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剥落(2)

「民衆の皆様、ごきげんよう! いきなりではございますが、今回、お伝えしなければならないことが二つございます。先ず一つ。タイロン家が、旧貨幣を国庫に貯め込んで、横領しようとしていたことが判明しました」


 その一言に、民衆がざわつく。しかし、アザレアの話す口は止まらない。


「旧貨幣は、新貨幣に取って代わられるとはいえ、まだ貨幣としての効力を発揮できます。それなのに、タイロン家は私腹を肥やし、新貨幣の価値を下げようと目論んでいたのです」


 周囲のタイロン家へのヘイトが溜まっていくのを、全身で感じる。そして待ちかねたように、民衆を黙らせる一撃を放った。


「しかし! もはやタイロン家への心配は必要ありません! 昨日、当主のアマロック筆頭に、親族もろとも、重犯罪者を収容する牢獄に入れました。近々、処刑を予定しています! これで、ビュートの不安は完全に消え去りました!」


 再び、地鳴りのようなアザレアコールが沸き上がる。中には感極まって泣き出す者もいた。下々の民を気にすることなく、大声で語り掛ける。


「もう一つは、私の後ろにおります、隣国の外交官。レオーネ様が、いらして下さったことです。では、レオーネ様? 民衆に一言をどうぞ」

「皆様、私は、これから、アザレア様と、婚約の儀を、結ぶつもりで、おります! 我が国の大臣も、宰相も、きっと、お喜びになるでしょう!」


 目のハイライトが消えており、涙が流れていたが、民衆は賛辞を贈るばかりだった。「遂にご結婚だ!」「アザレア様万歳!」。アザレアを浮つかせる言葉が辞書のように出てくる。その後ろで眺めていたアザレアは、感極まって泣き出した。


 一年前、転移した直後だった。妖精の指示されるまま、没落寸前のタイロン家に転がり込んだことが正解だとは思ってもいなかった。それからスキル『魅了』と『隷属』を駆使し、半年でタイロン家を掌握していった。貨幣をゴミから作り、呪いをかけ、一般市民までも手玉に取った。全部、思い通りだった。

 しかし、あの女だけは最後まで抵抗していた。自分の一挙手一投足にケチをつけ、『このままだとこの都市が破滅する』なんて抜かした。現世で、両親からいびられたトーンと全く同じ感触だった。だから、あの女を隔離させる必要があった。

 ある日、隣国との外務大臣会談が行われた。そこに勿論、あの女は出席していた。傍には私の愛しい愛しいレオーネ様! こんなの許さない。絶対にあいつの手に置いてはいけない。私は新聞記者を買収し、レオーネ様とあいつが握手した瞬間をスケッチさせた。そして、仰々しく、『フロー・アクロス外務大臣秘書、隣国に情報漏洩か』と記事を作らせ、憲兵を突入させる理由を作った。

 翌朝には、あいつは牢獄にいた。今くらい、下手したら今よりも爽快感に満たされたかもしれない。邪魔者がいなくなった今、タイロン家もいなくなって、傍にいるのは、将来の伴侶であり、権力の源であるレオーネ様だけ。


 高笑いが止まらなかった。数多の狂信者を目の前に、友好アピールでレオーネに抱き着く。すると、憲兵が慌てて走ってきた。小声ではあったが、慌てた口調で報告する。


「大量のパンを運んだ馬車が、検問で待機しております」

「……」


 レオーネから身体を離すと、憲兵に詰め寄る。


「このパレード中は、誰も通すなと言ったはず。あいつが脱獄しているんだから猶更よ」

「はっ。では追い返しますか?」

「……でも、食料品は通しなさい。これからの晩餐会に響く」

「かしこまりました」


 急いで退室する憲兵をよそに、広場いっぱいに詰めかけた観衆に見せびらかすように、レオーネの腕に掴まり、仲睦まじいアピールを欠かさない。レオーネは腕を高くあげ、民衆に大きく手を振っていた。それに水を差すかのように、蹄が石畳を叩く音が続々と聞こえ始めた。


「おい、あれ見ろ! パンだ!」

「あっちには野菜! 肉もあるぞ!」


 観衆が続々と、通された馬車へと視線を移す。バツが悪そうな顔をしているアザレアだったが、害がないと判断し、食料を運ぶ馬車を無視して演説を続けようとした。しかし、馬車たちは停留所にいるだけで、一向に城へと向かおうとしない。一体どういうことだ? アザレアの眉間に皺が寄る。


「失礼。この馬車を手配した者だ」


 張りのある大きな声が、広場に轟く。シュパーブ、カミック、カロックが、手慣れた手付きで馬車の荷物を捌いていた。一通り市場に並べるが、パンの馬車だけは、微動だにしない。


「アザレア王女様、私めはヴィヴァーロ出身の商人、シュパーブ・コルトでございます。今から私めから、ちょっとした提案がございます。単刀直入に申し上げますと、この馬車いっぱいに積んだパン、金貨二十枚で、今その場で、買い取って下さりますでしょうか!」


 突然の提案に、顔が引き攣る。いきなり何を言い出すかと思えば、はした金でパンを買い取って欲しい? しかし、アザレアの淡白な反応とは裏腹に、民衆はパニックに近い熱狂を起こしていた。


「嘘だろ? たった二十枚で良いのかよ!」

「あんな大量の、しかもヴィヴァーロのパンだろ?」

「こんなの、一個金貨二百枚はくだらないってのに……!」


 民衆の興味が、パンに向きつつあった。しかもこの物価高の中、破格過ぎる値段で取引しようというのだ。アザレアが苦虫を嚙み潰したような顔で、「こちらへ」とシュパーブを誘う。


「ありがとうございます。では、失礼致します」


 深く一礼し、壇上にあがるシュパーブ。視線はアザレアを向いていたが、心ここにあらずだった。背中に嫌な汗が張り付き、口が渇く。一世一代の賭けだった。慎重に金銭を要求すると、アザレアが仕方なく麻袋を取り出す。


「これで良いかしら? 商人さん」

「はっ! しかと受け取りました!」


 恭しく最敬礼をすると、金貨の枚数を確認すべく、麻袋を開く。一枚、また一枚と数えている間、彼女は壇上から降りなかった。笑顔が徐々に硬直するアザレアだったが、きちんと二十枚あったことを確認したシュパーブが、改めて顔を上げる。


「再確認したところ、全部ありました。やはりアザレア様は、正直な方でいらっしゃる!」

「当たり前のことをしたまでですよ。さ、用がないなら降りて……」

「やれ! 上空に魔法を放て!」


 金貨を壇上にぶちまけ、鬼の形相になるシュパーブ。一瞬、何が起こったか分からない群衆だったが、花火のように橙色の魔法の柱が打ち上げられた。ある程度の高さに達した時、それが細かく飛散し、雨のように降り注いだ。


「なんだこれは! おい! 捕らえろ!」

「……」

「話を聞いているのか! 早く……」


 アザレアが怒声を浴びせるが、憲兵は動こうとしない。何が起こったか分からない彼女だったが、直後、民衆から悲鳴があがった。


「なんだこれ! 俺の金が消えた!」

「私も! なんで生ゴミなんかが……」


 パレードの会場は、一瞬にしてゴミと悲鳴の地獄絵図へと変貌した。

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