嫉妬
嫉妬。
現実だと醜く、小説だと美しい。
由良が結婚するって報告をしたとき……俺、桜ヶ丘 彰は由良のことをあきらめようとした。
だけど諦めきれなかった。
ずっと追いかけ続けてきた女だ。そしてやっと会うことができた。
たかが相手が結婚するくらいで諦めるなんてしたくなかった。
だけど……。
あの日曜日から、俺は廃人となった。
どんよりと曇った日曜日。
DVDでも見ようとツタヤに行くことにした。
そこで探し求めていた少女と会った。
「由良」
思わず呼びかけてしまう。
しかし由良は、俺を見てからすぐ近くにいたDVDを探している男性をチラリとみる。
「私、今デートをしているから」
……。
心に棘が刺さる。痛くてたまらなかった。
由良の声に驚いたように由良の婚約者が振り返った。
「あ、由良さんの知り合いですか?」
白っぽい服にジーパン。動きやすそうな運動靴。
ハッとするほどイケメンというわけではないが、顔立ちは悪くはない。
大人しく、背がヒョロヒョロと高い青年だった。
男が両手いっぱいに抱えたものはアニメのDVDだった……。
……由良の婚約者はオタクだったのか……。
……。
ショックを顔に出さないように必死に笑顔を顔に張り付ける。
俺は、オタクという人種に嫌悪感を持っているわけではない。
由良みたいな生き方もいいと思うし、好きなことをとことん追求する生き方もいいと思う。
だけど……由良にはもっとふさわしい男がいいと思ってしまう。
この人は由良が結婚するということはお金持ちだろう。由良は愛すべき夫と書いて「ATM」と読むと言っていたことがあるからな。……親から莫大な遺産でも受け継いだのか……。
どうしても知りたくなってしまった。
「俺の名前は桜ヶ丘 彰です」
「僕は純也です」
「名字は?」
「捨てました」
名字を捨てる……。
ま、まさか……。
駆け落ち!
それくらいしか俺には思いつかない。
しかしこの人は、いかにも温厚で優柔不断そうだ。
由良が『あなた私と駆け落ちしなさい。命令よ』とでも言ったのだろうか?
……それで由良を食べさせてあげているのだろうか。
「失礼ですか、お仕事は何をされているのですか?」
「アイ……あっでもあの仕事は由良さんに否定されていたな。無職です」
純也は自信満々に言い切った。
それに対して由良もつっこみをいれない。
本当に……無職なのだろうか。
……駆け落ちした無職……。オタク……ニート……。
由良が『純也のことは私が養うわ。純也は好きなだけDVDを見ていていいのよ』とでも言っているのだろうか……。
由良は俺に対して何を考えているのだろうって探るような目で見てきたり、純也に対して頼むからそれ以上変なことを言わないでという目で見ていたりする。
「俺は……小さい時から由良と一緒にいました」
『下僕でした』という本当のことは言えそうになかった。
すると純也が何かを思い出したようだ。
「ああ、この間由良さんが言っていたゴリラはあなたのことだったのですね」
ゴリラ……。
「この間は、ゴリラならバナナをあげようだなんて失礼なことを思ってしまってすいませんでした」
純也はそう真面目な顔で言ってペコリと申し訳なさそうにお辞儀をした。
俺をバカにしているのか……。
俺の由良への気持ちに気がついて見下しているつもりなのか。
二人で俺をネタにして笑っていたのかな……。
心に大きな穴があく。心臓が涙を流す。
何だよ、それは……。ふざけるな。調子にのるのもいい加減にして欲しい。
由良は口をポカンと空けて純也を見ていた。
……それでも俺はこいつに負けた。
心を殺して、死ぬ気で笑顔を張り付けた。
ポーカーフェイスは昔から得意だった。
結局、俺は選ばれなかった。
諦めるしかない。
「あなたにとって由良はどんな人ですか?」
最後にこれだけ聞いて由良をあきらめよう。
この人は……ちょっと〝あれ〟だけど悪い人ではなさそうだ。
きっととても由良のことを愛しているのだろうな。
由良を愛していると聞ければ……あきらめだってつくだろう。
しかし純也は、まっすぐと黒い目を俺に向けながらこう言った。
「お母さんみたいな存在です」
「え……」
その時、殺意が芽生えた。
由良を母親扱いするとか……ぶん殴ってやりたかった。
純也の顔が腫れあがるくらい殴りたかった。
でも……俺は……由良の幸せを願わないといけなくて……。
由良は俺よりもこいつを選んで……。
「ああ、そうですか」
純也が何か由良に話しかける。
由良が「バカ!」と怒鳴りながら、訂正する。
これがカップルか……。
まるで由良が人間を躾ているようだと思った。
いや……俺が由良に対して特別な想いがあるからそう見えるだけかもしれない。
きっと普通の人の目には、お似合いのカップルに映っているのだろう。
心がバキッと折れる音がした。
手の震えがいつまでも収まらなかった。
言葉にならない声が心で暴れていた。
押さえつけられない感情が洪水みたいに溢れ出しそうだ。
読んでくださりありがとうございます。




