亜人(3)
日付が変わろうとした頃、フローが湯浴みから戻る。庶民的な服装だったが、溢れ出る高貴なオーラは隠せない。目の前でそれを感じたアトラの目が、釘付けになる。
「フロー様、どちらで眠られますか?」
「二階で眠る。万が一のことがないように」
「我々もフロー様と眠ることにしよう。カミック、カロック。定期的に見張っておけ。一日中、監獄にいて疲れているのは分かるが、あと少しで全部終わるんだ」
「分かりました。兄貴、ちょっと先に寝るわ。暫く経ったら起こしてくれ」
カロックがいち早く二階に上がり、スラヴィアの隣で就寝する。それに続くように、シュパーブとフローも二階に上がる。寝衣になっても、腰のナイフは手放さなかった。
「二人も、ほどほどにして寝てくださいね? シュパーブさん、明日は忙しくなるって言っていましたから」
「分かりました」
カウンターで水を飲む夢。カルキ臭い日本の水道水とは違った独特な風味にも、もう慣れた。濃密過ぎる一日を回想していると、モッカが隣に座る。
「ユメ、さん? で良いんですよね?」
「は、はい。モッカさん」
「まだ、腕が赤いですね」
「チクチク痛みます……」
スラヴィアを抱き締めた時に負った傷が、まだ痛む。
「あの、私の姿を見て、幻滅、しませんでしたか?」
「胸のやつですか? びっくりはしましたけど、幻滅なんてとんでもない。そもそも私、モッカさんがなんでこんな身体なのかすら分からないので」
「転移者なのに、亜人を知らないんですね。ちょっとびっくりです」
目を大きく見開き、夢をまじまじと見つめる。
「本当に分からないんですって。転移者と亜人って、何か関係あるんですか?」
「大ありです! あ、ごめんなさい、ついあつくなっちゃって……」
「もう皆寝たから、少し静かにしましょう? それはそれで、亜人のこと知りたいですし」
「はい……。少し長くなりますが」
一本の蠟燭の灯りを頼りに、モッカが背筋を正して話し始めた。
「亜人って、色んな種類がいるんです。私のような龍だったり、狼、蛇、猫、鳥。最近は数が減っちゃいましたけどね」
「何か原因があるんですか?」
「……転移者が、我々亜人の領域を荒らしたんです。殺して使い魔にしたり、女は誘拐され、良いようにされてきました。このせいで絶滅した亜人もいるんです」
「そんなことが……」
高校の授業を思い出す夢。海から渡ってきた人間に、原住民が滅ぼされていく。それを肌で感じるとは思わなかった。
「それで、亜人は散り散りになりました。私たちの一族は、ビュートのはずれに集落を作って暮らしています。それ以外の亜人は、私も何処にいるのか分かりません」
「私たちのせいで、こんな……」
「ユメさんを責めるつもりは毛頭無いんです。ただ私は、歴史を知って欲しいだけなんです。そんな顔しないでください」
「転移者って、こんな野蛮なんだ……。そういえば私がヴィヴァーロで会ったあいつも、女の子をモノのように扱っていたな」
「そうだったんですね。転移者が転移者に危害を加えるって、ちょっと想像できないですけど」
水を飲んで小休止するモッカ。二階からカミックが降りてくると、彼は呆れたように二人を見つめていた。しかし、深追いはせず、「早く寝ろよ」と一言注意するに留めた。彼の後ろ姿を、ボーっと見つめるモッカ。その肩をツンツンとつつく夢の顔は、女子会真っ最中の女子そのものだった。
「ひゃうっ!?」
「乙女ですねぇ」
「何のことですか! 私はあの方に助けられたんですよ? 目の前で見ていたから分かりますよね? それだけですよ、それだけ! そもそも一日しか共にしたことがない男の人に現を抜かすなんて……」
「めっちゃ早口」
「……っっっ!!」
湯気が出そうなほど顔が火照っているモッカに、夢は笑いが止まらなかった。水を一気飲みして強引に落ち着かせると、モッカは大きく息を吐く。
「もうっ。からかわないでください」
「すんませんでした」
「心から謝ってます……? まあいいです。それと、亜人のことについてもう一つ」
「なんでしょうか」
「我々龍の亜人は、穏やかな心の持ち主なんです。だから、転移者に蹂躙されても、淡々とやってきました」
「モッカさん見てると、それは分かる気がする」
「ありがとうございます。でも、蛇の亜人。彼らは危険です。油断した転移者が、食い殺されたっていう噂もありますから」
「……分かった」
夢の顔が引き締まるが、直ぐに大きな欠伸が出てしまう。脚に上手く力が入らず、カウンターに手をつきながら歩く。黙っていればあっという間に寝落ちしてしまいそうだった。
「ごめんなさい、もう限界……」
「今日は本当に、ありがとうございました。明日も、微力ながら、お手伝いさせていただきます」
「一緒に頑張ろう。モッカさん」
どうにか二階に上がった二人は、部屋に到着して間もなく寝息を立てた。




