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女傑(2)

「くっだらね! アザレアって転移者はこんな理由で、世界を危険にしてるのかよ! ただの駄々っ子じゃん! ガキじゃん! あいつ絶対、日本でもろくな女じゃなかったよ!」

「ニホン……?」

「ユメが帰りたがっている場所です」

「ありがとう、シュパーブ殿……」

「何が外患誘致だ! あいつのやってることって『私の大好きな人が、嫌いな人に取られそう! そうだ! 引き離そう!』ってだけじゃん! そんなことのために、私はあんなくっさい刑務所に入れられたのか? ほんといい加減にしろよあのクソビ……」

「ユメ、抑えろ! モッカが怖がってる」

「カミックさん……?」


 モッカが引き笑いを浮かべながら、カミックにしがみついている。怖がっているのは伝わったが、同時に「こいつ、あざといな……」と、夢の心の声が漏れそうになる。寸でのところで食い止めたところで、シュパーブがパンパンと手を叩く。


「若者同士の話ばかりで悪いが、ここからは年長者の出番だ。フロー様、私に考えがあります」

「言ってみろ」

「モンテロと話していたのですが、この金貨の欺瞞を暴けば、アザレアの信用は地に落ちます。ユメやモッカが見たと言っただけでは、完全に欺瞞とは言えません。フロー様の魔力と、アトラの魔法があれば、この金貨を、ただのゴミに戻すことができるやもしれません」


 やけに軽い金貨を、フローに差し出す。彼女が一つ摘まむと、あまりの軽さに呆気に取られた。歯を食いしばり、それを睨みつける。


「こんなもので、人心を掌握していたのか……」

「洗脳する魔法でも掛かっているのでしょう」

「分かっている。これらからは、滲み出るなんて規模を超えている。駄々洩れだ」

「お分かりになられましたか!」

「精霊と人間の混合種、か。貴女の力が必要だ。私の力だけでは、少し難しいかもしれない。魔力を貸してくれ」


 頭を下げるフローに、怖気づくアトラだったが、意を決したかのようにフローの隣に座り、金貨の山を前に手をかざす。倦怠感が彼女を襲うが、フローの涼しげな顔を見て、奮起する。路地裏で気絶しそうになっていた彼女は、もういなかった。

 アトラの手に、力が入る。フローが彼女の手を握ると、金貨の色が変わり始めた。虹色の蒸気のようなものが霧散していくにつれて、その正体が暴かれていく。


「兄貴、これって……」

「間違いない。馬車の残骸だ。昨日見たやつとそっくりだ!」


 双子の驚嘆をよそに、次々と金貨を差し出すシュパーブ。それが木屑や生ゴミ、土塊へと変貌していくさまは、皆の嫌悪感を煽るに余りあった。三十枚あった金貨を全て暴いた後、アトラがカウンターに突っ伏す。


「アトラ! 大丈夫か!」

「心配するな、モンテロ。奥方は疲れているだけだ。重ね重ね、本当にありがとう」

「これを、最終日のパレード? で民衆に晒せば、奴の信用を失墜させられる」

「名案だ。しかし、今の貨幣が全て消えたら、民衆はどうなる。まさかシュパーブ殿、そこまで考えているのか?」


 腕を組んでシュパーブを値踏みするような視線を送るが、彼女は動じなかった。


「その件についてですが、既に策は打ってあります」

「言ってみろ」

「私には、ヴァーソ・ヴィクトリスという男がついています」

「ヴィクトリス商会のか」

「はい。昨日、彼に手紙を送り、パンと生鮮食品、そして衣類を格安で調達するよう手配しました。あの男なら、私の頼みは断れません。な、ユメ」

「ええ、まあ……」


 つい先週のことを思い出し、恥ずかし気に笑う夢。緊急事態にもそれなりに対応できるように仕向けたシュパーブの強かさに膝を打つフロー。双子が貨幣だったものを処分している間、フローの目はアトラに向けられていた。


「アトラ殿、貴女は夫に負けず劣らず勇気がある」

「そんな、とんでもございません……」

「そんな勇気ある貴女に、折り入って頼みがある」

「何なりとお申し付けください……」


 悪臭の根源がバーから消え去ったアトラの眼に、生気が戻る。同時に、階段を駆け下りる無邪気な音も聞こえてきた。スラヴィアだった。


「くさくない! やったー!」

「氷の精霊か。シュパーブ殿の仲間か?」

「はい。こいつは我が商隊になくてはならない存在です。いや、こいつだけじゃない。全員、なくてはならない」


 その言葉に、夢の心が揺らいだ。自分は日本に帰りたくて、皆を手伝っているのに、シュパーブの言葉が脳内にこだまする。双子が照れながら作業から帰ってくると、夢の異変に気づいた。


「さっきまでの威勢の良さはどうした?」

「カロックさん……。私、まだここにいて浅いのに、こんなこと言ってもらって良いんでしょうか」

「姐さんが良いなら、良いんじゃねえの? 俺は素直に嬉しいけどな」

「それで、私への頼みとは?」

「明日のアザレアの集会は、大勢の民が詰めかけると予想される。民衆の貨幣も、全部無に帰すには膨大な魔力が必要だ。私と一緒に、いてくれないか」


 「頼む」と、最敬礼をする。その様子にモンテロはパニックを起こしそうになったが、アトラは落ち着いて、フローの顔を上げさせる。


「私の力であれば、全て捧げます」

「良いのか? あの貨幣の魔力は、貴女を衰弱させるんだぞ」

「ビュートを救えるなら、私は全て投げ出せます」

「スーも行く! まりょく、いっぱいある!」


 割り込んできたスラヴィアだったが、大人たちは特に咎めなかった。シュパーブが優しく聞く。


「スラヴィア! くさいんだぞ? 良いのか?」

「くさいのなくなるなら、スー、がんばる!」

「スラヴィア、と言ったな? 私に力を貸してくれないか?」

「お姉さん、すごくいいにおい! いいよ! スー、お姉さんだから、おてつだいする!」


 エッヘンと胸を張るスラヴィアに、フローはこの日初めて表情を崩した。太陽は既に真上を向いており、バーの室内を照らした。


「大量の金貨を元に戻すには、私とアトラ殿、そしてスラヴィアの魔力を一斉に放出しなければならない。こうやって……」

「こう、重ねれば良いんですね?」

「アトラの手、あったか~い」


 三人が来るべき日に備えている中、夢はいよいよ、転移者と直接対峙するという責務を感じるようになった。魔石を回収し、この都市を救う。

 普通の女子高生なのにそんなのあり? 冷や汗が、彼女の背中を伝った。口が渇き、自然とコップに手が伸びる。一気に紅茶を飲み干すと、大きく息を吐く。


「……やってやるよ。あのクソビッチ」


 誰にも聞こえないように、自らを奮起した。

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