表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
満腹あひる屋へようこそ! ~元バイトリーダーは異世界でも厨房に立つ~  作者: 膝栗毛


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/36

第十九話「ゼノフさんの答えと、旅立ちの朝飯」

引き継ぎお楽しみください

一週間、ゼノフさんは何も言わなかった。

 いつも通り厨房に立って、いつも通り大盛りを出して、いつも通り「たっはっは!」と笑っていた。

 でも俺には、何かを考え続けているのがわかった。

 閉店後に一人でカウンターに座っている時間が、少し長くなっていた。窓の外のアヒル看板を、以前より長く見ていた。

 俺は何も聞かなかった。

 待つことが、今の俺にできる一番のことだと思ったから。


 七日目の朝。

 いつもより少し早く目が覚めた。

 三時半。窓の外はまだ暗い。

 階段を下りると、厨房にすでに灯りがついていた。

 ゼノフさんだった。

 一人で、かまどの前に立っている。鍋は火にかかっていない。ただ、かまどの前に立って、何かを見つめていた。

「ゼノフさん」

 ゼノフさんは振り返った。

 いつもの丸眼鏡。いつもの白髪。いつもの穏やかな顔。

 でも今日は——その顔に、何かが決まった人間の静けさがあった。

「トウヤくん、早いね」

「ゼノフさんのほうが早いです」

「少し、考えていたよ」

「はい」

「答えが出た」


 ゼノフさんはかまどに火を入れながら、静かに話し始めた。

「一週間、ずっと女房と話していた気がするよ」

「奥様と?」

「もういないけれど——こういう時はいつも、頭の中で話しかける。女房はどう思うかな、ってね」

 俺は黙って聞いた。

「女房が言うんだよ、頭の中で。「あなたの料理を、もっと遠くの人に届けなさい。私はずっとここにいるから」って」

「……」

「俺の都合のいい想像かもしれないけどね」

 ゼノフさんは少し笑った。

「でも——そう思ったら、答えが決まった」

「どうするんですか」

「王都に行く」

 俺は静かに頷いた。

「ただし——」

 ゼノフさんは俺を見た。

「一つだけ条件がある」

「なんですか」

「この店を、続けること。俺が王都にいる間も、この場所は「満腹あひる屋」であり続けること」

「当然です」

「看板は変えない。盛り付けの量は減らさない。来た人を、ちゃんと温かく迎える」

「全部、守ります」

「リーナさんが言っていた「形は相談できる」というのを、使わせてもらおうと思う。王都と、この店を、行き来する形にしてもらえないか交渉してみる」

「できると思います」

「できるかな」

「ゼノフさんを欲しいのは向こうです。条件を出す権利は、こちらにあります」

 ゼノフさんは「たっはっは!」と笑った。

「トウヤくんは、交渉のことをよく知っているね」

「前の世界でも、似たようなことを何度かやりました」

「頼もしいねえ!」


 朝営業が始まる前に、ゼノフさんはリーナに連絡を取った。

 リーナはまだこの街に滞在していたらしく、昼前に来た。

 ゼノフさんの条件を聞いて、リーナは少し考えてから言った。

