな奴だと思っていた。
けれども、全然違った。
彼はもうすぐ炎の消えそうなろうそくみたいだった。
本当はもっと世間に認められ愛されるべき人だった。
誰も戦い続けた彼を否定する資格なんてない。
由良にふさわしいようないい男だった。
純也が去っていった。
嫉妬と称賛をあびる人。
彼の謎めいた歌声の裏側に隠れていたものは、ボロボロに傷ついた心と体。
きっと彼はもう……立ち続けることはできない。
読んでくださりありがとうございます。




