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満腹あひる屋へようこそ! ~元バイトリーダーは異世界でも厨房に立つ~  作者: 膝栗毛


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第二十七話「新しい仕込みと、三ヶ月後への約束」

引き継ぎお楽しみください

翌朝、三時五十分に目が覚めた。

 昨日より十分早い。

 脇腹の傷は、ほとんど気にならなかった。

 階段を下りると——エルナがいた。

「今日は俺の勝ちです」

「三時四十五分に起きました」

「……負けました」

「覚えておいてください」

「覚えておきます」

 エルナはかまどの前で火を入れながら、ふっと笑った。

 その笑顔が、最初に会った頃とは別物になっていた。

 街道で出会った時の、銀色の目だけが静かに光っていた少女とは違う。

 今は——笑う時に、ちゃんと笑う顔をしている。

(この店が変えたのか、時間が変えたのか)

 たぶん、両方だ。


 朝の仕込みが終わった頃、俺は棚から緑実豆を取り出した。

「新しい仕込みを始めます」とエルナに言った。

「三ヶ月かけるやつですか」

「そうです。今日から始めれば——三ヶ月後の秋口に開けられます」

「秋口に」

「季節が変わる頃に、深みが増した発酵豆ペーストが生まれます」

 エルナは豆を見た。

「感じ取っていいですか」

「どうぞ」

 エルナは豆の袋に手を当てて、目を閉じた。

「……今は、ただの豆です。でも——」

「でも?」

「何かになる予感がします。この豆が、三ヶ月後に全然違うものになる」

「そうです」

「不思議ですね。今は想像もできない味に、なるんですね」

「なります」

 エルナは目を開けた。

「私も、三ヶ月後には変わっていますか」

「変わっています」

「どう変わりますか」

「それは——」

 俺は少し考えた。

「三ヶ月後に、一緒に確かめましょう」


 仕込みを始めた。

 豆を水に浸けて、一晩置く。

 エルナが横で見ていた。

「教えてもらえますか」

「全部見せます。覚えたければ、一緒にやりましょう」

「はい」

 俺は手順を説明しながら、作業を進めた。

 エルナは一つ一つ、ノートに書き留めた。

「豆を水に浸ける時間は?」

「一晩以上。長すぎても短すぎてもいけない」

「適切な時間を感じ取れますか、私に」

「試してみてください。明日の朝、豆に触れてみて——準備ができているか、感じ取れるか」

「やってみます」

「それが正確なら、あなたは仕込みの判断を任せられます」

 エルナはノートを閉じて、豆の器を見た。

「……頑張ります」

「頑張らなくていいです。感じ取るだけです」

「感じ取ることが、得意なことだから?」

「そうです。得意なことを活かすのが、一番いい料理人です」


 翌朝。

 エルナが豆の器に触れた。

 目を閉じた。

 少し間があって、「準備ができています。茹でていいです」と言った。

「本当ですか」

「たぶん」

「確かめましょう」

 豆を手に取ると、一晩水を吸って、ふっくらとしていた。表面がきれいに膨らんでいる。準備は完璧だった。

「合っています」

「本当に?」

「完璧です」

 エルナは少し目を丸くしてから、「感じ取れました」と言った。

