尾行(1)
「うわああああああ!」
夢が湖底へと落ちていく。「大丈夫ですよ~」とファビアが笑いかけながら一緒に落ちるが、今の夢には恐怖心しかなかった。数秒間、垂直落下をすると、淡い青色の光を放った地面が見える。このままでは死ぬ……! ぎゅっと目を瞑る夢だったが、身体が浮き上がる感覚になる。
「え……?」
ゆっくりと目を開けると、ファビアが手を繋いでおり、魔法のベールに包まれながらふわふわと浮かんでいた。拍子抜けした表情で着地すると、直後にパリセードに手を握られたシュパーブが落ちてくる。「よっと」と慣れた感じで着地すると、泣きそうな目になった夢を一瞥する。
「少々手荒に感じたかもしれないが、これが彼らのやり方だ」
「……そうですか。それにしても、凄く幻想的ですね」
「お前にはそう見えるか。私はもうすっかり見慣れてしまったよ」
淡い青色のもやのような光が足元を照らす。パリセードが二人を案内し、ソファーに座らせる。暖房がないので少し寒かったが、まだ我慢できるレベルだった。飲み物を出されると、夢は先ほど叫んで張り付いた喉を潤すかのように、一気に飲み干す。氷水のような冷たさが、眠気を飛ばした。
「改めて、スラヴィアをありがとうございます、シュパーブさん」
「この子には何度も助けられています。お礼を言いたいのはこっちですよ」
「毎年、そう仰られていますね。親として誇らしいです」
パリセードとファビアは満足気に笑っている。「どうぞ」と、クッキーのようなお菓子を差し出されると、夢は恐る恐る口に含んだ。口の中で、紅茶のような瑞々しい味が広がる。
「美味しい……」
「でしょう? 亭主の仲間が紅茶の店を営んでいてね。売り物にならない茶葉を貰ってくるんですよ。勿体ないから、こうやってお菓子に混ぜたり、亭主と一緒に飲んだりしてるんです」
「え? お仲間が、商売してるんですか?」
「ああ。私たちも普段は人間と一緒に働いているんだ」
幻想的な空間と、生活臭溢れる今の話題に、夢の脳はパンクしそうになっていた。スラヴィアが夢の目を掠めてクッキーを取ると、美味しそうに咀嚼する。そんな二人を尻目に、シュパーブが上機嫌に話す。
「そうだったな。私もよく、精霊から物を仕入れる。特に布生地は高く売れるんだ」
「特別な『細工』を施していますからね。お高く売れているようで良かった」
「ああ。こっちとしても助かっている。ところで、ビュートでお前たちの仲間に会ってきたんだ」
シュパーブの表情が急に険しくなると、パリセードが何かを察したかのように身を乗り出した。
「仲間、とは?」
「アトラ・グン。精霊と人間の相の子だ」
「ああ! 毎年里帰りしてくれるよ。で、その子がどうかしたのか」
その言葉を聞いたシュパーブが、懐からメモを取り出した。アトラから渡された、セレリオの似顔絵だった。まじまじと見つめる二人に、彼女が説明を始める。
「セレリオ・グン。アトラの一人娘だ。知ってるか」
「……里帰りの時にたまに見かけましたね。私も何度かお話したことがあります」
「その子が、どうかしたんですか」
「パリセード。実はこの子が、半年前からここで姿を消したと言うんだ。アトラからの情報だ。間違いない」
二人は顔を合わせた。この二人でもダメか……。シュパーブの表情が曇るが、ファビアの視線はメモから離れない。
「うーん……。我々精霊はお互いの気配が分かるんですけど、この子はちょっと分からないですね」
「人間の血が結構混ざっているからな。遠い場所だと、流石の我々も分からない。申し訳ない」
「いや、良いんだ。こちらこそ無理を言って申し訳ない」
「微力ですが、明日から我々の仲間にも伝えましょうか? 誰か見つけるかもしれない」
パリセードの提案に、シュパーブは深く頭を下げた。夢も少し遅れて、「ありがとうございます!」とお礼を言う。そしてシュパーブは席を立つ。
「宿に帰るぞ。パリセード、ここには一週間滞在する予定だ」
「分かった。セレリオの情報、なんとしても掴まねばな」
「ありがとう。ファビア、地上に連れて行ってくれ」
「喜んで。ほらスラヴィア、もう行きますよ」
パリセードに大きく手を振って別れるスラヴィアの手を掴んで、ファビアが指を鳴らす。青いもやが四人を包むと、一瞬にして消えてしまった。パリセードの手には、セレリオの似顔絵が描かれたメモが握られていた。
「アトラ。俺は今なら、お前の気持ちが分かるかもしれない」
娘を誘拐されたアトラの気持ちが、彼の心を突き動かした。




