その名字で僕を呼ぶな!このリア充が!
……。
帰ってきた部屋にいたのは、由良さんではなくこの間会った桜ヶ丘 彰という青年だった。かっこいい黒のスーツを着ていた。スラリとした長身で、茶髪で茶色の目をした桜ヶ丘 彰は雑誌の中にいる俳優やモデルのようにかっこよかった。
僕は……彼をあまり好きではなかった。
由良さんの幼馴染だということがむかついた。
イケメンで、性格がよさそうなところが嫌いだ。
女優の息子だということが気に食わなかった。
日本一の大学を出ていて、バスケで活躍した輝かしい思い出もあるということが嫌いだ。
それに対して僕は東大を灯台と勘違いするような大馬鹿野郎なのだ。
女の子の水着姿を見る青春の思い出もない。制服を着た女の子と同じ授業を受けたこともない。
小学校も卒業していない。中学校も、高校にも行ったことがない。
僕には何もなかった。
……こいつにはきっと何もかも叶わない。
桜ヶ丘さんは、しばらく迷っていたようだけど話し始めた。
「由良に頼まれてここにいる」
桜ヶ丘さんの青いネクタイをつかんで『僕の由良を呼び捨てにするな』と叫びたかった。
けれども伸ばした自分の手は空をつかむ。
八つ当たりなんてしてはいけない。理性はまだ残っている。
もう二度と感情で行動するな。
醜い心と顔をした自分を見られたくなくて下を向いた。これじゃあ完全に負け犬だな。
「由良は浅野さんと話を」
「その名字で僕を呼ぶな!このリア充が!」
気がついたら桜ヶ丘さんに向かって叫んでいた。
自分の息が荒くなっている。
驚いた顔で僕を見る桜ヶ丘さん。きっと内心、僕のことをバカにしているのだろう。
僕は、ハッとなって慌てて彼に謝った。
「あ、ご、ごめんなさい。名字で呼ばれるのは好きじゃないので」
……親に捨てられたから。
だから名字が嫌いだ。
まあ、名前だって親がつけたものだけど……
名前は詩織が『いい名前だね』って言っていたから
どうしても捨てられなかった。
流れるのは気まずい沈黙。
ますます痛くなり出した胸。
桜ヶ丘さんは迷っていたみたいだけど再び僕に話しかけてくれた。
「……由良が純也さんに会いたがっている。由良は屋上にいます」
その一言でどうして彼がここにいるのか悟ってしまう。
由良さんは、僕に話をするために屋上か部屋のどちらかで待機することにした。
しかしどちらで待てばいいかわからない。だから桜ヶ丘さんに協力してもらうことにした。
こんな状況で由良さんが頼ったのは、桜ヶ丘 彰だった。
それは……しょうがないことで……。二人は幼馴染で……。
本当に……僕はかっこ悪いな……。
そんな風に自己嫌悪に陥っている僕に対して桜ヶ丘さんが告げる。
彼の琥珀のようにきれいな目はとてもまっすぐしていた。
茶色い髪がとても似合っている。こういう奴に生まれてきたかった。
そうしてこういう人生を送りたかった。
そうしたら……みんなは僕に失望しなかったのかな。
「純也さん……いえ、純也は世界一のミュージシャンです。だから誰よりもすばらしい男です。俺はあなたがうらやましかった。うらやましくてたまらなかった。
生まれ変わったらあなたになりたいと思ったほどです」
この人は、いい人だな。こんな僕を励まそうとしてくれている。
桜ヶ丘さんの方が、由良さんにあっている。
僕なんかよりずっと由良さんにふさわしい。
「……呼び捨てにしてくれてうれしいです。僕も……ずっとあなたがうらやましかった」
そういうの……男友達ができて呼び捨てにされることにはずっと憧れていた。
……こんな優しい人を、僕は頭の中で何度も罵ってしまった。
「純也の歌う曲を楽しみにしている人はいっぱいいるはずです。
あなたはもっと多くの人に認められるべきです。
純也はこれからも歌ってください」
無理だよ。
僕にはこれ以上なんてできないよ。
もう何もかも否定された。
僕には立ち続ける気力は残っていなかった。
「……もういいです。もう疲れました。
もう十分です」
それを聞いて、何もかもわからなくなってしまったように立ちすくむ彰。
「由良さんに会いに行きます」
僕は、言い切った。
彼女に会えると思うと胸は痛まなかった。
かすかに震えている彰の肩に手をかける。
「桜ヶ丘さん……いえ、あ、彰。由良さんをお願いします」
彰は琥珀色の目を逸らした。そして痛そうに顔を歪める。
「……本当にそれでいいのか?俺よりも純也の方が…」
「僕じゃ由良さんを幸せにできませんよ。
由良さんをお願いします」
この人を見ることは痛かった。自分にはないものをいっぱい持っている奴を見るのは痛かった。彰に頼んだ後も、ナイフで突き刺されたような痛みを感じた。
だけど、この人しか頼める人はいなかった。
「……ああ、わかった……」
彰は今にも崩れてしまいそうだった。
「ありがとう」
読んでくださりありがとうございます。