「月に一度、この街に戻る時間を保証します。店の経営は、代理人——トウヤさんに一任する形でいかがでしょうか」

「それで構いません」とゼノフさんが言った。

「王都での仕事は、週に三日。残りは自由時間として、移動に充てることもできます」

「では——いつ出発になりますか」

「準備ができ次第。急ぎません」

 ゼノフさんは俺を見た。

「トウヤくん、いいかい」

「いつでも」

「じゃあ——十日後にしよう。それまでに、この店のことを全部トウヤくんに伝える」


 十日間は、静かで、でも密度の高い日々だった。

 ゼノフさんは毎日、俺に話を聞かせた。

 二十八年間、この店でやってきたこと。常連たちとの付き合い方。仕入れ先との関係。季節ごとのメニューの変え方。この街の気候と、それに合わせた料理の調整。

 全部が、俺には知らなかったことだった。

 前世の知識と、ゼノフさんの二十八年が、少しずつ俺の中で混ざり合っていく。

「ゼノフさん、卵焼きのレシピを教えてもらえますか」

「え、グレイくんのやつ?」

「はい。あれだけは、まだ教わっていないので」

 ゼノフさんは少し照れたように笑った。

「実はね、あれは特別なレシピでも何でもないんだよ」

「そうなんですか」

「卵と、蜂蜜と、白獣乳を少し。それだけだよ。ただ——」

「ただ?」

「火加減だけは、長年の勘だ。強すぎず、弱すぎず。じっくり、でも確実に火を通す」

「言葉にできないところですね」

「そういうところが、料理の一番面白いところだよ。全部言葉にできないから、見て覚えるしかない」

 俺はゼノフさんの隣に立って、卵焼きを作るところを見た。

 手際は、二十八年の積み重ねだ。無駄な動きが一つもない。

 でも——同じ動きをしているのに、何か「ゼノフさんらしさ」がある。

(これは、教わるものじゃなく、時間をかけて自分で積み上げるものだ)

「トウヤくんの卵焼きは、いつかトウヤくんの卵焼きになるよ。俺のとは違う味に、きっとなる」

「それでいいんですか」

「それがいいんだよ」


 出発の前日。

 ゼノフさんは「みんなを呼んでいいかい」と言った。

「もちろんです」

 夜の営業が終わった後、常連たちが残った。

 ゴルド、グレイ、エレナさん、カイル、マリア、リン、ハンス、ヨハン、シグ。ルルちゃんは少し遅い時間だったが、花屋の両親に連れられてきた。

 ラドク隊長も、「たまたま通りかかった」という顔をして入ってきた。

 全員が揃うと、ゼノフさんは立ち上がった。

「みなさん、長い間、うちの店に来てくれてありがとう。俺は明日から、少しの間、王都に行くことになりました」

 知っている人も、初めて聞いた人もいる。

「でも——この店は変わりません。満腹あひる屋は、ここにあります。トウヤくんが守ってくれます」

 ゼノフさんは俺を見た。

「俺が二十八年かけて作ったものを、トウヤくんに預けます。大事にしてくれると思っているよ」

 俺は「はい」と答えた。

 一言だけで、十分だった。


 その夜は、いつもより長く続いた。

 リンが竪琴を弾いて、ゴルドが武勇伝を話して、カイルが笑って、マリアがノートに何かを書いて、グレイが卵焼きを静かに食べて、エレナさんがデザートを頼んで、ハンスとヨハンがエールを飲んで、ルルちゃんがアヒルクッキーをかじって眠くなった。

