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こうして彼は自殺を決意した

 うーん。

 届いてよ。どうか……詩織に……。

 少しでもいいから届いてよ。


 何度も後悔をした。反省をした。自分を責めた。

 何度も死にたくなったけれども死ねなかった。

 生きれば生きるほど罪悪感がまして、自分を嫌いになった。

 眠れない夜が何日も続いた。音楽と詩織の思い出だけが僕を支えてくれた。

 気がつけば刑務所に一番長くいるのは僕になっていた。

 知り合いになった子達は、みんなすぐに出ていく。

 二十歳になって初めて刑務所を出た。

 たった一人で見上げた空はとても綺麗だった。

 雲一つない青い空。

 自由になったけれども、思い出の場所に帰ってももう詩織はいない。

 あの頃に戻ることはもうできない。

 

 詩織……。

 詩織に会いたい。

 早く死にたい。

 どうして詩織はもういないのに僕は詩織に恋をし続けるのだろう。

 〝言えなかった言葉〟の先にあった未来とか、仮定ばかり繰り返して……君はもういないのにどうして僕の心から離れてくれないのだろう?



 刑務所を出た僕は仕事がきつい工場で働きながらパソコンの世界に溺れていった。

 ニコニコ動画、you tube。

 少しでも時間ができたら、息苦しい毎日から逃げ出すように非現実の世界をさまよい続けた。



 伝わる言葉……独り言のまま誰にも届かない言葉

 

 一つの動画や情報で泣いたり、笑ったり、感動するのは僕だけではない。

 同じ動画で多くの人と共感しあっている。それはとても素敵なことかもしれない。

 独り言と会話が画面を交差する。

 画面を埋め尽くすのは本音・ふざけたコメント・つぶやき・称賛・悪口。

 僕と同じ意見のコメント・違う意見のコメント。

 思わず画面の前で拍手をしたくなるコメント。

 素晴らしい言葉・面白い言葉。

 誰かを笑わせようとエスカレートしていく下ネタ。

 人を大げさに褒めることはいいことか。

 誰かに向かって暴言を吐くことは悪いことか。

 画面越しに誰かを批判することで生まれるものは何か。

 顔も名前も知らないけれど同じ意見を持つ相手。

 それは重要なのか重要ではないのか。

 側にいない人が支えてくれる。

 その関係は偽物か……。 

 答えは僕にはわからない


 すばらしい動画に対しては製作者に対し生まれてくれてありがとうと思ったりする。

 口では言えないことも画面にだったらためらいもなく入力できる。

 

 ここは、誤解と悲劇と感動を生む場所。 


 人を人間と実感していなくても人と関わっている。

 確かに人とつながっているが心はつながっていない気分になる。

 ただ顔写真などを出さないコメントは、みんな対等に立っている気分になれる。

 現実は、肩書のある人やかっこいい人、かわいい人の言ったセリフの方が他のセリフよりもすばらしく感じる場合が多い。

 そこではキモオタのセリフも、イケメンの言葉も対等。

 地位や名誉のある人もフリーターも対等。

 顔さえ出さなければ、どこかの誰かの言葉として認識されるだけ。

 僕だって〝どこかの誰か〟として他の人とつながれる。

 ただ……何が本当かわからなくなる。

 パソコンに打ち込んだ言葉、しゃべった言葉、書いた言葉が本心じゃないってことはいくらでもある。


 どん底や絶望にいるほど音楽はすばらしく聞こえる。


 パソコンをやり始めて僕はボカロを聴くことが大好きになった。

 初めは機械が歌うなんて味気ないと思っていた。けれども慣れてみると、これほど完璧な歌い手は存在しないだろうと思うほどだ。

 機械は、絶対に音を外さないし滑らかに歌うことだってできた。

 ボカロを聞いていると何度も詩織の言葉が蘇る。


 「あなたには音楽の才能があるわ。

 いつかきっとプロのミュージシャンになるの。

 そしてあなたの音楽をみんなが好きになるの」


 僕も……歌声を多くの人に聞いてもらってもいいだろうか。

 僕みたいな人は歌わない方がいいのだろうか。

 歌いたい。聞いてもらいたい。感想を言ってもらいたい。

 例えどんなに罵られる羽目になってもいい。

 どうしても聞いてもらいたい。

 自分のわがままは止まらなかった。

もしもみんなに経歴がばれたら死のう。 

 そんな覚悟で動画を投稿してしまった。

 一つ投稿したら止めらなかった。

 称賛の声に導かれるように、また一つ、また一つと動画を投稿していく。  

 音楽活動する時の名前は、J・S。純也と詩織のイニシャルをとった。

 僕は、すぐに驚異的な歌唱力と中毒性のある声のためニコニコ動画の歌い手として人気が出だした。

 僕が歌うのは、悲しい曲や暗い曲だけ。

 〝Just Be Friends〟〝東京テディベア〟〝rain stops, good-bye〟〝Calc.〟〝ヴェノマニア公の狂気〟〝吉原ラメント〟〝ロスタイムメモリー〟……。

 明るい曲は歌う気分になれなかった。いつもこんな暗い曲ばかり選んでいたため〝死神〟というあだ名をつけられたほどだ。 

 他の人とコラボすることは一切しなかった。今どきの若者と仲よくすることは苦手だったからだ。それに自分の経歴がばれてしまうことが怖かったこともある。

時々画面を見ながら一つの恐怖が浮かんできた。

 自分が用済みになる瞬間が怖い。

 けれども、歌うことはやめられなかった。

 

