第九話「街の店主たちと、はじめての寄り合い」
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翌朝、ゴルドと二人で街を回った。
影響を受けている店を一軒ずつ訪ね、話を聞いて、状況を紙に書き留める。午前中だけで七軒回れた。ゴルドの存在は、予想通り絶大だった。「重戦士のゴルドさんが一緒に来た」というだけで、警戒していた店主たちが話しやすそうな顔になった。
昼に店に戻り、俺は集めた情報を整理した。
被害を受けている店——十一軒。
仕入れを止められた品目——野菜、肉、花、薬草、穀物、乾物。ほぼ全ての食材カテゴリーを網羅している。
被害が始まった時期——一ヶ月前から段階的に。
手口は同じだ。まず仕入れ業者との契約を裏から切る。次に「提携」を持ちかける。断れば、さらに締め付ける。
(計画的だ。場当たりじゃない)
俺は紙に向かいながら、頭の中で前世の記憶を引っ張り出した。
飲食業界で働いていた頃、大手チェーンの「エリア展開戦略」について聞いたことがある。一定の地域を選んで、まず流通を押さえる。次に弱い店から順番に取り込む。最終的に地域ごと自分たちのブランドで塗り替える——そういうやり方だ。
(ベルク商会がやっていることも、構造は同じだ)
違いは、前世では「競合排除」が主な目的だったが、こっちは「支配と搾取」に近い。より悪質だ。
でも——対抗策の基本は変わらない。
俺はペンを走らせた。
夜。
ゼノフさんが声をかけた相手が、「満腹あひる屋」に集まってきた。
ルルちゃんの両親——花屋のペトルとマーリャ。近所の八百屋のおやじ、ボルク。薬草屋の老婆、セラ。それから、乾物屋のイヴァン、パン屋のオットー、精肉屋のダルコ。
七組の店主が、テーブルをくっつけて輪になって座った。
俺は端の席から、全員の顔を見渡した。
疲れた顔、不安そうな顔、警戒している顔。それぞれだ。でも共通しているのは、「どうにかしたい」という気持ちだ。それは目を見ればわかる。
ゼノフさんが立ち上がった。
「みなさん、来てくれてありがとうございます。まずは食べながら話しましょう。トウヤくん、お願いできるかい」
「はい」
俺は厨房に入り、用意していた料理を出した。
牙猪どんぶり、つるりん麺の汁物、黄金揚げ、黄色い煮込み——全部の看板メニューを少量ずつ、取り分けられるように大皿に盛った。
テーブルに並べると、疲れた顔の店主たちが、思わず鼻をひくつかせた。
「……いい匂いだ」
「食べてください。話は食べながらでいいです」
俺はそう言って、端の席に戻った。
最初は硬い空気だったが、料理が回り始めると少しずつほぐれてきた。
ボルクが黄金揚げをかじって「これ、なんだ? 旨いぞ」と言い、隣のイヴァンが「俺も一つくれ」と手を伸ばす。セラが麺の汁を一口飲んで「体に染みるね」と目を細める。
食べ物の力だ。
緊張を解くのに、これ以上のものはない——前世でも、バイト仲間の揉め事を収めるのに、いつもまず「何か食おう」と言っていた。
ゼノフさんが口を開いた。
「みなさん、状況はそれぞれ聞きました。ベルク商会に仕入れを止められて、困っているということは、みんな同じですね」
一同が頷く。
「で、私のところには、いい若いのが来てくれましてね」
ゼノフさんが俺を指した。
「トウヤくん、話してくれるかい」
全員の視線が俺に集まった。
俺は小さく息を吸って、立ち上がった。
「皆さん、初めましてトウヤです。最近ゼノフさんの店で働いています」
まず自己紹介から始める。初対面の人間に提案をする時の基本だ。
「今日お集まりいただいたのは、一つ提案があるからです。単刀直入に言います」
俺は用意していた紙を広げた。
「皆さんの店が今困っているのは、仕入れ先をベルク商会に抑えられているからです。これを打開するには、二つの方向があります。一つは個別に別の仕入れ先を探すこと。もう一つは——皆さんで一緒に動くことです」
「一緒に、というのは?」
精肉屋のダルコが聞いた。
「共同仕入れです。皆さんがバラバラに動くのではなく、まとめて仕入れることで、交渉力が上がります。一軒で百の肉を買うより、五軒で五百の肉をまとめて買うほうが、仕入れ先も優先してくれます」
「そんな仕入れ先が、今あるのか」