 ラドク隊長は珍しく深味汁を二杯飲んだ。

 ゼノフさんはずっと笑っていた。

 その笑いが、いつもより少し眩しかった。


 翌朝、出発の日。

 俺は夜明け前から仕込みを始めた。

 今日は特別なものを作りたかった。

 ゼノフさんの送り出しの朝飯。

 何を作るか、前の夜から考えていた。

 どんぶりか、麺か、煮込みか——全部、この店を象徴するものだ。でも今朝は、もっとシンプルなものがいい気がした。

 俺が作ることにしたのは——深味汁と、白いご飯に近い麦飯と、卵焼きだった。

 深味汁は、一ヶ月かけて作ったこの店の味。麦飯は、毎日ゼノフさんが炊いてきたもの。卵焼きは、ゼノフさんが二十八年作り続けてきたもの。

 この三つが、「満腹あひる屋」の全てだと思った。


 ゼノフさんが降りてきたのは、夜明けと同時だった。

 旅の荷物を一つ持っていた。小さな荷物だ。

「出発前に、食べてください」

 カウンターに座ったゼノフさんの前に、俺は膳を置いた。

 深味汁。麦飯。卵焼き。

 シンプルな、朝飯だ。

 ゼノフさんは膳を見て、少し黙った。

「……これは」

「いつも食べていたものです」

「卵焼きは——」

「俺が作りました。ゼノフさんのとは、少し違うかもしれませんが」

 ゼノフさんは卵焼きを一切れ食べた。

 しばらく、何も言わなかった。

「……俺のとは違うね」

「そうですか」

「でも——」

 ゼノフさんはもう一切れ食べた。

「旨い。ちゃんと、トウヤくんの卵焼きになっている」

 俺は少し胸が詰まった。

「ありがとうございます」

 ゼノフさんは深味汁を一口飲んだ。

「……この汁は、一ヶ月かけて作ったやつだね」

「そうです」

「時間の味がするよ」

「そうあってほしいと思っています」

 ゼノフさんは麦飯を一口食べて、また深味汁を飲んだ。

 窓の外が、少しずつ明るくなってきた。

「トウヤくん」

「はい」

「この店のことを、頼んだよ」

「はい」

「常連のみんなのことも」

「はい」

「グレイくんの卵焼きは、毎日出してやってくれ」

「毎日出します」

「エレナさんが読書できる静かな席を、必ず空けておいてくれ」

「空けておきます」

「ゴルドくんのエールは、冷えすぎないように」

「気をつけます」

「ルルちゃんのクッキーは——」

「アヒルの形で焼きます。毎回」

 ゼノフさんは全部頷いてから、最後に言った。

「そして——自分の飯も、ちゃんと食べてくれ」

「……はい」

「料理人が自分の飯を食べない店は、いつか味が落ちるからね」

「覚えておきます」


 朝飯を食べ終えて、ゼノフさんは立ち上がった。

 荷物を持って、扉に向かった。

 振り返った。

「いい店だよ、ここは」

「ゼノフさんが作った店です」

「今はトウヤくんの店でもある」

 ゼノフさんは丸眼鏡の奥の目を細めた。

「女房が喜んでいると思うよ。こんなに賑やかになって」

「また聞かせてあげてください、王都から戻ったら」

「必ず戻るよ。深味汁の次のやつを、味見しないといけないからね」

「三ヶ月後に、開けます」

「楽しみにしているよ。はっはっは!」

 ゼノフさんの笑い声が、石畳の路地に響いた。

 アヒルの看板の下を通り過ぎて、ゼノフさんは歩いていった。

 俺は扉の前に立って、その背中が見えなくなるまで見送った。


 店に戻ると、カイルとマリアがいた。

 二人とも、目が少し赤かった。

「大丈夫ですか」

「大丈夫です」とマリアが言った。「ただ、少し——」

「寂しい?」

「はい。でも、ゼノフさんが信じて任せてくれたので、それが嬉しいです」

「俺もそうです」

 カイルが「さあ、やりますか!」と少し大きめの声で言った。

「やりましょう」

 三人でかまどの前に立った。

 今日も、いつも通りの朝が始まる。


 そして——それから十日後のことだった。


 ヴェルナーから依頼が来た。

 「隣街の提携食堂のうち、一軒が経営難に陥っていて、早急に見に来てほしい」という内容だった。

 ゼノフさんはすでに王都にいる。店はカイルとマリアとシグに任せられる。一泊二日なら問題ない。

 俺は翌朝、隣街に向けて出発した。


 街道は、思ったより整備されていた。

 石畳が続き、途中に休憩所がいくつかある。行商人の荷馬車が何台か追い越していった。

 歩きながら、俺は久しぶりに「外」の空気を味わっていた。

 この世界に来てから、ほとんど街の外に出たことがなかった。ゴルドに担ぎ込まれた森の記憶はあるが、あの時は余裕がなかった。

 今は違う。

 街道の両側に広がる草原。遠くに見える山の稜線。頭上を鳥が横切っていく。

(こんなに広い世界だったんだな)

