女傑(1)
朝食を終えた一行とフローが、カウンターを陣取る。フローは高貴な衣装とは程遠い、極めて質素な服装だった。アトラのお下がりを借りていたが、それでも溢れ出るオーラに、モンテロ夫妻は直視することができない。
「フロー様が、私のバーに……。夢なのかな」
「呼びました?」
「あ、いえ、ユメさんじゃなくて」
「雑談はこれくらいにして、私を助けたということは、何か考えがあるんだな? モンテロ」
「はっ。アザレアを、皆の力で引きずり降ろします。その為には、フロー様の力が必要不可欠なのです!」
憲兵時代の癖で、つい口調が硬くなるモンテロ。フローはうんうんと頷くと、再び無表情で、皆の視線を集める。
「引きずり降ろす、か。手だてはあるのか」
「ここは私が」
「貴女は、モンテロの知り合いか?」
「シュパーブ・コルトと申します。モンテロとは腐れ縁です。先ずは、これを」
戸棚から、昨日アトラが受け取った金貨を取り出す。魔力が感じることができるアトラとスラヴィアの表情が歪むと、モッカはスラヴィアだけ二階に避難させた。金貨とは思えないほど軽い音が、カウンターにぶちまけられると、フローの眉間に皺が寄った。
「これ、兄上と父上が強制労働で作らされている……」
「え!? そうなのですか?」
「シュパーブさん、貴女は知らなかったか。ユメ、モッカ。説明してくれ」
「刑務作業で、お城の地下深くまで行かされたら、二人の男性が、憲兵に殴られていたんです。それが、フロー様の身内なんですか?」
フローについて、高貴な身分であること以外知らない夢が、容赦なく切り込んでいく。「こら!」とシュパーブが叱責しようとするが、フローは無言で首を横に振った。
「ああ。順を追って話す。転移者には分からんだろうからな。私の父上、バレーノと、兄上、エルティガ。我々は新貨幣の製造に最後まで反対していたが、アザレアがタイロンの連中についてから、有権者は我々の言うことなど聴かなくなったのだ」
「そんなことが……」
「他に聞きたいことはあるか? 転移者ユメよ」
「いっぱいあります。そもそもなんで、フロー様は投獄されたのですか? アザレアの逆恨みか何かですか?」
「ユメ、お前……」
モンテロ夫妻が顔を真っ青にしながら、夢の態度を戒めようとする。
「その通りだ。アクロス家が、選挙で負けたのは知っているだろう?」
「シュパーブさんが持っていた新聞に書いていました」
「その後、私は冤罪を掛けられて逮捕されたんだよ。外患誘致罪でな」
「……はい?」
周囲が凍りつく。それを見越したかのように、フローは表情一つ変えず、淡々と語り始めた。
「選挙に負けた直後、我々は新聞社の人間を呼んで、『この選挙は不正選挙だ』と声明を残した。そこから全部おかしくなっていったんだ。その翌日、私の部屋に大勢の憲兵が押し寄せてきたんだ」
「いきなりですか?」
「ああ。アザレアからの命で、貴様を外患誘致罪で逮捕すると」
「でもどうして! フロー様は、我々の為に精一杯働いて下さりました! 私みたいな少数民族にも、差別をしないよう外交で働きかけて下さったのを、今でも覚えております!」
モッカが涙声で、フローの罪を否定しようとする。彼女を見たフローの目が、見開かれた。
「……龍の亜人か。あれは兄上の功績だ。私は秘書として、橋渡しをしたに過ぎん。買い被るな」
「どうして、外患誘致罪なんか……」
「恐らく、隣国の外交官絡みだろう」
「外交官?」
「シュパーブ殿のような赤い髪で、若くして重要な任務につくことができるほどの才能を持っている。おまけに、隣国では良い男の象徴として、女性の支持者が大勢ついているそうだ」
アトラがある日の新聞を持ってくると、一面にはでかでかと、フローと隣国の外交官が握手を交わす姿が描かれていた。目鼻立ちが整っており、現代における『イケメン』そのものだった。モッカがごくりと唾を飲み込む中、夢とアトラは小首を傾げていた。
「どうしたんですか?」
「いや、なんか違うな~って」
「確かにかっこいいけど、亭主の方が……」
「よせアトラ。フロー様の前だぞ」
モンテロが照れ隠しで、フローから顔を背ける。そんな皆にペースを崩されたフローだったが、一つ咳払いをすると再び語っていく。
「まぁ、美醜の価値観は人それぞれだ。この見出しを私に見せて、『国家機密を漏洩したんだろう』と、ありもしないことを言ってきたんだ。お陰で特別房へ直行さ」
「あまりにも理不尽過ぎる……。フロー様! なんで反論しなかったんですか!」
「お前は確か……、看守見習いか。反論したところで、父上と兄上が危険に晒される。だから、私だけが泥を被れば、アクロス家はいずれ復活するだろうと思っていた。私も愚かになったものだな」
空笑が、バーに染みる。今でもフローの父兄は、地下で新貨幣の製造に加担させられている。助けると言っても、直ぐには方法が思いつかない。しかし、そんな状況でも肩を震わせる者がいた。
「ばっかみたい!」
突然、夢が青筋を立てて叫んだ。