「これからも、任せていいですか」

「……はい」

「よかった。では——」

 俺は大鍋を火にかけた。

「次は茹でる工程です。見ていてください」


 豆を茹でながら、エルナが聞いた。

「トウヤさんは、前の世界でも発酵のものを作っていましたか」

「作っていませんでした。食べてはいましたが」

「どんなものを食べていましたか」

「味噌汁、という汁物がありました。深味汁の前身です」

「前身?」

「深味汁は、俺が前の世界で飲んでいた味噌汁から発想して、この世界の食材で作ったものです。完全に同じではないですが——根っこは同じです」

「前の世界の味が、この世界で別の形になったんですね」

「そうです。シグさんが言っていました——前の世界の記憶が、この世界で別の形になることがある、と」

「それが、深味汁ですか」

「そうです」

 エルナはしばらく考えてから、「私にも、そういうものができますか」と言った。

「何を持ってきましたか、あなたは」

「施設での記憶と、銀眼だけです」

「施設での記憶は、どんなことを教えてくれましたか」

「……正確さと、観察することと、あとは——待つことの大切さです」

「待つことの大切さ?」

「施設では、実験の結果が出るまで待ち続けることが多かった。急いでも、自然のリズムを変えることはできないと、体で覚えました」

 俺は少し笑った。

「それは、料理の発酵に一番大事なことです」

「そうですか」

「時間を操れない。ただ、最適な環境を整えて、待つだけです。それを知っている人間が、発酵を一番うまく扱えます」

「施設での経験が、役立ちますか」

「役立ちます。エルナの「前の世界」の記憶が、料理に別の形で生まれているということです」

 エルナは少し間を置いた。

「……なんか、嬉しいです。あの場所での時間が、ここで意味を持てるなんて」

「全部が繋がっています」

「前の世界と今の世界が繋がるように」

「そうです」


 豆が茹で上がった。

 エルナと一緒に、潰す工程に入った。

「力がいります。一緒にやりましょう」

「はい」

 二人で豆を潰した。

 エルナの手は、予想より力があった。

「料理を始めてから、手が強くなりました」とエルナが言った。

「そうですか」

「施設では、細かい作業ばかりでした。でも、こういう力仕事は——なんか、好きです」

「どういうところが好きですか」

「ちゃんと力を使った感じがするところです。やった、という手応えがあります」

「料理には、そういう工程もあります。出汁を引くような繊細な作業と、豆を潰すような力仕事と、両方あります」

「両方好きです」

「それは——いい料理人の条件です」


 潰した豆に塩を加えて、黄色い粉を少量混ぜた。

「この粉は何ですか」と聞かれた。

「発酵を促す効果があります。薬草屋のセラさんに教えてもらいました」

「感じ取ってみていいですか」

「どうぞ」

 エルナは粉の瓶に手を当てた。

「……複雑な成分が入っています。複数の種類の何かが混ざっている」

「そうです。複数の薬草を合わせたものです」

「それぞれが、豆の発酵を助けます」

「正確です。感じ取れましたか」

「だいたい。でも——混ぜた後に何が起きるかは、感じ取れません」

「時間の先は、感じ取れないですか」

