脱獄(2)
「さて、第一関門は突破だ。あとはどうします? モンテロさん」
「モッカ、だったか。キミに協力を頼みたい」
「私……、ですか?」
「キミを処刑する」
「……は? え?」
モッカが怪我をおして身体を起こすが、直ぐに血の気が引いた。夢もモンテロのことを怪訝な表情で見つめているが、フローだけは様子が違った。
「モンテロ、お前らしいな。全部説明しないと分からないだろうが」
「申し訳ございません。驚かせて悪かった。本当に処刑したりはしない。ただ、処刑に出向くよう見せるんだ。少しだけ怖い思いをして貰うことになる」
モッカに優しく微笑んだ直後、カロックに向かい会う。
「カロック、今すぐ私のバーまで行ってくれ。シュパーブさんに馬車を出して貰う」
「了解! 俺もこの馬車に乗って合流します?」
「ああ。シュパーブさんには、『農道で馬車を待機させて欲しい』とだけ伝えてくれ」
「はい!」
「あともう一つ。スラヴィアが絶対必要だ。馬車に載せて欲しい」
「……とりあえず了解!」
カロックが疲れをおして立ち上がると、周囲にばれないよう慎重に階段を降りて行った。
その頃シュパーブは、郵便屋にいた。日が暮れる直前だったが、旧貨幣を渡すと二つ返事で対応してくれたのだった。
「この手紙を、明後日までに届けて欲しい。名はヴァーソ・ヴィクトリス。彼に渡せば、あとは上手くやってくれるだろう」
「かしこまりました。しかし何故、金貨を? 申し訳ないくらい高価なのに」
「この金貨が、数日後、とんでもない価値になるからだよ。速達で頼む!」
手紙の束を渡すと、郵便局員がヴィヴァーロの方向へと馬車を向けた。シュパーブは祈るような目で見送ると、パレードの喧噪に浮かれた民衆を背に、バーへと戻っていった。
アトラが手料理を作っている。スラヴィアはまだ寝ているようで、二階から姿を現さない。
「しかしスラヴィアはよく寝るな」
「はい。きっと今のビュートが、致命的に合わないのでしょう」
「どうしたものか……。このまま新貨幣が流通すると、お前たち精霊の居場所がなくなるぞ」
「それはちょっと言い過ぎですけど、確実に私たちの領域からは出なくなりますね」
ため息が漏れるアトラに、シュパーブは同情することしかできなかった。今、この瞬間も、悍ましいほどの魔力で、部屋の空気が変に重たい。体調不良をおしてシュパーブに料理を振る舞うアトラ。シュパーブは再び、あの金貨を出した。
「やっぱり、これはお前が持っているべきだ。たとえ何かあっても、これが助けになる」
「そんな! これはシュパーブさんの命綱ですよ? 私は当然のことをしたまでで……」
何かを言いかけたアトラだったが、不意に眩暈に襲われたかのように、頭を押さえて倒れそうになる。シュパーブが慌てて介抱し、椅子に座らせる。いよいよ残された時間が少なくなっているのを感じていた。
日がすっかり沈んだ頃、シュパーブが『臨時休業』と看板を掛ける。外に出ると、煌びやかな街並みがほんのわずかだが、視界に入ってきた。ユメたちは今頃、何をしているのだろうか。そんなことを思いながら立ち尽くしていると、こちらに向かってくる足音に気づいた。反射的に腰に仕込んだナイフに手を掛けるが、人影がはっきりしてくるにつれ、シュパーブの目が丸くなる。
「カロック!」
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「一旦落ち着け。中に入るんだ」
「落ち着いてなんて、いられないですよ、姐さん」
「どういう意味だ」
「モンテロさんから伝言です。一つ。今すぐ馬車を出して下さい。農道の真ん中に停めて欲しいらしいです。もう一つ。スラヴィアを絶対に連れて来いと言っていました!」
まだ看守の癖が抜けていないカロックに、シュパーブは慈愛の目を向けながら大きく頷いた。「よくやった」と小声で伝えると、急いで店内に入る。
「アトラ! スラヴィアを借りるぞ!」
「え……?」
「お前の夫からの、命令だ」
モンテロが無事に任務をこなしていることを悟ったアトラの表情が、ようやく緩む。そして重たい身体をおして、スラヴィアをお姫様抱っこで連れてきた。彼女は未だに鼾をかいて眠っており、起こさないよう慎重に馬車に載せる。
「一歩間違えたら、私たちが氷漬けにされるからな」
「サラッと怖いこと言わないでくださいよ、姐さん」
「皆さん、気を付けてくださいね。帰ってきたら、一緒に美味しいご飯を食べましょう」
馬車の準備が完了した一行が、アトラの温かい声を背に、農道へと走り出した。




