縁故(2)
「そんな! 私のところに戻ってきてよ!」
「もう無理でしょ。どうせこの魔法も、あのバカ犬から貰った『スキル』とやらでしょ? あのな。私があのバカ犬にされたこと知ってる? 言葉のスキルだけあげて私から逃げたんだよ? 私の方がよっぽど、あんたより可哀想だと思うんだけど」
夢の嫌味に、「うるさい!」と牢を叩くアザレア。しかし、牢に施された魔法により、彼女の手が焼けただれてしまう。悲鳴をあげてうずくまると、夢がどっかりと腰を下ろした。視線には、何の感情も乗っていなかった。
「ほら、広場見える? あんたの味方はもういないの」
「……嘘だ」
「嘘じゃないよ。あとさ、私、日本に帰りたいの。涙魔石、ちょうだい?」
「はぁ!? なんであんなクソみたいな世界に帰りたいだなんて……」
「あんたはそうかもしれないけど、私には家族がいるんだ。ここの世界は居心地良いって思う時もあるけど、やっぱり耐えられない。だから、魔石集めなきゃいけないんだよ」
すると、アザレアがガタガタと震え始めた。何かを察したシュパーブがアトラを地上に降ろし、スラヴィアと共に馬車に退避させる。スラヴィアは鼻をつまむことなく、アトラにくっついていた。しかし、夢はアザレアから離れようとしない。
「ねえ、あんた、本当は私みたいな存在になりたかったんじゃない?」
「え……?」
焼けただれた手を抑え、アザレアが涙で濡れた顔を上げると、夢は笑っていた。
「周りを見てよ。目瞑るんじゃねえぞ。シュパーブさん。カミック、カロック、スラヴィア。私は転移者だけど、何度も死にそうになって、ようやく信用掴み取ったんだ。今でも信用されてないんじゃないかって、思ってる」
「やめろ……」
「ヴィヴァーロには、ヴィクトリス商会のみんながいる。コマさんの信頼を取り戻すのは苦労したな~。あの糞親父のせいで、シュパーブさんたちも逮捕されるところだったんだから」
「やめろ!」
「ビュートは、モンテロさんとアトラさん、そしてフロー様。シュパーブさんがいたからこそだけど、私を無害だと認めてくれた。それに、あんたの部下が誤認逮捕したモッカさんも」
「喋るな! もう止めろ!」
「全員に共通点があります。なんでしょうか~?」
「やめろーーーっ!」
「答えはぁ、私が一から信頼築いていったことでーっす!」
アザレアの眼から大粒の涙が零れる。だが夢はそれを意にも介さず、再び冷酷な表情に戻った。
「……まだ魔石出ないのか。しぶといな。あともう一つ。この荒廃したビュート、一から建て直せます? このゴミの山、このパンに群がる元お金持ち。スキルとやらで綺麗さっぱり解消してくださいよ、『お嬢様』」
「あ、あ、あ、ああああああああああ!」
アザレアの身体から、あの光が漏れ出た。目をひん剥き、ガタガタと痙攣する。その光は、フローが作った魔法の牢獄さえも破壊してしまった。
「ユメ! 逃げろ!」
「あぁ、これだ……。涙魔石だ!」
フローの言葉に耳を貸さず、じっと魔石が生成されていく過程を眺める。か細い声しか出せないアザレアの髪色が、どんどん黒くなっていく。光が消えると、重たい音を出しながら、涙魔石が転がった。それを急いで回収する夢の顔は、ビュートに来て一番輝いていた。
アザレアだった女は、ぼさぼさの髪と部屋着姿で横たわっていた。辛うじて起き上がると、夢を力なく見つめる。
「……愛されたかった。マッチングアプリでも、婚活でも、失敗ばかりだったの」
「それは可哀想に。でも、あのバカ犬にいいようにされたけどね」
「なんで。年収五百万、身長一八〇センチ以上、専業主婦希望って言っただけなのに!」
「……そういうとこだぞ」
夢が呆れて女を見捨てると、憲兵が馬車に連行していった。民衆を熱狂させた悪役令嬢の姿は、何処にもなかった。