「今の状態はわかります。でも、三ヶ月後にどうなるかは——わかりません」

「それでいいです。誰にも、未来はわかりません」

「トウヤさんも?」

「俺も。だから、今日の仕込みを丁寧にやって、あとは待つだけです」


 器に詰めて、重しを乗せた。

 二人で、器を棚に置いた。

「今日から、三ヶ月です」とエルナが言った。

「そうです」

「三ヶ月後——何があるかな」

「わかりません。でも——」

「でも?」

 俺は器を見た。

「この器を開ける時、エルナがいてほしいです」

 エルナは少し驚いた顔をしてから、「います」と言った。

「約束ですか」

「約束です」

「その時には、もっと料理が上手くなっていますか」

「なっています」

「どのくらい?」

「今よりずっと。三ヶ月というのは、料理人にとっては長い時間です」

「でも発酵豆が育つのと同じくらいの時間ですね」

「そうです」

 エルナは棚の器を見た。

「……一緒に育ちましょう、この豆と」

 俺は思わず笑った。

「うまいことを言いますね」

「さっきトウヤさんが言ったことの応用です」

「俺が言いましたっけ」

「言いました。全部繋がっています、と」

「……確かに言いました」


 その日の昼、ゼノフさんが俺に声をかけた。

「新しい仕込み、始めたね」

「今朝から」

「エルナちゃんと一緒に?」

「はい」

「うれしそうにしていたよ、あの子」

「仕込みが楽しかったようです」

「仕込みだけじゃないと思うけどね、はっはっは!」

 俺は少し「何がですか」と聞こうとして、やめた。

 ゼノフさんはにこにこしたままで、鍋をかき混ぜ続けた。

「ゼノフさん、言いたいことがありますか」

「別に。ただ——」

「ただ?」

「二十八年、いろんな人間を見てきたよ。この厨房で、いろんな顔を見てきた。腹が空いた顔、疲れた顔、悲しい顔、嬉しい顔——」

「はい」

「今朝のエルナちゃんの顔は、今まで見た中で一番好きな顔の一つだったよ」

「どんな顔でしたか」

「何かを楽しみにしている顔だよ。先のことを、怖がらずに楽しみにしている顔」

 俺はそれを聞いて、少し間を置いた。

「……よかったです」

「トウヤくんのおかげだよ」

「エルナが自分で変わったんです」

「変われる環境を作ったのは、トウヤくんだよ」

「ゼノフさんが作ったこの店があるからです」

「たっはっは! 堂々巡りだね!」


 夕方、グレイが来た。

 いつもの席に座って、串焼きと卵焼きを注文した後、俺を呼んだ。

「施設の件、追加で確認した」

「なんですか」

「アデラの法的措置が正式に通達された。施設側は異議を申し立てる権利があるが——フォン・ライム家相手に異議を申し立てる体力は、あの規模の施設にはない」

「完全に終わりですか」

「九割以上は。残り一割は、施設が組織的に別の手を打つ可能性だが——今のところその動きはない」

「エルナに伝えます」

「もう一つある」

「はい」

「エルナの身元を、正式に保護する手続きができる。フォン・ライム家の後見ではなく——この街の住民として登録する形だ」

「この街の住民として?」

「ゼノフの店の従業員として、この街に住んでいるという形で登録できる。そうすれば、施設側が「脱走者」として追跡する法的根拠がなくなる」

 俺は少し考えた。

(住民登録。前世でいう戸籍のようなものか)

