罪過(1)
早朝、モンテロは民衆から異様な目で見られながら、ある場所を目指していた。軍服は雪に覆われており、寒さで動きが緩慢になっている。彼は仕方なく近くの馬車に合図をして、行先を告げた。
「タイロン家の城の近くまで」
「あいよ」
「お代は?」
「金貨400枚」
「これでどうだ」
彼が差し出したのは、旧貨幣だった。銀貨2枚を出すと、御者の目の色が変わる。
「……本当にこんなに良いのか? 旧銅貨4枚で良いんだぞ?」
「生憎、銅貨の持ち合わせがない。このことは、タイロン家には秘密にしてくれ」
「勿論だ!」
「その代わり、往復代金で頼む。帰りの場所は後で伝える。さ、出してくれ」
「お安い御用だ。乗ってけ。憲兵さんよ」
「済まない」
御者の言われるがままに、馬車の中に入る。アザレアがいる城へと、少し急ぎ目に進んでいく馬車。その中で、モンテロは一か八かの賭けに出ようとしていた。
十数分経つと、見慣れた景色が見えてきた。聳え立つ城が、モンテロにとっては処刑台に見えた。正門の前に馬車を停めた御者に、銀貨をこっそり手渡すと、物々しい雰囲気の門を潜った。
「モンテロ! 生きていたか! アザレア様がお呼びだ!」
「分かっている。連れて行ってくれ」
同僚が青い顔をしてモンテロの手を引くと、歩いている憲兵たちが彼から顔を背けたり、俯いたりしていた。全てを察したモンテロだったが、彼の目に迷いはなかった。階段を上る度に、心拍数が上昇していく。質素な形をした扉の前に立つと、三回ノックをする。
「入れ」
失礼します、とドアを開け、一礼。モンテロはアザレアの顔を見ることができなかった。自分の作戦が必ず成功する保証などない状況で、アザレアの号令を待つ。
「顔を上げろ」
無言で指示に従う。アザレアの眼は、矢のようにモンテロを射ている。
「無様だな。のこのこと私のところまでやってきて。何があったか手短に話せ」
既に分かっているかのような口ぶりだったが、モンテロは慎重に言葉を選びながら話し始めた。
「昨夜、私が主導致しました、モッカ・ペル、スリのメーの処刑についてですが、道中で突然の猛吹雪に襲われ、死刑囚を逃がしてしまいました。大変、申し訳ございません。どんな処遇でも受け入れます」
膝をつき、深々と頭を下げる。嫌な沈黙が流れるが、アザレアは眉一つ動かさず、モンテロを見つめていた。
「……お前、魔法は使えないのか」
「はっ。恥ずかしながら私は、そのような素質は全くございません。この身一つで、この国に尽くして参りました!」
「情けない。魔法の一つも使えないのに、死刑囚の護送などやっていたのか。聞いて呆れる」
アザレアの視線が、ギロチンのようにモンテロの首元を掠める。彼はアザレアを前に何も言えず、生唾を飲み込む。冷や汗が床に落ちるが、彼の視線にはそれすら入っていなかった。アザレアの隣に立っている憲兵が、耳打ちをする。モンテロが必死に聞き取ろうとするが、断片的な情報しか入ってこない。自分の運命が決まるまで、そう時間が掛からないことしか分からなかった。
憲兵が立ち去る足音が聞こえた数刻後、アザレアが立ち上がった。ふんと大きく息を吐くと、モンテロに向かっていく。彼の手に、自然と力が入る。
「立て」
張りのある声がした数秒後には、モンテロは直立不動の姿勢になっていた。自分でも顔が強張っているのが分かった。
「お前、どんな処遇でも受け入れると言ったな?」
「はっ!」
「……では言おう。一つ、お前はクビだ。今すぐ不名誉除隊とし、二度と公務には関わるな。一つ、一カ月の自宅謹慎とする。その間に一歩でも外に出てみろ。どうなるか分かるな?」
モンテロの顔から脂汗が滲む。「……はっ!」と敬礼をするにも、動きが硬かった。それを無視するかのように、アザレアが話を続ける。
「本来ならば、問答無用で死刑にしていたところだった。なぜそうしなかったか分かるか?」
「……私めには、アザレア様の崇高なお考えは分かりませぬ」
「二つある。一つは、お前が取るに足らない存在だからだ。こんな木っ端を処刑したとて、見せしめにもならん。もう一つは、お前が正直に申告したからだ」
「……正直、でございますか」
「ああ。何処ぞのバカ貴族と違って、お前は誰が、何処に行くまで伝えただろう? お前は命拾いしたんだ。分かるな?」
モンテロの周囲を歩き回りながら、舐めるような視線を向けるアザレア。嘲笑混じりの説教が、個室を支配した。
「お前にもう用はない。紋章を置け。この隊服は好きにしろ。下着だけで外に放り出すほど、私もバカじゃない」
「ご寛大なるご処遇、誠に感謝申し上げます!」
最敬礼をするモンテロだったが、アザレアは彼などもう見ていなかった。瞳の奥には、タイロン家への憎悪と猜疑心に満ちていた。「失せろ」と低い声でモンテロを追い払うと、残されたタイロン家の紋章を憎々しげに見つめていた。
同期に心配そうに見つめられる中、紋章を外したモンテロが城門から出る。憲兵の中には、生きて帰ってきたモンテロに驚きを隠せない者もいた。近くには約束通り、あの馬車が停まっていた。
「おや? 紋章はどうしたんだい、憲兵さん」
「もう俺は、憲兵じゃなくなった。上司から解雇されたんだ」
「あら、そりゃ災難だ……」
「気にしないでくれ。俺にはもう一つの職場があるから」
「はー、副業かい。頑張るねぇ。で、その職場まで行けってかい?」
「頼む」
「飛ばすぞ! 少し揺れるが我慢しな!」
馬にリズム良く鞭を入れ、快速で飛ばす。縦に揺れる車内で、モンテロは雄たけびをあげた。




