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縁故(3)

 民衆が落ち着きを取り戻したのは、辺りが真っ暗になってからだった。配給の馬車が帰路につくのを見送りながら、シュパーブがベンチに腰を下ろす。夢は二つ目の涙魔石を大事そうに抱えており、シュパーブの面前で頭を下げた。


「どうした、またお前の悪い癖が出るのか?」

「あの……、壇上で、『シュパーブさんたちにはまだ信用されていないかもしれない』って言ってしまいました。勝手に疑ってしまい、すみませんでした」

「なんだ、そんなことか。私は気にしていないよ。寧ろ転移者の癖にやけに勤勉だから、そういう意味では不安になるね」

 炊き出しの手伝いをしているモッカを眺めながら、疲れた表情で座っていた。すると、カミックとカロックが駆け寄ってくる。

「姐さん! 朗報! 古着が調達できた!」

「貨幣にされたと思ったが、まだ残っていたか! でかしたぞ」

「フロー様のご厚意で、金貨1枚で良いとも言ってます!」

 それを聞いたシュパーブは生気を取り戻し、ヴァーソから貰った小遣いを握り締め、アクロス家の邸宅へと馬車を走らせた。

 中に入ると、バレーノ、エルティガ、そしてフローが迎えてくれた。男二人は救出されたばかりで、肌が色白く、瘦せこけていた。それでも毅然と振る舞うが、スラヴィアの口が思わずへの字になる。


「こちらは精霊だったか。申し訳ない。臭いだろう」

「まだ、あのにおい、のこってる……」

「無茶言うなスラヴィア。このお二方、救出されたばかりなんだから」

「カロック……。分かった。スー、がまんする。おねえさんだから!」


 その言葉に、バレーノから笑みが零れた。フローが従者に指示し、使い古された衣類を運ばせる。馬車いっぱいに積まれたそれは、捨てるにはとても惜しいものばかりだった。


「これ捨てるのかよ! 勿体ねえ……」

「兄貴、これも少し補修すれば使えるぞ! 高く売れるぞ!」

「スー、これほしい!」


 双子が売れそうな古着を選別している間、フローが夢を呼び出す。バーにいた時は庶民な感じが出ていたが、ドレスに身を包んだ彼女を間近で見て、言葉を失った。口を半開きにしてオーラに圧倒されていると、フローが口を開く。


「ユメ殿、この度は、本当にありがとう」

「ありがとうございます。お礼なら、私以外にもお願いします。皆の助けがなかったら、フロー様を救えませんでしたから」

「そうだったか。では、皆の者、こちらへ」


 シュパーブ一行、モンテロ、アトラ、遅れてやってきたモッカが緊張した面持ちで並ぶ。アクロス家の三人が、深々と一礼した。モンテロは反射的に最敬礼してしまうと、場内から笑いが漏れた。


 翌日、シュパーブが朝刊を手に取ると、フローが壇上で演説している姿がでかでかと映っていた。『フロー・アクロス、冤罪だった!』という見出しを見て、彼女が苦笑する。記事には、今後はアクロス家がビュートの政を行うこと、フローが財務大臣に就任し、援助を求めるため全国を行脚することが書かれていた。


「フロー様は働き者だな」

「そうですね。私も見習わなきゃです」

「お前はよくやってるよ、ユメ」


 カミックとカロックが、夢の頭を撫でる。無骨な掌が少し痛く感じたが、初めて認められた気分になって、嬉しくなっていた。すると、スラヴィアが後ろから抱き着く。


「ひゃっ!?」

「ユメ、スーのこと、こうやってして、たすけたんだよね?」

「あー、うん。そうだよ。あの後酷いことになったけど……」

「たすけてほしかったら、いつでもこうしてやる。スー、おねえちゃんだからな!」


 心強い一言に、夢の胸は熱くなった。それも束の間、「よし、仕事するぞ!」とカミックが号令をかけ、大量の古着を畳む。その中には、モッカの姿もいた。


「あれ? モッカさん?」

「おはようございます。朝の炊き出しが終わったので、手伝いに来ました!」

「ありがとうございます! 助かります! ……というかモッカさん、別の目的、ありますよね?」


 夢がにやけながら、カミックの方を見つめる。先ほどまで饒舌だったモッカが黙り込んだのが答えだった。顔から蒸気が出る勢いで紅潮していた。「ほら、畳みましょう?」と、半笑いでモッカに促す。


