脱獄(1)
「フロー・アクロスさん、いたらお返事をお願いしまーす!」
夢が房内に響くような声で注意を向けようとする。カロックは冷や冷やしながら、アザレアの部下をモッカの房に寝かせた。いつ目覚めるか分からない男たちを目の前に、夢の帰還を願わずにはいられなかった。すると、夢が戻ってくる。
「どうした」
「いました」
「早っ!」
「多分こいつら、鍵束持ってると思うので、貰いますね。スリのメーですから、私」
部下のポケットから、房の鍵束をひったくる。
「でもなんでこいつら、特別房の鍵なんて持ってるんでしょうか」
「分からん。でも、多分今までならこいつらでも入れたんじゃねえの?」
「じゃあ行ってきます……」
「いや待て。足音!」
カロックが慌てて房から飛び出すと、夢も大人しく膝を抱えて縮こまる。誰が来るか緊張感が強くなったが、足音は一つだった。直ぐ後、カミックが少し息を切らして現れた。
「報告完了。どう? 何かあった?」
「兄貴、済まないがまたモンテロさんに報告してくれ。二つ」
「俺は遣い走りかよ。で、何?」
「一つは、やっぱりフローさんはあの房にいた。もう一つは、これ……」
「私がやりました」
房に転がっている男たちに、カミックは叫びそうになる。あっけらかんとした態度の夢だったが、何も事情を知らないカミックが詰め寄る。
「大人しくしとけって言っただろ! 何やってんだよ!」
「だって、『お楽しみ』って言うから、私が抱き着いてやりました」
「抱き着いてそうなるのか? 絞め殺したとかだろ、これ!」
「とにかく、報告! モンテロさんが何か指示出すかもしれない」
カロックの嫌に淡々とした態度に、カミックは諦めたように走り出した。階段から消えたことを確認すると、夢が再び鍵束を手に取り、フローの房へと走っていく。彼女は膝を抱えてうずくまり、何も言わずに夢を見つめている。
「フローさん、お迎えに上がりました」
「……貴女は?」
「メーです。スリで捕まりました」
「転移者だな」
射るような視線に、夢は「はい……」とあっさり白状した。それでフローの頬が緩むはずもなく、傷だらけの身体を辛うじて起こす。夢とさほど変わらない身長だったが、立ち上がると威圧感で圧倒されそうになる。夢の背筋が、自然と伸びた。
「魔力が伝わってくる。これで、アザレアの部下をやったのか?」
「私に魔力は一切ありません。これは、アトラさんが仕立ててくれた服が……」
「アトラ? あの精霊か」
「知っているんですか?」
「ああ。それよりも、私を誤魔化せると思うな。転移者。貴女は私に何をするつもりだ」
「助けに参りました」
気圧されそうになるが、はっきりと目的を伝えていく。籠った空気が重たくのしかかる。額から汗が流れるが、瞬きも忘れてフローと対峙する。
「そうか。だがどうして。貴女は魔力が一切ないと先ほど話された。助かる勝算はあるのか」
「仲間がいます。モンテロさん、アトラさん、そして、シュパーブ商隊」
「モンテロ……。そうか、あいつか」
「ユメ! モンテロさん連れてきた!」
遠くから声がする。モンテロが息を切らしてそこにいた。遠目でそれを捉えたフローの眼に、ようやく生気が灯った。拳を力強く握り、意を決して夢を見る。
「ユメ、と言ったな。貴女の勇気に感謝する」
「ありがとうございます」
「……勇気ある貴女に、お願いをしても良いですか?」
「何なりとお申し付けください」
「一番小さな鍵を使って、この牢を開けて欲しい。それで変なことをしたら、貴女を殺す」
モンテロと双子の表情が凍るが、夢は臆することなく小さな鍵を取り出そうとする。「くそ、暗くてよく見えない……」と軽く愚痴りながら、フローの様子も見ずに鍵束とにらめっこしていた。
「ユメ、私が怖くないのか?」
「今はそれどころじゃないんです! 鍵、何処だ! 鍵ぃ!」
「……邪なことを考えた私がバカみたいだ」
あれでもない、これでもないと、鍵を選んでいく夢。いつ追っ手が来るか分からない状況で、手汗が止まらない。指が滑るごとに、苛立ちが加速していった。モンテロたちと鍵束を交互に見やりながら、目を凝らして探していた。
と、急に蝋燭の灯りが強くなった。夢が顔を上げると、通路の蠟燭が煌々と燃えている。さっきまではほぼ消えていたのに、なぜ……? 夢がキョロキョロと見回していると、フローがため息を吐いた。
「落ち着いて、ユメ」
「フローさん……」
「近くに蠟燭があって良かった。私の力で明るくしておいた。焦っても失敗するだけだから、もっと落ち着いて探しなさい」
「わかりました……!」
蠟燭の灯りを頼りに、鍵を探す。そしてそれはあっという間に見つかった。長い鍵束に埋もれるかのように、小さい鍵が顔を出したのだ。「あった!」と喜んだのも束の間、鍵穴に慎重に入れていく。
「左回りだ。うちの牢獄の鍵は全部そうだ」
「モンテロ……。だそうだ、ユメ。やれ」
「言われなくても……!」
手汗で滑りそうになるが、鍵が折れないようにゆっくりと回していく。少しの抵抗と共に、鉄が擦れる音が響く。その瞬間、鉄格子がだらしなく開いた。夢はへたり込みそうになるが、フローの手を取ると、大急ぎで自身の房へと避難した。