 歌っていくうちにわかったことがある。

 ニコニコ動画の歌い手で必要とされるのは、歌唱力よりも中毒性である。ものすごく上手い人でも聞く人の好みの問題か人気のない人はいっぱいいる。逆に多少下手でも中毒性さえあれば絶大な人気を誇っている人もいる。

 すごい奴がみんなに評価されるとは限らない。みんなに愛されるとは限らない。

 どんなにすごくても注目をあびていない人も大勢いた。

 人は飽きる生き物だ。

 同じことばかり繰り返したら満足できなくなる。

 僕だっていつかは飽きられるだろう。

 だけど……今だけは大勢の人に僕の歌を聴いてほしい。

 僕は、完璧な音感・レベルの高い歌唱力・中毒性を全て持っているおかげで、あっという間に世界が誇るような歌手となった。

 ただしいつの間にか僕のコメントのせいかものすごい数のアンチができてしまったけれども。

 他人をたたく理由はいくらでも存在する。

他人を好きになる理由、褒める理由もいくらでも存在する。



 顔を見せない、ライブにも出ないCDだけの歌手として絶大な人気を確立したころ、白鳥 由良さんと出会った。


 彼女と会ってからそれまでの世界が何もかも違って見えた。僕は、自分を否定しながら生きていた。由良さんみたいに堂々と開き直って生きる生き方が素敵だと思った。

 自分ではどうしようもないくらい彼女に惹かれていった。

 最初は詩織に顔が似ているから近くにいたいだけだと思っていた。

 知れば知るほど、もっと彼女の傍にいたくなった。由良さんは、詩織と全然違うのに。

 自分の思いに名前をつけないまま彼女を追いかけ続けた。

暗い曲のボカロはもう歌う気になれなかった。

 僕は、少しずつ明るいボカロを歌い出した。

 ボカロ好きなら誰でも一度は聞いたことのある有名なあの曲を僕も歌って投稿してみた。

 画面に多くの花がさいた。そう思うくらい温かいコメントで画面が埋め尽くされていく。

 多くの人が僕の歌をほめてくれる。


 こんなに素敵な音楽は初めて聞きました。大好きです、一生愛しています。

 泣きました。感動をありがとう。最高すぎ。神すぎて何も言えない。イケボすぎて気絶しそう。耳が幸せ。この曲聴くとご飯がおいしくなる。

 ウェーイ。生きていてよかった。こんなに泣いたのは久しぶり。キャーキャーキャー

 あなたに出会えてよかった。すごい。素晴らしい。マーベラス。グッジョブ。

 心が溶けちゃいそうだぜ。最高の感動をありがとう。

 

 ドキン、ドキン、ドキン。 

 ああ、僕は生きている。顔を知らない人に支えられながら生きている。

 歌っているのがこんな人間でごめんなさい。僕なんかにこんなコメントをしてくれてありがとうございます。そう思いながら喜びのあまり震えていた。

 気がつけば一人で部屋の中で狂ったように踊っていた。

 

 そして犯罪者であることが全国にばれた。


 あのJ・Sの正体は人殺しだった!誘拐という卑劣な手口による計画的殺害!

 J・Sとして活動をしている男性は、浅野 純也〔二三歳〕

 九歳の時に、シャドウ・ブラウン氏〔四五歳〕を殺害。九歳から二十歳になるまで刑務所で過ごす。

 

 ……そうか、僕は二三歳だったのか。 

 インターネットの記事を読んで一番にそう思った。

 ネット上のコメントは荒れていた。それだけじゃない。

自分の投稿した動画、ニコニコ百科の自分の項目、記事に対するコメント、ファンクラブのページ、十個のアンチスレ……。

 全てが荒れていた。 

 汚い言葉で埋め尽くされている。



死ね。死ね。死ね。死ね。人殺しをしておいて平然と音楽活動をしているなんてありえない。人間じゃない。クズすぎ。よく今まで生きていたね。人間として恥ずかしくないの?

九歳の時に計画的殺人とか怖すぎ。歌がうまいから、イケメンだと信じていたのにこんなかっこ悪い人間だった。キモすぎ。さすが犯罪者っていう感じ。こいつの声って前からキモいと思っていた。もっと素敵なイメージがあったのに失望した。今すぐ、死ね。信じていたのに、信じていたのに、信じていたのに……。こいつ調子こいている感じが漂っていて、前から消えて欲しいと思っていた。真のカスとはどういうものか知った。今すぐ死んでほしい。キモキモキモキモ。こういう人間にだけはなりたくない。これほど期待を裏切る人間も珍しいな。こいつって超お金持ちでしょう。きっと俺らのことをバカにして生きていたにきまっている。豚、豚、豚、豚。結婚しているとかふざけるな!この詐欺師。どうせ結婚相手にも自分の経歴のことを黙っていたんでしょう。まじカスだな。こいつのことを褒めた俺がバカだった。死ね……。


 信じられていた……。

 みんなは僕に理想を押し付けていた。

 だけど僕はそれを裏切ってしまった。 

 僕は、誰の理想にもこたえられなかった裏切り者だ。

 それはきっともうなかったことにはできない。

 どうやって償えばいいかわからないよ。

 言葉が心に突き刺さる。

 きっとどんなことを言っても言い訳にしか聞こえない。

 積み上げてきたものが一瞬で崩壊する。全てを失った気分になった。

 何もかも自分のやったことが無駄に思えた。

 ああ、全部がゼロになっていく。

 全てが消えていく。


 ああ、そういえば僕には夢があった

 そろそろ詩織に会いに行こう


 読んでくださりありがとうございます。

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