「エルナが同意すれば、できますか」

「そうだ。手続きはラドクが手伝える」

「わかりました。エルナに話します」


 その夜、エルナに話した。

「この街の住民として、正式に登録できます」

「……どういうことですか」

「ここに住んでいる人間として、公式に認められるということです。施設から「脱走者」として追われる根拠がなくなります」

 エルナはしばらく黙った。

「……この街の人間になれるんですか」

「なれます。この店の従業員として」

「私は、まだちゃんと料理人じゃないですが」

「それは関係ないです。ここで働いているという事実があれば十分です」

「トウヤさんたちに、迷惑じゃないですか」

「迷惑じゃないです。俺たちも、あなたにここにいてほしいです」

 エルナは少し考えてから、「ゼノフさんも、いいですか」と聞いた。

「聞いてみましょう」


 ゼノフさんに話すと、即答だった。

「もちろんだよ! はっはっは! 大歓迎だよ!」

「本当にいいんですか」とエルナが聞いた。

「もちろん! エルナちゃんはもうこの店の一員だよ。書類なんて後からついてくるものだ」

「……ありがとうございます」

「礼はいらないよ。ただ——」

 ゼノフさんはエルナを見た。

「一つだけ聞かせてくれ」

「なんですか」

「ここにいたいか? 本当に」

 エルナは少し間を置いた。

 それから、静かに、でもはっきりと答えた。

「はい。ここにいたいです」

「それだけ聞ければ十分だよ、はっはっは!」


 翌日、ラドクさんの協力で手続きが始まった。

 意外と、あっさりと進んだ。

「ゼノフの店の関係者は、この街では通りがいい」とラドクさんが言った。

「そうなんですか」

「二十八年、いろんな人間の世話になってきた店だ。恩を感じている人間が多い」

 エルナが書類に名前を書いた。

 初めて、この世界で自分の意思で書いた名前だった。

「エルナ・シュナイダー」

「施設でつけられた名前ですが——この名前でいいですか」とエルナが俺に聞いた。

「どんな名前でも、あなたがいいならいいです」

「……この名前でいいです。これからは、自分の名前にします」


 手続きが終わった後、ラドクさんが書類を折り畳んだ。

「これで正式だ。おめでとう」

「……ありがとうございます」

「ゼノフの店の人間を守るのは、俺の仕事だ」

「なぜですか」

「二十年前から、世話になっている店だから」とラドクさんは言って、立ち上がった。

「麺を食べていきますか」とエルナが聞いた。

「食べていく」

「私が作ります」

「そうか。楽しみにしている」


 エルナが麺を作った。

 俺は横で見ていた。

 出汁を引いて、麺を茹でて、汁を合わせる。

 全部、一人でやった。

 教えた通りの手順で、でも——少しだけ自分のアレンジが入っていた。

 塩の量が、ラドクさんの好みに合わせて少し多めだった。

「なぜ塩を多くしたんですか」とラドクさんが食べた後に聞いた。

「感じ取りました。ラドクさんは、毎朝仕事前に来ます。仕事前の体は、少し塩分を必要としています」

「……よくわかるな」

「そういう能力なので」

「それは——役立つな」

「役立てたいです」

 ラドクさんは器を置いて、「旨かった」と言った。

「ありがとうございます」

「麺は、いつもトウヤが作っているのと、少し違う」

「私の味なので」

「そうか。お前の味があるな、ちゃんと」

 エルナは少し嬉しそうな顔をした。

 でも——すぐに落ち着いた顔に戻った。

 その切り替えが、なんとなく前よりうまくなっていた。


 その夜、常連が揃った。

 ゴルドが来て、グレイが来て、リンが演奏して、ハンスとヨハンがエールを飲んだ。

 エレナさんがデザートを食べながら、珍しくエルナに話しかけた。

「住民登録をしたと聞きました」

「はい」

「よかったです」

「……エレナさんが、気にかけてくれていたんですか」

「ここに来てから、ずっとあなたを見ていました」

「本を読んでいるように見えましたが」

「読みながら、見ていました」

 エルナは少し驚いた顔をしてから、「ありがとうございます」と言った。

「この店の人間は、みんなそういうものです」とエレナさんは言った。「見ているようで、ちゃんと見ている」

「トウヤさんも、ですか」

「特に、トウヤさんは」

 エルナは少し顔を赤くして、デザートに視線を落とした。

 エレナさんは何も言わず、また本を開いた。


 閉店後。

 いつものように、俺とエルナが最後に残った。

 片付けをしながら、エルナが言った。

「今日、ここの人間になりました」

「なりましたね」

「不思議な感じがします」

「どんな感じですか」

「根っこができた感じです。どこかに繋がった感じ」

 俺はかまどの火を確認しながら、「よかったです」と言った。

「トウヤさんは、ここに根っこがありますか」

「あります」

「いつできましたか」

 俺は少し考えた。

