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商隊ム!―不本意な転移JKの命懸け魔石紀行―  作者:
ヴィヴァーロの試練
9/14

洗礼(3)

「薬草、確かに受け取った。お代は明日支払う。それまではヴィヴァーロで好きにすればいい。次は何処に行くつもりだ」

「王都、ビュート。そこでヴィヴァーロ産の野菜を捌く予定だ。だからここには一週間くらいいるかな。色々仕入れなきゃいけない」

「あそこはかなり変わったからな。気を付けろよ……。で、生意気な転移者はどうするんだ」

「私もどうしようか迷っている。信じられないかもしれないが、こいつは死にかけていた所を拾ったんだ。それに驚くなよ? こいつは旅の道中で、私たちの言うことに素直に従ったんだ。縋ってきたのは最初の命乞いだけ」

「なんだそれは。黒髪の転移者が、命乞いしかできないだって?」

「私も驚いたよ。でも、『普通の』転移者だったら、ここに着くまでに私たちの命は無かっただろうな。スラヴィアはどうかな? 生き残ったかもしれん」


 池を凍らせようとして使用人に止められるスラヴィア。それを横目に、シュパーブは豪快に笑うと、夢の方を一瞥した。だが、その余裕はヴァーソの逆鱗に触れた。苛立ちを隠さず、シュパーブに詰め寄る。


「そんなことを言っていると足元をすくわれるぞ。それに、コマがどういう目に遭ったのか分かっているのか? あいつは……」

「お父様!」


 透き通った、それでいて父親譲りの張りのある声が響いた。青い髪をポニーテールに束ね、名家の娘とは思えないほど質素な服装。それでも育ちの良さを感じさせる立ち居振る舞い。ヴァーソの娘、コマは何事かと父の元へと駆け寄ってきた。


「いつ見てもきれいだ……」

「兄貴、鼻の下が伸びてるぞ。そんな顔したらヴァーソさんに殺されるって」

「おお、コマじゃないか。元気だったか」

「はい。お陰様で、お父様と一緒になんとかやっております。カミックさん、カロックさんも、元気そうで良かったです。また旅のお土産話を聞かせて下さいませ」

「あ、コマだ! スーのこと覚えてる?」

「もちろん、覚えていますよ」


 再会を喜ぶ裏で、空になった麻袋を握り締める夢。楽しげな雑談が、『失せろ』と言っているように感じたが、「全員でお出迎えする」という言いつけが、全身に重りのようにのしかかっている。全身が寒く感じるのは、決して裸足のせいだけではなかった。


「コマ、今日は仕事だったのか?」

「はい。孤児院で遊び相手をしていました。なかなか言うことを聞いてくれなくて……」

「そうかそうか。大変だな」

「はい。とっても……」


 穏やかに言葉を交わすコマだったが、ふいに口が止まった。彼女の目線には、石像のように硬直している夢がいたのだ。ヴァーソが血相を変えてコマの視界を塞ぐが、遅かった。恐怖に染まったコマは、喘ぐように、喉から声を絞り出す。


「転移、者……? なんで……?」

「落ち着いて。息を大きく吸うんだ。さあ」

「また、あんなこと、されるの……?」

「いいや、そんなことはないぞ!」


 付き人にコマを避難させるヴァーソ。直後、シュパーブの胸倉を掴んだ。急変した状況に、カロックが腰のナイフに手を伸ばそうとする。


「やめろ、カロック」

「姐さん!」

「貴様! 今日はコマの誕生日なんだぞ! 日常を壊すのもいい加減にしろ!」

「ああ悪かった。でも、これは良い機会かもしれないぞ?」

「何処がだ!」

「偏見を無くすのさ。ヴァーソ。お前だって、本当は参ってるんだろう。コマが転移者のせいで、引きこもりがちになったこと」

「今は俺の息がかかった場所で働かせている。社会復帰ももうすぐさ」

「お前の跡を継がせるには、コマはまだ幼な過ぎる。それこそ、転移者の相手もしなきゃいけない時もあるんだ。それなのに、いつまでも甘やかしてどうする」


 シュパーブが敢えて挑発する言葉を選ぶが、ヴァーソは奥歯を嚙み締め、拳を震わすことしかできなかった。彼女がケラケラと声をあげて笑う。掴んだ手は離れていなかったが、主導権は彼女へと移っていた。


「どうだ、取引をしようじゃないか。こいつを三日間、コマの元に置くんだ」

「……耄碌するには早すぎるぞシュパーブ。何を考えているんだ!」

「三日経って、コマがこいつに抱く印象が変わったら、お前もこいつを人間として扱うことだ。私も商人だ。目利きには自信がある。それに、さっきも言っただろう。転移者の癖に、我々に害を与えなかったって。なぁ? カミック」


 突然、話を振られたカミック。彼は眉間に皺を寄せ、夢を一瞥すると、シュパーブに向き直った。


「……悔しいけど、事実です。言われたことは最低限やっていましたし」


 カミックの言葉を聞いて、ヴァーソは乱暴に胸倉を離す。大きくため息をつくと、シュパーブを睨みつけた。その眼光は、双子すら気圧されてしまうほどだった。


「……三日だけだ。もしその間に、コマの評価が変わらないようなら、即座に投獄する。お前たちも詐欺の罪で同じく、牢屋行きにしてやる」

「えっ? 俺たちもですか?」

「当たり前だ。もう何も言うことはない。明日の早朝、この転移者を門の前に寄越せ。話はそれからだ」


 ヴァーソは踵を返して、商会の中へと姿を消した。張り詰めた空気が少しだけ緩むが、双子の顔面は蒼白なままだった。


「なんで俺たちまで道連れなんだよ! おかしいだろ!」

「ユメ、そういうことだ。くれぐれも怒らせるなよ」

「……分かっています」


 夢は袖で乱暴に涙を拭いて、枯れた声で応えた。瞳は光を失っていたが、奥底には自尊心を粉々に破壊された者にしか分からない、ぎらついた感情が芽生え始めていた。


 帰りたいと弱々しく怯える彼女は、もういなかった。


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