脱獄(4)
馬車内どころか、川辺まで聞こえる大声でスラヴィアに呼びかける。モンテロは、いつ自分が吹き飛ばされても良いように、徐々に荷台から距離を取る。と、そこに、痺れを切らしたかのようにアマロックが降りてきた。
「今のは何の大声だ! 早く馬車を出せ! さもなければ私が殺され……」
「うるさーーーーーい!!」
周囲の温度が、じわじわと下がる。草木に霜が降り、シュパーブやモンテロの息が白くなる。タイロン家と憲兵はいきなりのことに戸惑うことしかできない。スラヴィアが小さい身体を大きく震わせ、荷台から降りる。殺気を感じたモンテロが、シュパーブを荷台に載せた。
「おまえか、スーの眠りを邪魔するのは」
「な、なんだよ……」
「しね!!」
対岸の川が一瞬にして凍りつくと、スラヴィアが空気中の水分を氷の弾丸に変えて飛ばす。霰のように降り注ぐそれに、憲兵たちはうずくまることしかできなかった。完全にパニックになっているその隙を突いて、夢とモッカが馬車から降りる。
「こっちだ! ユメ!」
「はい!」
ゴルらの間を縫うようにして走ってきた夢たちは、荷台から出てきたカミックの手を取って、シュパーブの馬車に転がり込む。これで一旦は完了したかに見えたが、スラヴィアの暴走が止まらない。上空の雲が積乱雲のように、スラヴィアの頭上に集まってくる。憲兵の連れた馬はパニックで逃げ出してしまい、周囲には人間と精霊しか残っていなかった。
スラヴィアが手を上空に掲げる。その隙を突いて、ゴルとバズが二人がかりで拘束を試みるが、それは叶わなかった。スラヴィアの掲げた手に向かって、豪雪が降り注ぎ始めたのだ。それは一瞬にして川辺全体を白く染め上げ、季節外れの猛吹雪を生み出した。
「ぶっ、わ……」
「なんだ、これ!」
「しね! しね! しねしねしねしねしねしねーー!」
感情の赴くままに、ホワイトアウトを生み出す幼い精霊。その様子を、ガタガタと震える馬車に乗ったシュパーブが、申し訳なさそうに見つめていた。
「ここはスラヴィアにとって、何も良いことがない。金貨の魔法とやらで、全部汚染されているんだよ」
「……じゃあ、一日も早く、浄化すれば良いじゃないですか」
「ユメ……、ちょっと待て! 何処に行く!」
荷台から降りた夢。モンテロがうずくまり、寒さに震えていた。
「ユメ、俺は後で行く。精霊の暴走で、やむを得ず取り逃したということにすれば、なんとかなるはずだ」
「分かりました。監獄では、本当にありがとうございました」
「良いんだ。スラヴィアはどうする」
「私が、止めます」
モンテロを信じ、一人でスラヴィアと対峙する夢。タイロン家は既に寒さで気絶しており、もはや敵は誰もいなかった。しかし、なおもスラヴィアは額に青筋を立てて雪を降らせている。悲痛な叫び声を一身に受け、夢はスラヴィアを後ろから抱き締めた。
氷風呂にいきなり入ったような刺激が、全身を貫く。白い息を吐き、スラヴィアをこちらに向かせる。
「スラヴィア! もう良いの。貴女を利用して、本当にごめんなさい!」
「ユメ……。スー、つらいよ。いたいよ。くるしいよ。くさいよ。もうやだよ!」
「そうだね、もういやだよね。こんな世界、もうなくなって欲しいよね!」
「ユメ、スーのことわかるの?」
「分かる! 私だって、前いた場所に帰りたい。スラヴィアも、元通りのビュートが欲しいでしょう?」
抱き締める力が強くなる度に、雪の降り方が弱まっていく。「あぁ……」と満足気な微笑みを浮かべたスラヴィアが、再び眠りについた。しもやけのように真っ赤な腕の夢が、彼女をおんぶする。モッカが幌を開き、任務を終えた夢が滑り込んだ。
「さぁ、馬車を走らせましょう。というか、よくこんなところでいれましたよね」
「私と苦楽を共にした相棒だからな、こいつらは。カミック、馬を出せ」
「了解! モンテロさんは?」
「後で行くって言ってました。その方が良いって」
即座に農道を引き返すよう鞭を打つカミック。馬車が動き出した頃には、パレードの灯りは、いつの間にか消えていた。




