表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/17

〝ずっと死にたかった〟という言葉の裏

 ……。

 屋上に足を踏み入れた途端世界が変わるような錯覚を味わった。

 春の風が僕らの間を通り過ぎる。

 照りつける太陽がまぶしかった。 

 由良さんは、紺色のワンピースを着て立っていた。風に吹かれてひらひらとワンピースの裾が揺れる。長くてサラサラとした髪の毛が、風になびいている。

 桜のようにほんのり色づいた頬がかわいらしい。

 あまりのもきれいすぎるから近づいたら消えてしまいそうで怖かった。

 思い出の中にいる詩織よりもずっと綺麗だった。 

「僕は、ゆらさんにさよならを言いにきました」

 てっきり彼女は悲しそうに顔でもすると思っていた。もしかしたら泣いてくれるかもしれないと期待していた。

 けれども違った。 

「バカ。どうして純也が死ぬ必要があるの?」

 いつものように話しかけてくれる。

 同じように扱ってくれる。腫物や壊れ物のように扱ったりしない。かわいそうな人間に向けるようなまなざしをしない。

 それほど僕のことを気にしていない証かもしれないが、痛みが少しずつ消えていく。春の日差しを浴びる雪のように痛みが溶けていく。

「私さっきからずっと考えていたのよ」

 腕組みをしたまま彼女は話し出す。

「どんなに素晴らしい人も、美しい人も、醜い人も、どんなだめな奴も結局人間は対して変わらない。

 人は、哀しくて、ばかで、みじめでいつだって傷つけあっている生き物。

 手に入らないものを求めれば求めるほど心をすり減らすくせに、手に入れたものは大事にできない。人間なんて所詮そんなもの。この世界を舞台に失敗を繰り返すだけ。

人生に失敗はない。地球は人類が失敗するためにある」

スケール大きいな……。

 そう言って由良さんは優しく微笑んだ。由良さんは、こんな風に笑える人だったのか。

 それじゃあまるで天使みたいじゃないか。……性格は悪魔そのものなのに。

瞳がキラキラと光る宝石を埋め込んだみたいに輝いている。さくらんぼ色の唇。桜色に染まった頬。マシュマロみたいにやわらかそうな頬。

 全てが可憐で狂おしいほどかわいらしかった。

その笑顔は反則だろう。

 記憶にあった詩織の笑顔が全て吹き飛んだ。

 由良さんの笑顔で頭の中が埋め尽くされて、顔が赤くなってしまう。

 とてもきれいな笑顔だ。こんなに輝いているものは他に知らない。

「だから、私もあなたも自分の生き方を恥じたりする必要はない。誰も対して変わらないのだから。少しだけ持っているものやしてきたことが違うだけ」

 僕は、それを聞いて拍手をする。

 とてもすばらしいものを聞いた。素敵な少女に出会った。

 そういう思いで胸がいっぱいになる。

 なんてすごい少女だろう。

「ゆらさんはすごい」

 照れ臭そうに彼女は少し赤くなる。髪を手でいじくって恥ずかしさをごまかしているみたいだ。

「な、な、何でそうなるのよ」

「僕は、普通の人間といたらきっと罪悪感でもだえ苦しんでいたと思います。

 でも、あなたといる時は、そんなことは一度もなかった」

 由良の性格が恐ろしく悪いため自分がいい人に見えてしまったくらいだ。

「まるで私が普通の人間じゃないみたいな言い方ね」

 彼女は一歩ずつ僕の方へ近づいてくる。

 僕はそんな彼女から逃げるように一歩ずつ下がっていく。

 フェンスへと近づいていく。

「私は後悔なんて嫌い」

 由良さんらしい考えだ。

「過去のことを振り返っていたらきりがないわ。

 どんなに誰かを傷つけたって、殺したって人間は前だけ向いていればいいのよ。

 自分が世界一素敵な生き方をしたと思えばいいの」

 由良さんの作り出した冷たさの中にある価値観は僕にとってはとても優しいものだった。

 魅力的で素敵な考え方だった。

 けれども僕は詩織と出会ってしまった。正直で、思いやりの精神があふれて、間違った生き方を正そうとする少女に出会った。

 そんな彼女に好かれたいから正しい生き方をすることを誰よりも望んでいた。

 取り返しのつかない失敗をしたら償わないと。

 罪を償う人間になりたかった。

 忘れて前を向いてしまう人間にはなりたくなかった。

「僕は……ずっと死にたかった。世間に過去のことがばれたら死ぬつもりでした。

 だから、これでいいです」

 それを聞いた由良さんが慌てたようにしゃべりだした。

「わ、私あなたが死んでも絶対に悲しんであげないわよ。

 それでもいいの?」

 これから死ぬ人に向かって言うセリフだろうか。

 まあ、だから彼女に惹かれてしまったのかもしれない。

 ……由良さんらしいな。そういうところが僕にとって優しさにもなっている。

 こんな僕だけど由良さんを傷つけなかったことが唯一の救いだった。

 由良さんが変わらなかったことがうれしかった。

「……いいです」

「待って。男だったら生きろ。

 私を幸せにしなさいよ、バカ。

 純也だってこれから何だって手に入るのよ」

 必死になって怒鳴っている姿がかわいかった。

 由良さんは悪い人ではない。ただちょっと冷たいだけで。

「か、帰ったら私からハグしてあげてもいいわ。まあ、しょうがなくだけど。

 光栄に思いなさい」

 こんなまっすぐしたくせに歪んでいる彼女いると心は少しも痛まなかった。

 自分が悪いことをしたことさえ忘れてしまう。

「僕はもう何もかも手に入れました」

 何もかも手に入れた人は、本当は何も手にできない

 何もかもない僕だからこそ何もかも手にした。

 僕は、ずっとあることを願っていた。

 ちゃんと目を見て会話できる人に会いたかった。

 僕をさげすむような目で見てこない人の隣にいたかった。

 ずっと人と関わった気がしていなかった。

 ネット越しの会話を人と話していると思えなかった。

 由良さんは一緒にいると笑いあえて、いろんなことが話せて、退屈を忘れられる人。

 側にいるだけで毎日が楽しくなる人。

 一緒にいると幸せすぎてしまうから、これ以上そばにいてはいけない人。

 〝ずっと死にたかった〟という言葉の裏に隠れていた気持ち。


「ずっと会いたかった」

 

 僕は笑った。

 こんな風に真っ白な気分で笑えるとは思っていなかった。

 春の温かい風が僕を撫でた。

 勢いよくフェンスの向こう側へと飛び出した。

 僕は屋上から落ちていく。

 もう怖くなかった。


 読んでくださりありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