「あります。ベルク商会と取引のない農家と猟師と、卸業者を押さえています。明日から切り替えられます」
部屋が少しざわついた。
「でも」とパン屋のオットーが言った。「まとめて買うなら、誰が金を立て替えるんだ。うちは今、資金が厳しくて」
(そこが一番の問題だ)
俺は頷いた。
「そこを一番考えました。立て替えは誰もしなくていいようにします」
「どういうことだ」
「仕組みを作ります」
俺は紙に図を書き始めた。
前世で学んだ知識を、この世界の言葉に置き換えながら説明する。
「まず、皆さんに少しずつお金を出し合ってもらいます。一軒あたり、無理のない金額で構いません。そのお金を一つの「箱」に入れる。この箱から仕入れ代金を払い、届いた食材を各店に分配する。月末に実際に使った分だけ清算する——という流れです」
前世で言えば、購買組合に近い仕組みだ。飲食業の協同組合が食材を共同購入する、あの形を単純化したものだ。
「箱のお金は誰が管理するんだ」
「ゼノフさんにお願いしたいと思っています」
ゼノフさんが「え、俺?」と目を丸くした。
「この街で一番長く、一番信頼されている方だと思うので」
一同が顔を見合わせた。
ボルクが「まあ、ゼノフさんなら信用できる」と言った。他の店主たちも、おおむね頷いた。
「次に——情報の共有です」
俺は続けた。
「ベルク商会の動きを、一軒の店だけで把握するのは難しいです。でも皆さんが集まれば、誰かが先に気づいた情報を全員で共有できる。今日みたいな集まりを、定期的に続けましょう」
「どのくらいの頻度で」
「最初は週に一度、ここで。慣れてきたら月に一度でいいと思います」
前世でいうなら、フランチャイズ加盟店会議に近い発想だ。個々の店主が孤立せず、情報を共有することで、全体として機能するようにする。
「一つ聞いていいか」
薬草屋のセラが手を上げた。
「こういう仕組みを作ったとして——ベルク商会が、もっと強硬な手段に出てきたら、どうする。仕入れ先を全部塞ぐとか、もっと直接的な嫌がらせをしてくるとか」
俺は正直に答えた。
「それも考えています。衛兵隊のラドク隊長に、今の状況を文書で報告します。商業妨害として動いてもらえる可能性があります」
「衛兵隊が動いてくれるのか?」
「動いてもらえるよう、証拠を集めています。今日聞いた話も、全部記録します。一軒の被害なら「偶然」で片付けられますが、十一軒が同じ被害を受けていれば、組織的な妨害として認定できます」
前世で言えば、行政機関への集団申告だ。消費者庁や公正取引委員会への通報に近い考え方を、この世界の衛兵行政に当てはめる。
「さらに」
俺はもう一枚紙を広げた。
「もし仕入れが完全に止まった場合のために、今から在庫の備蓄を増やしておくことを勧めます。特に長期保存できる食材を。これが一週間分あれば、緊急時の対応に余裕ができます」
前世でいうBCP——事業継続計画の考え方だ。不測の事態に備えて、最低限の在庫バッファを持つ。
一通り話し終えると、部屋は静かになった。
みんなそれぞれに、考えている顔をしている。
ボルクが腕を組んで言った。
「……話はわかった。でも、いくつか聞いていいか」
「どうぞ」
「お前さん、ゼノフじいさんのとこに来てまだ半月も経ってないんだろ。なんでそんなに、この街のことを考えるんだ」
俺は少し間を置いた。
「飯を食わせてもらっているからです」
「それだけか?」
「……美味しいものが食べられる店や、気持ちよく買い物できる場所が潰れるのが、嫌なんです」
ボルクはしばらく俺を見ていた。
「前にいた場所でも、似たようなことがあったのか」
「あります。大きな力に押しつぶされそうな小さな店を、いくつか見てきました。うまくいった場合も、いかなかった場合も」
「うまくいった場合は、どんな時だった」
「みんなが、一人で抱え込まなかった時です」
ボルクは一度だけ頷いた。
「……わかった。乗ってやる」
隣のイヴァンが「俺も」と言った。パン屋のオットーが「うちも、まあ」と腕を組みながら言った。
花屋のペトルとマーリャが顔を見合わせて、「ぜひお願いします」と頭を下げた。
一人また一人と、頷いていく。
最後に、薬草屋のセラが「一つ条件がある」と言った。
「なんですか」
「この仕組みの名前を、ちゃんとつけること。名前のないものは、すぐ消える」
