精霊(1)
雪の都、タバスカン。最高気温が氷点下になることも珍しくないこの土地に、シュパーブ一行が到着した。事前に厚着をして対策をしていたが、馬車が圧雪をザクザクと踏み締める音が寒さを増幅させる。夢はコマから貰ったジュストコールを羽織っていたが、寒さにかじかんでいる。
「ス、スラヴィア、ここが故郷なの?」
「うん! スー、ここでうまれた。おかあさんとおとうさんに会える!」
「衣類を卸したら、必ず立ち寄るんだよ」
「なんでみんなこんな寒いのに、平気なんですか……」
夢が身を丸めながら、馬車から降りる。スラヴィアはシュパーブに頭を撫でられながら、両親に会うのを楽しみにしていた。夢はかじかんだ手で、荷物を下ろそうとする。カミックとカロックは、衣類の入った木箱を小気味よく運んでいくが、夢は寒さでうまく身体が動かない。
「すみません、ちょっと身体が……」
「焦らなくて良いぞ。私に合わせるんだ」
木箱自体はあまり重たくはなかったが、木箱のささくれが手に刺さって痛い。卸売業者が、黒髪の転移者を心配しながら見つめている。
「お嬢ちゃん、大丈夫か? 転移者なんだろ? 魔法とか使って楽しないのか」
「使えないんですぅ……、いってぇ!」
「頑張れ。ここに卸す分はあと二箱だ」
シュパーブが励ます。次の木箱を運ぶべく問屋から出ると、雪がちらつき始めた。急いで終わらせなければ、凍え死んでしまう。夢は大急ぎで木箱に手をかけ、シュパーブと一緒に持ち上げる。何度かやって、持ち方を掴んだ彼女は、痛みに顔を歪めながら運び出していく。
「はぁ、はぁ……。シュパーブさん、荷下ろしって、こんなに、大変なんですね!」
「久しぶりの『本業』だからな。よし、終わった!」
問屋に卸す分の古着を運ぶと、シュパーブは賃金を得る。旧貨幣のずっしりとした重みを肌で感じながら、業者とがっちり握手を交わした。
「ビュートは大変だったんだって?」
「ああ。お陰で、改めて金の有難みが分かったよ」
業者にお辞儀をし、馬車に乗る夢。御者台のカミックは白い息を吐いて、次の目的地へと馬を進めた。馬車の中は、あと一つの木箱が鎮座しており、シュパーブたちが身を寄せ合って座っている。
「この木箱も、古着ですか?」
「ああ。姐さんによると、これを託児所に運ぶらしい」
「託児所? 私とコマさんが働いていたような場所ですか?」
「まぁそんなとこだ。姐さん、その託児所ってのは何処にあるんですか?」
「カミックに場所は教えた。もう少しで着くはずだ」
馬の蹄が雪を踏みしめる音が、車内に響く。ささくれを慎重に取りながら、託児所に着くのを待っている夢。しもやけになりかけている手からささくれをむしるのは、顔が歪むのには十分な理由だった。「いってぇ!」と悶絶している彼女を、カロックが笑いながら見ている。
「積み下ろししただけでこれか。まあ仕方ないか。こんなに寒いからな」
「カロックさんは、どうして平気なんですか!」
「お前とは場数が違うんだよ。ユメ。これがシュパーブ商隊だ。ですよね? 姐さん」
「そのうち慣れるさ。尤も、慣れない方がお前にとっても良いだろう」
シュパーブが何処か遠くを見つめながら、溜め息を吐く。すると、馬車の動きが緩やかになった。いち早く察したシュパーブが外を覗くと、薄暗い中で煌々と灯りがついている建物を見つけた。その近くで停車すると、配達先のメモを確認する。
看板には、『スバル託児所』とあった。「ここか」とシュパーブが馬車から降りると、早速カミックと一緒に積み荷を降ろす。手が空いていた夢がドアをノックすると、一人の冴えない中年男性が開けてくれた。
「どうも、業者さん。あがって」
「お邪魔します……、いった!」
気前よく出入り口から入ろうとしたカミックだったが、外と中の境目に足を踏み入れた瞬間、激痛でうずくまってしまった。慌てて夢が積み荷を支えると、男が苦笑を浮かべる。
「ああ、済まない。防犯として魔法を張っていたんだ。今解除するから、ちょっと待ってて」
男が指パッチンをすると、灯りが少し落ち着く。うずくまっていたカミックが恐る恐る手を伸ばすが、今度は先ほどのような激痛は起きなかった。「どうなってんだ……?」と困惑しきりだったが、全員で託児所に入ろうとする。ただ、唯一スラヴィアだけが入りたがらなかった。
「スー、ばしゃにいる」
「どうして。私たちはしばらく戻らんぞ」
「いいから。スー、もどってる!」
シュパーブの言葉を聞き入れず、逃げるように馬車に滑り込むスラヴィアに、男は笑っていた。「では、こちらへ」と案内すると、夢は周囲を見回した。
託児所と言う割には、部屋が片付いている。そこまで年季が経っていないのだろうか。そしてすれ違う児童に挨拶される。「こんばんは!」と明るい笑顔だった。夢とシュパーブが運んでいる古着の箱に、興味深く集まってくる。
「これ何?」
「私が発注したんだ。これから寒さが厳しくなるからね」
男に指定された場所に木箱を置いて、開封する。子ども服が数着に、夢と同じくらいの大きさの上着が何着かあった。児童たちが思い思いに手を取り、はしゃぎながら試着していく。その様子を、男は満足気に眺めていた。シュパーブが然るべき代金を受け取ると、皆で見送ってくれた。
「また、頼みますよ」
一礼して託児所から去るシュパーブたちだったが、夢だけは笑うことができなかった。色々言いたいことはあったが、ここで言うには危険すぎる。一行はそのまま馬車に乗り込み、今度はカロックが御者台に乗ると、宿泊するためのホテルに向けて馬を走らせた。
「……黒髪の転移者か」
児童たちを部屋に帰した男が、値踏みするように夢のことを思い出していた。




