尾行(2)
宿に戻った三人は湯浴みを済ませ、双子と共に集まっていた。パリセードたちと会った旨を話すと、カロックが大きく溜め息を吐いた。
「どうして一緒に連れて行ってくれなかったんですか!」
「お前ら寝てただろ。無理に起こす必要もないと思ってな」
「おとうさん、あいかわらず元気だったよ!」
「セレリオさんの手掛かり、掴めました?」
カミックの一言に、夢とシュパーブが肩を落とした。「いいや、今のところは」という一言に、カミックは腕を組んで呻った。
「ただ、周りの精霊たちにも頼んで探して貰うらしい。セレリオは人間の血が濃いから、何処まで正確に探せるか分からないが……」
「そうですよね。しかしアトラさんもモンテロさんも、めちゃくちゃ真剣でしたよね」
「兄貴、自分の子どもが半年もいないんだぞ。そりゃ目の色変えるだろ」
「だよなぁ……。姐さん、あと一週間はここにいるんでしたっけ」
「そうだ。その間に、吉報を伝えられれば良いんだが」
三人が話し合っている間、夢はスラヴィアから家族について話されていた。「おとうさんはすごく強いの!」「おかあさんはすごくやさしいの!」「スーね、おかあさんからお料理教えてもらってるの!」と、ビュートの時とは比べ物にならないほど生き生きとしている。その様子を聞いて、夢はようやく笑顔になれた。仕事の疲れや痛みが、少しだけ飛んだ気分になった。
窓の外を見ると、まだぽつぽつと人通りが見られる。酒を飲もうと喧しく歩く男たちや、あまり見ないような髪色をした人たち。すると、スラヴィアがそれを指差す。
「あれ、せーれー!」
「そうなの?」
「うん! スーたちはね、髪の色がちょっとだけ変なの」
「そうなんだ……。でも確かに、ちょっと見ないかも」
くすんだオレンジ色の髪をなびかせながら、女の精霊が悠々と歩いている。それを目で追っていると、スラヴィアがケラケラと笑った。「なに笑ってるの」と夢が窘めようとした時、彼女の目線が釘付けになった。
「あれ? スラヴィア、髪……」
「ん? スーの髪がどうかしたか?」
「綺麗……」
雪のように真っ白なスラヴィアの髪に、金色のラメがかかったような煌めきが灯っていた。スラヴィアは「そう?」と満更でもない表情で、スカートを翻しながら回る。
「あいつはここにいると、いつもこうなんだ。多分、精霊が多いとそうなるんだろう」
「俺も初めて見た時びっくりしたよ。普段より大人っぽいし」
「カロック! スーはもうおとなだもん! おねえさんだぞ!」
スラヴィアがカロックに食って掛かるが、軽くいなされる。「また始まったよ」とシュパーブが軽く呆れている中、夢は変わらず窓の外を見ていた。もう夜も深いから望みが薄いかもしれないが、少しでも役に立ちたい。セレリオに似ている少女を見つけるべく、目を凝らしていた。
「シュパーブさん、セレリオさんの特徴とか、アトラさんから聞いてませんか?」
「ああ、概ねあのメモの通りだが、確か……、髪の色はアトラと同じだと言っていたな」
「髪の色……。金ですね?」
「多分な。あいつが言うんだったら間違いない」
双子とスラヴィアが騒いでいる間、シュパーブは夢の隣に座った。そして窓の外を見る。それっぽい女の子は通り掛からず、溜め息が窓を白くした。
「こんな時間に女の子一人で歩くなんて、なかなかないですよね」
「そうだな。お前と同じくらいの女の子だ。酒場で飲んだくれてる奴らに絡まれてもおかしくは――」
シュパーブが何かを言いかけた時、彼女の口が止まる。「どうかしたんですか?」と夢が聞くが、シュパーブは無言で指を差すだけだった。窓の曇りを拭き、指示に従う夢。そこには、一人の女の子がいた。
この寒さなのにワンピース一枚しか着ておらず、心ここにあらずといった感じで歩いている。手にはパンパンになった買い物袋が提げられ、厚底の靴が外見のアンバランスさを強調している。そして何より、このぼやけた視界からでも分かるくらいの、金髪だった。
「あれは……」
「きっとセレリオさんです! 急いで保護しましょう!」
「待てユメ。なんか様子がおかしい」
飛び出す夢を追いかけるように、シュパーブが出て行く。双子とスラヴィアは、呆然とすることしかできなかった。
雪を踏み締める音が、寒空の中で聞こえる。金髪の女の子が白い息を吐いて、ふらふらと目的地へと歩いていく。その後ろを、二人が尾行していた。これだけ派手に音を立てて歩いているのに、金髪の女の子は気づく様子が見られない。二人は建物の物陰に隠れ、悶々としながら様子を伺っている。
「どうして保護しないんですか!」
「人違いだったらどうするんだ! それに、セレリオは血が薄いとはいえ精霊なんだぞ。いきなりそんなことしたら、私たちが痛い目に遭うかもしれない」
夢はスラヴィアの力が頭を過った。精霊の頼もしさと恐ろしさを分かっていた彼女の足が止まる。そして女の子と歩調を合わせるように、慎重に尾行を再開した。数分歩くと、女の子が裏路地に入る。暗がりで見失わないよう、二人は更に距離を詰めた。
「良いか? 本当に危ないめに遭いそうだったら保護する。それ以外は手を出すな」
「……分かりました」
「最悪、パリセードたちの力を借りよう。我々人間にできることには限界がある」
無言で頷いた夢だったが、そのすぐあと、女の子が足を止めた。二回ノックをして、迎えを待っている。誰かが出てくると悟った二人は、慌てて近くの物陰に身を隠す。新しめの扉がゆっくり開く。女の子が買い物袋を誰かに手渡した。そして――
「ただいま、『お父様』」
お父様? 夢が見つかるかどうかギリギリのところで顔を出すと、大柄な男が出てきた。息を殺しながらその人を見る。勝手口から漏れた灯りに照らされた男の顔は、二人を愕然させるには十分だった。
スバル託児所で会った、あの男だったのだ。彼は笑顔で買い物袋を別の女児に渡すと、女の子の腰に手を回した。そして、ねっとりと背中を撫で回しながら身体を密着させる。
「おかえり、セレリオ。皆で夕ご飯にしよう」
「その前に、一緒に湯浴みしたいな」
つま先立ちをしながら、情愛を求めるセレリオ。それをまんざらでもない表情で受け入れる男。腰に手を回すと、ドアが閉じられた。シュパーブが唇を噛んで、自分の無能を呪った。自分の判断が間違っていた。その事実が、彼女の声を震わす。
「……帰るぞ」
しかし、夢は脚が震え、その場から立てなかった。呼吸が早くなり、涙目になっている。そんな彼女を背負い、シュパーブは夜道へと消えていった。