「最初の日に、ゼノフさんの飯を全部食べた時、かもしれません」

「全部食べたことで?」

「全部食べた時に、この場所がいいと思いました。腹が満たされて、温かくて——それが、根っこの始まりだったかもしれません」

「私は——」

「はい」

「街道で、トウヤさんにご飯をもらった時が、始まりだったかもしれません」

 俺はその言葉を聞いて、少し間を置いた。

「……そうですか」

「その時から、少しずつここに来るまでの道が始まっていた気がします」

「偶然が重なりましたね」

「偶然ですか」

「俺がヴェルナーさんの依頼を受けて隣街に行かなければ、エルナと会っていません」

「そうですね」

「街道の休憩所に、エルナがいなければ」

「そうですね」

「でも——あそこにいました」

「いました」

 エルナはかまどの火を見ながら、「トウヤさんと会えてよかったです」と言った。

 静かな、落ち着いた声だった。

 演技でも、気を遣った言葉でもない。

 ただ、思ったことを言った声だ。


 俺は少し間を置いてから、答えた。

「俺も、よかったです」

「本当ですか」

「本当です」

「なぜですか」

「仕入れの質が上がりました。発酵の仕込みを一緒にできました。毎朝早起き対決をしています。それから——」

「それから?」

 俺は少し考えた。

「厨房が、前より明るい気がします」

「それは——私のせいですか」

「あなたのおかげです」

 エルナは少し俯いた。

 また耳の先が赤くなっていたが、今夜は暗かったので、よく見えなかった。

「……おかげ、と言ってもらえると——嬉しいです」

「素直ですね」

「施設では、感情を出さないようにしていました。でも——ここでは、出していいと思い始めました」

「出していいです」

「怖くないですか」

「全然」

「……わかりました」


 しばらくして、エルナが「一つ聞いていいですか」と言った。

「はい」

「私は、料理人になれますか——ちゃんとした、一人前の」

 俺は迷わず答えた。

「なれます」

「根拠は?」

「たくさんあります」

「全部言ってもらえますか」

「長くなりますよ」

「聞きます」

 俺は考えながら、話し始めた。

「毎朝早起きをしています。仕込みを覚える速度が速い。感じ取る能力が、料理の精度を上げています。食べる人の顔を見ています。マリアと一緒に新しいデザートを考えました。ラドクさんに合わせた塩加減を自分で判断しました。発酵の豆が準備できているかを、正確に感じ取りました。卵焼きを、食べる人に合わせて作りました」

 俺は少し間を置いた。

「全部、一ヶ月も経っていないことです」

 エルナは黙って聞いていた。

「一ヶ月でこれだけできるなら——三ヶ月後は、もっとできます。半年後は、もっと。一年後は——俺には、今の時点では想像できないくらい、上手くなっています」

「想像できないくらい?」

「発酵と同じです。三ヶ月後に何になるか、仕込んだ日には想像できない。でも——方向は一つです」

「深くなっていく方向」

「そうです」

 エルナはしばらく黙った。

 それから、「わかりました」と言った。

「信じますか」

「……信じます。トウヤさんが言うなら」

「俺じゃなくて、自分を信じてほしいです」

「自分を信じることは、まだ難しいです。だから——トウヤさんの言葉を、橋にします」

「橋?」

「自分を信じられるようになるまで、トウヤさんの言葉を渡って——少しずつ、自分の言葉に変えていきます」

 俺はその言葉を聞いて、何か言おうとして、やめた。

 言葉より、その比喩が完璧すぎて。

「……詩人みたいなことを言いますね」

「リンさんの影響かもしれません」

「リンさんに感謝しないといけませんね」

「そうですね」


 エルナが二階に上がる前に、「一つだけ」と言った。

「なんですか」

「三ヶ月後に、発酵の器を一緒に開けます。それが今の一番の楽しみです」

「覚えています」

「約束、忘れないでください」

「忘れません」

「……おやすみなさい」

「おやすみなさい、エルナ」


 エルナが上がっていって、一人になった。

 棚の発酵の器を見た。

 今日から、三ヶ月。

 豆がゆっくりと変化していく。

 エルナも、ゆっくりと変わっていく。

 俺も、変わっていく。

 この店も、少しずつ変わっていく。

 でも——根っこは変わらない。

 ゼノフさんが二十八年かけて作った根っこが、ここにある。


 アヒルの看板が、夜風に揺れていた。

 三ヶ月後の秋口、この看板の下に何があるか——今はまだわからない。

 でも。

 発酵の器が開く日に、エルナがいる。

 それだけで、十分だ。

 それだけで、今夜は眠れる。


 「満腹あひる屋」の夜が、静かに更けていく。

 新しい仕込みが、今日から始まった。

 三ヶ月後への約束と一緒に。

次回もお楽しみに

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