「モッカ、助かる。畳むのほんと丁寧だな」

「あ、ありがとう、ございます……」

「おいおい、ここはもう監獄の中じゃないんだから、ため口で良いんだぞ?」

「兄貴……。俺もため口で良いぞ。ま、もう少しでここから出てくけど」

「え! 何処に行くんですか?」

「タバスカン。スラヴィアの故郷だ」


 馬車に古着を積みながら、シュパーブが話す。夢も初耳だったようで、ボロボロの古着を着て喜んでいるスラヴィアを見つめている。一通り積み終えると、モッカは寂しそうに一行に向き直った。


「あの……、この度は、本当にありがとうございました。皆様がいなければ、私はどうなっていたか!」

「いやいや、私のせいだから。転移者と間違われたから攫われたの忘れてません?」

「でも! 皆様と出会えたことは、一生の思い出になりそうです!」


 深々と一礼すると、今度はシュパーブに顔を向けた。


「シュパーブさん、不躾ではございますが、いつか、この商隊で働かせてください!」

「……どういう風の吹き回しだ?」

「龍の亜人として、ずっと狭い世界で過ごしてきました。だけど、皆様の行動力を見て、私も世界を見てみたく思ったのです! 体力と力なら自信あります!」


 その言葉に、シュパーブはフッと笑った。


「気持ちは受け取っておく。ありがとう。ただ、この馬車はそう広くなくてな。五人も乗ればいっぱいになってしまうんだ」

「そうですよね。私の席はない、ですよね……」

「いるじゃないか。元の世界に帰りたがってる奴が。こいつがいなくなったら、席を開けて待ってるよ」


 シュパーブの一言に、夢の胸が僅かに痛んだ。泣いて喜びたかったが、今更、居心地の良さを感じている自分もいた。いつか、日本に帰らなきゃいけない。二つの涙魔石が、夢の感情に呼応するように鈍く光った。

 モッカを残し、全員が馬車に乗る。御者台にカミックが乗り、彼女に手を振る。シュパーブが「出発しろ!」と大きな声で命令する。すると、一組の夫婦が大急ぎで走ってきた。


「モンテロ……?」

「シュパーブさん! ちょっと待ってください!」


 慌てて馬を止めるカミックが、シュパーブと共に馬車から降りる。モンテロとアトラは息を切らしており、何かを言いたげな表情だった。


「どうした。別れの挨拶は済んだはずだが」

「シュパーブさん、最後に一つ、俺たちのわがままを、聞いて下さい……」


 モンテロが息を整えると、一枚の紙をシュパーブに手渡す。そこには、アトラの筆致で描かれた少女があった。目鼻立ちはアトラに似ており、精悍な顔の輪郭はモンテロ譲りだった。


「この少女は?」

「俺の娘、セレリオです。シュパーブさん、タバスカンに行く、と言っていましたよね?」

「ああ。それがどうかしたか」

「セレリオは半年前、友達と一緒にタバスカンへ旅行に行ったんです。数日で帰ってくる予定だったんですが、戻ったのは友達だけで、セレリオは行方不明なんです……」


 アトラの表情が曇る。同時に、シュパーブの顔も全てを察したかのように歪み始めた。


「……娘を探して欲しいのか」

「そうです。俺たちも探しましたが、何処にもいなくて。現地の憲兵にも連絡を取ったんですけど、ダメでした」

「そんなことを私たちに頼むのか……」

「手掛かりを掴むだけでも、大変ありがたい。何かあったら、俺のバーまで手紙を寄越して下さい! お願いします!」


 夫婦が頭を下げると、シュパーブは断ることができなかった。


「分かった。お前たちには、私たちを泊めてくれた恩もある。だが、手紙が来なかったら何も手掛かりがないと思え」

「ありがとうございます! どうか、セレリオを見つけて下さい!」


 泣きそうになるアトラに、力なく頷くシュパーブ。馬車に乗り込むと、三人に見送られて、ビュートを後にした。

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