俺は少し考えた。
前世なら「購買組合」とか「商店会」とか言うところだが、この世界の言葉でしっくりくるものを探す。
「……「あひる組合」はどうですか」
一瞬の沈黙の後、ボルクが吹き出した。
「あひる?」
「この店が拠点だから、この店の名前から取りました」
「……まあ、覚えやすいな」
ゼノフさんが「たっはっは! 気に入った!」と笑った。
セラは少し口元を緩めて、「わかった、乗りましょう」と言った。
寄り合いが終わり、店主たちが帰っていった。
最後に帰ったのはボルクで、扉を出る前に振り返った。
「トウヤくん、一つだけ言っておく」
「はい」
「俺たちはお前を信用したわけじゃない。ゼノフじいさんを信用して、乗ることにした」
「わかっています」
「だから——」
ボルクは少し間を置いた。
「じいさんを、頼むな」
「はい。それは絶対に」
ボルクは一度頷いて、帰っていった。
店が静かになってから、ゴルドが奥の席から立ち上がった。
寄り合いの間、ゴルドはずっと黙って端の席に座っていた。発言は一度もしなかった。ただ、その存在が「安全の担保」になっていたことは、俺にもわかった。
「ゴルドさん、ありがとうございました」
「俺は何もしていない」
「いてくれるだけで、違います」
ゴルドは少し口を曲げて、でも否定しなかった。
「一つ言う」
「はい」
「お前の話は、筋が通っていた。前にいた場所で、どんな仕事をしていたのかは知らないが——人を動かすことに慣れている」
「バイトリーダーをしていました」
「バイトリーダー?」
「……まあ、現場の取りまとめ役みたいなものです」
ゴルドはしばらく俺を見てから、「そうか」と言った。
「ただ、一つ忘れるな」
「はい」
「仕組みは道具だ。道具がいくら良くても、使う人間がバラバラになれば意味がない。今夜集まった連中を、継続的に繋ぎ止めるのは——料理や仕組みじゃなく、お前とゼノフさんの人間性だ」
俺はその言葉を、静かに受け取った。
「……ありがとうございます」
「礼はいらん。明日もどんぶりを食いに来る」
全員が帰ってから、ゼノフさんと二人で後片付けをした。
ゼノフさんは鍋を洗いながら、ぽつりと言った。
「トウヤくんは、本当にいろんなことを知っているね」
「前の世界で、いろんな場所で働いていたので」
「でも、知識だけじゃないよ」
「といいますと」
「今夜、店主たちの顔を見ていたかい。最初は硬い顔をしていたのに、帰る頃には少し表情が柔らかくなっていた」
「料理を食べてもらったからだと思います」
「それだけじゃない」
ゼノフさんは俺を見た。
「お前が、ちゃんとみんなの話を聞いていたからだよ。セラさんの質問に、ちゃんと正直に答えていただろう。ボルクさんの問いにも、逃げずに答えた」
「……正直に答えるのは当然のことです」
「当然のことを、ちゃんとできる人間が——意外と少ないんだよ、この世界では」
ゼノフさんはそう言って、柔らかく笑った。
その夜、俺は布団に入りながら、今日のことを振り返った。
購買組合。情報共有。証拠収集。在庫バッファ。
前世のビジネスの知識を、そのままこの世界に持ち込んでいる。言葉や形は変えても、構造は同じだ。
でも——ゴルドが言っていたことも、正しいと思う。
仕組みだけでは、人は動かない。
前世でも、そうだった。どれだけ効率的なオペレーションを作っても、それを動かすのは結局、人だ。バイトリーダーとして何度も実感してきたことだ。
(俺には何ができて、何ができないか)
料理ができる。仕組みを考えられる。人の話を聞ける。前世の知識を応用できる。
でも——この世界の人間関係の深さは、まだわからない。ゼノフさんとボルクさんの二十年の付き合いの重みも、ゴルドが傭兵として築いてきた信頼も、俺には真似できない。
(だから、俺は俺にできることをやる)
俺は料理と仕組みを作る。人と人を繋ぐのは、この街で長く生きてきた人たちの力を借りる。
それが、チームというものだ——前世でも、異世界でも。
窓の外、アヒルの看板が夜風に揺れていた。
その下の石畳を、夜警のラドク隊長が静かに歩いていくのが見えた。
視線が合った気がした。
隊長は立ち止まって、一度だけ小さく頷いた。
俺も、静かに頷き返した。
次回もお楽しみに