 「満腹あひる屋」の厨房から、ずっと外を見ていた気がする。でも実際に外に出ると、知らない景色が広がっている。

 当たり前のことだが、なぜか少し胸が広がるような感覚があった。


 隣街まで、歩いて半日の道程だった。

 昼を過ぎた頃、俺は街道沿いの小さな休憩所に差し掛かった。

 木造の小屋が一軒。ベンチがいくつか。水を汲める井戸がある。

 ベンチに腰を下ろして、持ってきた携帯食を取り出した。

 カイルが「道中食べてください」と持たせてくれた、揚げ物を薄い麦のパンに挟んだものだ。

 一口食べると——旨かった。

 カイルの揚げ物は、最近ずいぶん上手くなっている。俺が教えたことを超えた、自分の「感覚」が出てきている。

(あいつは、ちゃんと育っている)

 そんなことを考えながら食べていると——

 休憩所の隅に、人影があることに気づいた。


 小屋の壁際のベンチに、少女が座っていた。

 年の頃は、十二、三歳くらいだろうか。

 暗い色の外套を着て、膝に小さな荷物を抱えている。俯いていて、顔が見えない。

 一人だった。

 周囲に保護者らしい人間はいない。

 俺は少し気になって、声をかけた。

「一人ですか」

 少女は顔を上げた。

 目が合った。

 俺は、思わず息を止めた。


 少女の目は、銀色だった。

 正確には、灰色がかった薄い銀——普通の人間の目の色ではない。

 それだけで十分に目を引いたが、その目に浮かんでいるものが——俺には引っかかった。

 怖れではなく、警戒でもなく、ただ静かに、こちらを観察している目だった。

 子供の目ではない。

 でも、確かに子供だ。

「……一人です」

 少女は静かに答えた。声も、落ち着いていた。

「どこに行くんですか」

「……特に、決まっていません」

「迷子?」

「違います」

「じゃあ、旅?」

 少女は少し考えてから、答えた。

「……逃げているのかもしれません」


 俺は少し迷ってから、携帯食を一つ、少女の前に差し出した。

「食べますか。カイルが作った揚げ物のサンドです。旨いですよ」

 少女はじっとそれを見た。

「……受け取っていいんですか」

「どうぞ。余分に持ってきたので」

 少女はゆっくりと手を伸ばして、受け取った。

 一口食べた。

 その瞬間——銀色の目が、わずかに丸くなった。

「……美味しい」

「でしょう。うちの店の子が作りました」

「お店、をやっているんですか」

「はい。少し離れた街で、食堂をやっています」

 少女はもう一口食べた。

 しばらく、無言で食べていた。

 それから、静かに言った。

「……ずっと、何も食べていませんでした」

「どのくらいですか」

「二日ほど」

 俺は少し眉をひそめた。

「二日間、何も食べずに歩いていたんですか」

「お金がないので」

「どこから来たんですか」

「……遠いところです」

 俺は思わず笑った。

「俺もよく、そう答えます」

 少女は少し驚いたような顔をした。

「同じ答えを使う人がいるんですね」

「上手く説明できない場合は、そう言うしかないんです」

「……そうかもしれません」


 少女は食べ終えてから、じっと俺を見た。

「あなたは、何者ですか」

「料理人です。今は食堂を任されています」

「なぜ、街道を一人で歩いているんですか」

「依頼があって、隣街に向かっています」

「……親切な人ですか」

「普通の人だと思います」

「普通の人は、知らない子供に食べ物を渡しませんよ」

「腹を空かせている人間に飯を出さない理由がないので」

 少女はしばらく俺を見た。

 その銀色の目が、何かを測るように動いた。

「……信用していいんですか」

「信用するかどうかは、あなたが決めることです。俺は料理人なので、食べ物を渡すことしかできません」

 少女は少し黙ってから、立ち上がった。

「ありがとうございました」

 荷物を背負って、歩き出そうとした。

 俺は思わず声をかけた。

「行くところは、ありますか」

 少女の背中が、止まった。

 振り返らずに答えた。

「……ありません」

「じゃあ——隣街まで、一緒に来ませんか。俺の用事が終わったら、うちの店を案内します」

「なぜですか」

「二日間何も食べていない子供を、一人で行かせたくないからです。それだけです」

 少女はゆっくりと振り返った。

