亜人(2)
中では既に、スラヴィアが料理に舌鼓を打っていた。彼女を避けるように、二階へと上がる夢とモッカ。アトラが鼻をつまみながら、詠唱を始める。
「あれ、何してるんでしょうか……」
「分かりません。それよりも、夢さん。びっくりさせてしまい、本当に申し訳ありません」
「モッカさん、貴女、何者なんですか?」
「私は……、ひゃあ!」
真っ暗な室内に、煌々とした光が飛ぶ。二人が目を瞑ると、冷たい風に包まれるのを感じた。数刻後、再び室内に闇が戻る。アトラはすっかり笑顔だった。
「解毒完了です! これでスラヴィアからも、くさい! なんて言われないでしょう!」
「そういえば私たち、監獄にいたからな……。このままスラヴィアに近付いたら、私死んでたかも」
「あの、ありがとうございます! 何と呼べばよろしいでしょうか!」
「アトラ・グンです。精霊と人間の混合種ですよ。貴女も、『同じ』ですよね」
「え、どうしてわかるんですか?」
「だって、貴女、上裸じゃないですか。さっき、追い剝ぎされたんですか?」
「そうなんです。着るものがなくて……」
アトラが席を外すと、衣服一式を持ってきてくれた。
「これ、着てください。ご実家はどちら?」
「ビュートの郊外です。これ、良いんですか?」
「娘のものだから、サイズが合うと良いけど……」
娘のことを口にしたアトラの表情が、少しだけ暗くなる。それに気づかないモッカはひたすら感謝の言葉を述べながら、娘の衣服を着こなしていた。三人で一階に下りた頃には、スラヴィアは大きないびきをかいて眠っていた。馬車を置いてきたカミックも帰ってきており、ようやく安穏の時が訪れた。
「カミックさん、外はどうでしたか?」
「まだ気付かれてないみたいだ。だけど、時間の問題だろうな……」
「そうだな、君たちだけじゃなくて、私も監獄から消えたからな」
「そうですそうです……、ってうわ!」
フローが麻袋から出て、カウンターに座って水を飲んでいた。その姿にアトラはその場に崩れ落ち、モッカが慌てて介抱する。
「あ、あ、あぁ……。フロー様! よくご無事で!」
「私は何もしていない。憲兵と、そこにいる転移者のお陰だ」
「憲兵……? 背が高くて、頬に傷がありましたか?」
「そうだな。もしや、貴女の知人か?」
「……夫です」
「そうか。貴女の夫は、随分と勇敢で、知恵が回る。あの男と一緒じゃなかったら、私は無様に処刑されていたよ」
「感謝する」と耳元で囁くと、アトラはすっかりドロドロに倒れてしまった。しかし、一瞬で我に返る。
「そういえば、モンテロは?」
「スラヴィアの出した猛吹雪に巻き込まれました。現場に残っています」
「まぁ……。命だけは助かって欲しいけど……」
「そうですね。でも、なんか考えがあるって言っていましたよ」
状況を淡々と説明する夢の隣では、モッカが料理に手をつけていた。カウンターに座る双子に負けず劣らず、勢い良く口に運んでいく。龍の牙をちらつかせながら、野菜のサラダを美味しそうに咀嚼していた。
「しかし、龍の亜人だったとはなぁ」
「え? マジ? 俺初めて見たんだけど。亜人」
「扉の向こうから見ていたんだけどさ、鱗がびっしりで」
一通り食べ終えたモッカが、双子の間に割って入る。そして、カミックをまじまじと見つめた。
「何かついてるか?」
「あ、いいえ。その、監獄では、ありがとうございました……」
「嘘ついてごめんな。俺ら、看守じゃなくて商人なんだわ」
「看守じゃないんだろうなっていうのは、薄々思っていました。あの時、私を人間扱いしてくれたこと、一生忘れません」
自分がいない間に、兄貴が龍の亜人となんか良い感じになっている。カロックは悪戯っぽい笑みを浮かべながら、二人の様子を眺めていた。モッカは顔を赤らめながら、水を飲んでいた。
「そういえばさ」
「どうかしましたか? カミックさん」
「龍の亜人ってめちゃくちゃ強いんだってな。モッカはどうして、あの広場であっさり捕まったんだ? あんな男くらい軽く捻られるだろ」
「……それなんですけど、私、未熟過ぎて、力を制御できないんです」
「あ、そうなんだ」
「だから、皆を巻き込みたくなくて……。広場一つ吹き飛びますから」
「こっわ」
端で聞いていた夢が、思わず呟いた。スラヴィアにモッカと、異世界の住人の恐ろしさを改めて感じた。




