精霊(2)
馬車の中では、カミックがテンション高めに夢に絡んでいた。
「なあ夢。久しぶりに宿屋に泊まれるぞ! あ、お前は初めてだったか」
「そうですね……。この世界の宿屋がどんなものなのか、私には分かりませんけど」
「モンテロのバーがあっただろ? あれと同じようなものだ」
シュパーブが金勘定を終え、一息つく。麻袋は、久しぶりにずっしりとした重みがあった。ビュートでは得られなかった銀貨や金貨が、この中に詰まっている。それを考えただけで、シュパーブの表情が崩れた。
一方で、夢とスラヴィアは浮かない顔をしている。
「あの、シュパーブさん。ウキウキしているところ大変申し訳ございませんが、聞いても良いですか?」
「お前は分からないことが多過ぎる。何でも聞け」
「あの託児所、ヴァーソさんのところよりずっと綺麗だったんですけど、こんなもんですか? 外観はちょっと汚かったのに」
「そこは私も疑問だった。魔法でなんとかしたものだと思ったが」
スラヴィアがふるふると首を横に振っていたが、シュパーブは気づいていない。そして、再び夢がおずおずと手を挙げる。
「もう一つ疑問なんですけど、あそこ、女の子しかいなかったんです。それって普通なんですか?」
一瞬だけ考えるシュパーブだったが、直後に腕を組んで頷く。
「ああ。何も珍しいことじゃない。タバスカンは元々そこまで裕福な土地じゃないから、男女問わず働き手として育てられることが多い」
「そうなんですか……」
「男は建築や憲兵、女は厨房や召使いが多いな。ヴィヴァーロやビュートで店を営むこともある。だから、託児所や孤児院は、将来の為に子どもを育てるんだ」
厳しい現状を突き付けられたと同時に、いかに自分が恵まれていたかを、夢は思い知らされた。あのバカ犬を助けた時、模擬試験の点数で悩んでいた。先生が言った『一喜一憂するなよ』という意味が、ようやく分かった気がした。
しかし、感傷に浸る間もなく、夢は次々と疑問を投げかけていく。
「託児所って、どれくらいの年齢が対象なんですか?」
「うーん……、いって十五じゃないか? カミック、分かるか?」
「俺たちは戦争でいきなり孤児になったから、こういうところ入ったことないんですよ」
「そうか。ユメ、それがどうかしたのか」
「だって、私が着れるような大きさの服もあったんですよ? 私、ちんちくりんですけど、なんか納得いかなくて」
その言葉に、シュパーブはハッとした。子ども服と言うにはいささか大きいサイズが、何着かあった。それは誰が着るのか。あの男には小さすぎる。だからといって、先ほど群がってきた子どもたちには大きすぎる。すると、カミックが「あ!」と叫んだ。
「女の子たちが、服、漁ってましたよね?」
「そうだな」
「二人くらい、ユメと同じくらいの女の子、いたような気がします」
「そうなんです! なんか、それがちょっと怖くて」
「……ユメがそう言うなら、ちょっとだけ警戒する必要がありそうだな」
宿屋に到着した一行は、金貨一枚を支払うと、男女で部屋を別れた。双子が疲れを癒すべく、ベッドで眠る。すると、スラヴィアが外に出た。異変に気づいた夢とシュパーブが、彼女を追いかける。宿屋の周辺はすっかり静まり返っており、隣接する飲み屋からほのかな灯りが漏れているくらいだった。スラヴィアに追いついた夢が、彼女の肩を掴む。
「もう暗いよ? 一緒にいよう?」
「ユメ、スーをこどもあつかいするな。スー、これからおとうさんとおかあさんのところにいくの」
「ここから近いの?」
「うん。ちょっとあるくけど」
「ついてこい」と、自信満々に胸を張るスラヴィアについていく夢とシュパーブ。「ここはあいつに任せよう」と半ば諦めたようについていくシュパーブと、真っ白な溜め息を吐く夢。三人が十数分歩くと、タバスカン屈指の観光地が見えてきた。
湖と思われる場所だったが、一面氷漬けになっており、魔法でオーロラが作られていた。幻想的な光景に、夢の足が止まる。スラヴィアは湖面に立つと、まだ歩き続けた。