 銀色の目で、俺をじっと見た。

 長い沈黙の後——

「……わかりました」

 少女は短く答えた。


 並んで歩き始めて、しばらくして、俺は聞いた。

「名前は?」

「……エルナです」

「俺はトウヤです。よろしく、エルナ」

 エルナは少し間を置いてから、「よろしくお願いします」と言った。

 敬語だった。子供らしくない、きちんとした敬語だ。

「どんな場所から逃げてきたんですか。話したくなければ、聞きません」

「……いつか、話せるかもしれません。今は、まだ」

「わかりました」

 それ以上は聞かなかった。

 二人で、街道を歩いた。

 午後の日差しが、草原を橙色に染め始めていた。


 しばらく歩いていると、エルナがぽつりと言った。

「あの食べ物、本当に美味しかったです」

「カイルに伝えておきます。喜びます」

「カイルというのは、お店の人ですか」

「一緒に働いている人です。最初は冒険者だったんですが、いつの間にか料理人になっていました」

「……冒険者が、料理人に?」

「この店にはそういう人が多いです。吟遊詩人が従業員になったり、闇商人が常連になったり、衛兵隊長が毎朝麺を食べに来たり」

 エルナは少し目を丸くした。

「賑やかな店ですね」

「賑やかです。でも、居心地はいいですよ」

 エルナは少し考えてから、言った。

「……そういう場所を、見たことがありません」

「どんな場所にいたんですか」

 エルナは少し黙った。

「……静かな場所にいました。いつも」

「それは——」

「窮屈でした」

 一言だけ、そう言った。


 街道の先に、隣街の輪郭が見え始めた頃。

 エルナが唐突に立ち止まった。

「……トウヤさん」

「はい」

「私は——少し、普通と違います」

「どういうことですか」

「目の色だけじゃなくて——普通の人にはない、何かがあります」

 俺は少し考えた。

「魔法、ですか」

「魔法とは違います。でも……人が嫌がるものです。だから、逃げてきました」

 エルナは銀色の目で俺を見た。

「それでも、一緒に歩いてもらえますか」

 俺は少し間を置いた。

 そして、歩き始めた。

「腹が空いている時に美味しいものを食べさせてくれた人に、それ以上のことは聞きません。続きましょう」

 エルナはしばらく俺の背中を見た。

 それから、小走りで追いついた。

「……ありがとうございます」

「どういたしまして」


 二人で歩きながら、俺は頭の中で考えていた。

 この子は何者か。何から逃げているのか。銀色の目と、「普通にはない何か」とは何か。

 わからないことだらけだ。

 でも——腹を空かせた子供を助けたことは、間違っていない。それだけは確かだ。

(この世界に来て最初の日、俺もゴルドに「腹が減っているのか」と助けてもらった)

 あの時のゴルドの行動を、今日俺はしただけだ。

 巡り巡って、同じことが繰り返される。

 それが——この世界の食堂の縁というものかもしれない。


 隣街の門が見えてきた。

 エルナが隣を歩きながら、静かに言った。

「トウヤさんのお店、いつか見てみたいです」

「いつでも来てください」

「……本当に?」

「本当に。うちの店は、誰でも来られる場所です。腹が空いていれば、それだけで十分です」

 エルナは少し黙って、それから——小さく笑った。

 それが、この子が初めて見せた笑顔だった。

 銀色の目が、夕日を受けて、少し金色に光った。

 俺はそれを見て、なんとなく思った。

(この出会いは、ただの偶然じゃないかもしれない)

 前世でも異世界でも、俺の人生に関わる人間は、いつも飯の縁で繋がってきた。

 この子もきっと——そうなのだろう。


 隣街の門をくぐりながら、俺は「満腹あひる屋」のことを思った。

 今頃、カイルとマリアとシグが回しているはずだ。

 ゼノフさんは王都に向かっている。

 グレイは今夜も卵焼きを食べに来るだろう。

 ゴルドはどんぶりを食べながら、誰かに武勇伝を話しているだろう。

 エレナさんは本を開きながら、デザートを食べているだろう。

 今日も、アヒルの看板が揺れている。

 その場所に——いつか、この子も来るかもしれない。

次回もお楽しみに

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