Intermission -アザレア-
安斉 玲亜は、牢獄に囚われていた。あのパレードから一夜明け、彼女は裁判所からの判決を、膝をかかえながら待っていた。
一年前、あの妖精に囁かれた、「現実世界で上手くいかないなら、向こうの世界に行きましょう!」という言葉。半信半疑だったが、『魅了』と『隷属』のスキルを付与されてからは、本当に選り取り見取りだった。悪役令嬢アザレアとして、数多の権力者を虜にしてきた。そうして流れ着いた末に、タイロン家に出会った。
「私、本日よりタイロン家の政策顧問を務めさせて頂きます、アザレアと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
悪役令嬢もののラノベを読んでいたから、作法などは分かっていた。常に隷属のスキルを発動することで、周りを懐柔していく。コネ作りの為の外遊でも、惜しみなくスキルを使った。するとどうだろう。政敵であるアクロス家の地盤が揺らぎ始めたのだ。しかし、彼女はこれだけでは終わらなかった。
「新貨幣を作りましょう」
タイロン家の地盤が強固になり始めた時、そう提案した。
「偽物の貨幣が出回っていると聞きます。ここは一度、貨幣を新しくして、偽貨幣を駆逐しようではありませんか!」
しかし、アクロス家はそれに反対していた。特に外務大臣秘書のフロー・アクロスは頑固だった。「いきなりこんなことをしてしまうと、ビュートの信頼が揺らぎます! 少しずつ、民に周知してから行うべきです!」と。しかし、アザレアはそれが気に食わなかった。
私に指図する奴は誰であろうと消す。権力を持ち始めて、彼女の心は大きくなっていた。
外務大臣会談で、隣国のイケメン外交官が来ると分かったアザレアは、早速一目見ようと、タイロン家の遣いとして見物に行く。「アクロス家が妙なことをしていたら知らせろ」という君主アマロックからの命令も頭の片隅に入れながら、外交官のレオーネの姿を目に焼き付けていた。
「あぁ、レオーネ様……」
一瞬で虜になった。長い赤髪を一つに束ね、現実世界でも通用するレベルの容姿を、嫌味なく見せている。この人をものにして、二人だけの世界を作り上げる。そう思った矢先だった。
会談の終わり、あのフローが、あろうことかレオーネと、手を握っていたのだ。
「……は?」
信じられなかった。仲睦まじい様子で、笑顔で立ち話までしている。歯が潰れるほど歯ぎしりをして、外へと飛び出す。そして、会議室の出入口前で待機していた新聞書きに囁いた。口元には、紫色の霧が立ち込めている。
「フロー・アクロスが、隣国の外交官であるレオーネに、笑いながら国家機密を吹き込んでいた。と、新聞に書きなさい」
新聞書きの眼のハイライトが消え、周囲に知らせる。全員が疑わず、全て信じ込む。アザレアはその夜、アマロックに報告をした。
「新聞書きに吹き込んだ? どうやって」
「私の力があれば、どうとでもなる」
「ああ、そうか。明日、憲兵を向かわせる。ありがとう」
アマロックのバカ親父も、私の話を信じている。これほど御しやすいとは思わなかった。アザレアの口元に、邪悪な笑みが浮かんだ。
翌朝、フローは無様にも、憲兵に捕縛されていた。屋敷から出てきた彼女の顔は、蒼白だった。出迎えるようにアザレアが出入り口に立っている。
「アザレア……!」
「レオーネ様は、あんたのものなんかじゃない。このメスブタ!」
「違う! 私は、外患誘致などしておらぬ!」
悲痛な叫びは、洗脳済みの憲兵には届いていなかった。馬車にぞんざいに乗せられ、ほどなくしてアザレアの視界から消えていった。少し遅れて、バレーノとエルティガも逮捕されたが、彼女の頭の中は、もう先を見据えていた。
しかし、今は冷たい牢獄の中だった。涙も枯れ、声も出ない。あの転移者にさえ会わなければ、今頃、私は……。いくら忘れようとしても、あのクソガキのドヤ顔が、瞼の裏に張り付いて離れない。すると、いつの間にか、復職したモンテロが毅然と立っていた。
「死刑の日程が決まった。二日後だ。明日、ビュート郊外の平原に移送し、明後日決行する」
「……」
「せいぜい罪を悔やむことだな、『王女様』」
嘲笑い、階段を降りる。反面、安斉は満更でもなさそうな顔になっていた。
「死刑、か……。悪役令嬢みたい」
ライトノベルで読んだ悪役令嬢は、大抵は正ヒロインに打ち負かされ、酷い目にあう。死刑になるのもいた。その中に、私は入ることになる。できればもう少し、贅沢して過ごしたかったが、あのまま日本にいる時よりはマシな死に方だ。結果はどうあれ、名は残せたのだから。深く頷きながら、死への恐怖を打ち消そうとしていた。
看守の人通りが少なくなった。もう夜か……。安斉の口から、欠伸が出る。眠たい。でも、生きていたい。ここで目を閉じたら、永遠に目が覚めないような気がした。すると、じゃらりという鍵束の音と共に、人影が現れる。看守というには小さい、ボロ布を被った女の子だった。
「お嬢ちゃん、どうやってここに入ってきたの?」
安斉が苦笑いを浮かべて、女の子を見る。表情は布のせいでよく見えないが、僅かに口角が上がったのは見えた。
「お初にお目にかかります。私、妖精の遣いです」
「妖精……?」
「貴女様に、『すきる』を渡したあの妖精ですよ」
「何の用なの」
「単刀直入に申し上げますと、『すきる』の復活に参りました」
スキルを復活させる? 安斉の目が、急に生気を帯びた。
「本当なの! 早くやってよ!」
「落ち着いてください。その代わり、相応の代償は必要ですよ?」
「なんでも払う!」
「……分かりました。貴女の血をください。『すきる』はいわば血肉も同然。多少頂くことで、より本来の『すきる』に近い能力を得られるそうです。妖精が言ってました」
つらつらと御託を並べる少女に、安斉は少し苛立ちを覚える。黙って腕を差し出すと、少女に頼み込んだ。
「死なない程度にお願い!」
「……せっかちな方ですね。それでは、目を瞑ってください」
指示に従う安斉。これでスキルが元に戻れば、先ずは看守を洗脳し、脱獄する。そして今度はアクロス家に潜り込んで、クーデターを起こすんだ。脳内の稚拙な妄想が、安斉の表情筋をほぐす。
「では、いきますよ。少し痛いですからね」
少女の言葉に、安斉が首を縦に振る。しかし、痛みは腕ではなく、腹にきた。顔をしかめ、目を開けると、蛇のような生物が、内臓を食い破ろうとしていたのだ。
「え……?」
安斉が大声をあげる前に、少女の頭に生えている蛇たちが、捕食しにかかる。首、心臓、鼠径部、そして腹。血が溜まっている部分に好んでかぶりつくそれらを、少女は満面の笑みで見つめていた。
「まだ、足りない」
毛髪の一部が残った牢獄をあとにして、少女は呟いた。