「ユメ、ついてこい。もう少しでスラヴィアのご両親に会えるぞ」
「あ、はい。分かりました!」
恐る恐る湖面に足をつける夢だったが、アスファルトのように強固だった。ザクザクとゆっくり進んでいく三人。オーロラが夢を包むが、その度に頭がボーっとする感覚に襲われる。時折、シュパーブが介抱していた。
「夢にはちょっとだけ、刺激が強かったかもしれない。魔法適性がないと、オーロラに負けて気絶してしまう奴もいるらしい」
「でも、なんでシュパーブさんは、平気なんですか……」
「スラヴィアを保護してから、毎年会いに行ってるからだよ。流石にもう慣れた」
「どれくらい、スラヴィアさんとはお付き合いを?」
「ざっと三年かな」
ランランと歩くスラヴィアと、夢を背負いながら歩くシュパーブ。歩みを進めるにつれて、夢の視界が歪んでいく。彼女の息が荒くなっているが、スラヴィアの両親に会うまでは気絶できない。もはや気力だけで、目を開けていた。
氷を踏み締める音だけが、夢の意識を保つ数少ない手段になっていた。必死に前を歩くスラヴィアを目で追う。すると、彼女がいきなり立ち止まった。
「ここ!」
「え……? ここ?」
「うん! 今からよぶ! おとうさーん! おかあさーん! スーがきたよ!」
無邪気に叫ぶスラヴィアに呼応するかのように、三人の周りにあるオーロラが霧散した。と思えば、それがスラヴィアの隣に集約していく。二人の人の形になり、真っ白に点滅した。
「うわっ……!」
「これだけは、何年経っても慣れんな……」
点滅する光に目を伏せるシュパーブだったが、肩の重さが抜けた。夢が彼女の背中からするりと降りて、自分で立っていたのだ。
「大丈夫なのか?」
「なんか、急に力が戻ってきて……」
自分でも戸惑っていたが、点滅が弱まっていく。そして、また暗闇に戻った。周囲のオーロラはなくなり、代わりに一組の夫婦が立っていた。彼らはスラヴィアに寄り添い、精一杯身体を寄せている。
「ただいま!」
「おかえり、スラヴィア。元気だったか?」
「まあ、シュパーブさん! と、貴女は?」
スラヴィアの母親が、夢を見るなり小首を傾げる。その圧倒的なオーラに、夢はたじろいでしまう。そんな彼女の代わりに、シュパーブが応対した。
「こいつはユメ・サクラ。転移者だ」
「まぁ、転移者。でも、凄くぐったりしてましたよ? 普通の転移者なら魔力でどうにかするはずですが?」
「あ、あの……。私、魔法を全く使えないんです」
「あらそうなの! それはごめんなさい」
軽く頭を下げると、父親がスラヴィアを連れてくる。
「こらファビア。お客様が来たんだから名乗らないと。申し訳ない。私はパリセード。サクラさん、スラヴィアが迷惑かけてないか?」
「こんな私にも、分け隔てなく接してくれています。元気を分けて貰っています」
「そうだったか。あの子はいたずら好きだから、サクラさんにもしていないかって思って」
「寧ろ、ビュートでは命を助けて貰いましたよ。スラヴィアがいなかったらどうなっていたか……」
深々と頭を下げる夢に、パリセードが感心する。彼の隣では、スラヴィアが「えっへん!」と言わんばかりに胸を張っていた。
「おとうさん、あのね! ビュートでおうじょさまをたすけたんだよ! ビュート、すごくくさかったの!」
「臭かった……。一体何があったんですか、シュパーブさん」
「色々あったんですよ。スラヴィアなしでは、成しえなかった。感謝しても足りないですね」
「そうでしたか。それにしても、今年もよくいらしましたね。立ち話もなんなので、こちらにどうぞ」
パリセードが指を鳴らすと、湖の中央にぽっかりと穴が空いた。夢が恐る恐る中を覗く。湖があったところに、何処に続くか分からない空洞ができたのだ。手を入れても、冷たい水の感触はない。唖然としている彼女だったが、スラヴィアがいの一番に入っていった。
「ちょっと、スラヴィア?」
「大丈夫ですよ。さ、サクラさんも入って」
ファビアが夢の手を握り、穴に入る。「うわああああ!」と悲鳴をあげて、夢は湖底へと消えていった。




