細工(2)
地下での刑務作業が終わり、夢とモッカは荒々しく房に入れられる。作業での痛み、悪臭、疲労が、粗末なベッドに横になると直接伝わってきた。
「うぉえっ……」
「メーさん、大丈夫ですか?」
「匂いが取れなくて……」
夢は自分の体臭が鼻につく度に、嘔気が生まれていた。異世界の洗礼を、何日かぶりに身体に叩き込まれていた。
「雑談を止めろ、お前たち。俺じゃなかったらまた鞭打ちだぞ」
「ごめんなさい……」
「謝ることじゃねえよ、モッカ。ところで、外務大臣だっけ? タイロン家の奴隷みたいになってたけど。お前の知っている外務大臣とやらを、俺に教えてくれないか。『独り言』なら、許してやる」
「看守さん……?」
「ロックで良いよ。モッカ。ミック。『独り言』を聞いたら、モンテロさんに報告な」
「分かった」
双子が睨み付けるようにモッカへ視線を送る。彼女はぎゅっと目を閉じて、ありのままを話し始めた。
「エルティガ・アクロス外務大臣、あの方は、天才です。あらゆる魔法を使いこなして、外交能力もある。隣の国と戦争が起こっていないのは、あの方のお陰でした」
「続けろ」
「だけど、一カ月前、だったかな……。新聞で、大臣とフロー様が、外患誘致の罪で逮捕されたって、書いていたような。見間違いかもしれないけど」
「外患誘致……!?」
「メー。お前は黙ってろ。モッカ、続けろ」
「……フロー様が、この国の機密情報を、隣国の外交官に売ったとかなんとか、書かれていたな。でも、私は違うって思っている。あの方が、そんなことするはずないから」
一カ月前のことを思い出そうと、頭を抱えるモッカだったが、直後に崩れ落ちた。
「……私が知っているのはこれだけです。たかが一般人ですから」
「『独り言』、ありがとう。ミック、報告」
無言で首を振ると、小走りで階段を降りていく。足音が聞こえなくなると、カロックは大きくため息を吐いた。何度も確認しているのに、特別房からは何も動きが見られなかった。無駄だと分かってはいたが、出入り口に手を伸ばす。やはり、そこに壁があるかのように弾かれてしまう。
「本当、どうなってんだよ……」
「ロックさん、そこに誰がいるんですか?」
「モッカ、だっけ。お前はまだ知らなくて良い」
突き放すように話すと、牢の前にどっかりと座った。腰を擦りながら、刑務作業の疲れを少しでも取ろうとしている。そこに、階段を昇る足音が近づいてきた。
「ミックか……?」
けだるげに身体を起こすが、何かがおかしい。足音が複数あったのだ。慌てて背筋を伸ばすと、看守とはまた違った装いの男が二人、息を切らしてやってきた。胸元タイロン家の紋章をつけており、カロックが「お疲れ様です!」と敬礼をしても、無視して牢屋に向かっていった。
「どけ」
カロックをぞんざいにあしらい、牢屋を開ける。
「ちょっと、誰の許可で開けてるんだよ!」
「黙れ! アザレア様のご命令だ!」
「アザレア……? あ!」
カロックは前夜のモンテロとの会話を思い出した。こいつが、今のビュートをめちゃくちゃにしようとしている奴だ。頭では分かっていたが、身体が動かない。二人はモッカの首根っこを掴むと、乱暴に引きずり出した。
「アザレア様が、お前を処刑しろとのご命令だ。よくもアザレア様の面子を潰してくれたな」
「何のことですか! 止めてください!」
「平民ごときが口を出すな!」
モッカを地面に叩きつけると、二人がかりで足蹴にし始めた。頭を抑えて防御姿勢をとるが、鞭や足の重みが、徐々に彼女の意識を奪っていく。カロックが止めに入るが、疲労困憊の彼が勝てるはずもなく、呆気なく殴り飛ばされてしまう。
「女はどうだ」
「抵抗しないようにボコボコにしてやったぜ」
「なあ、もう夜だからさ、こいつで『お楽しみ』と行かないか?」
「良いなそれ! おい、こっち来い! 服脱げ!」
その言葉に、夢の血相が変わった。直ぐにモッカの前に立ちはだかると、カロックに彼女を託した。唇を真一文字に結び、一歩も退く姿勢を見せない。
「お? こんなところにも良い女がいるじゃねえか」
「身体は貧層だけど、贅沢言ってられねえな。お前も来い」
「……分かった」
夢は男の手を掴む。良い気分になった男だったが、直後に異変を感じた。静電気のような痺れが、全身に行き渡っていた。直ぐに手を離そうとするが、夢の手は固く結ばれていた。痺れは次第に強くなっていき、男は無言で泡を噴いて倒れてしまった。夢が手を離すと、まな板の上の魚のように痙攣するばかりだった。
「アトラさん、似合わねぇなんて言ってごめんなさい。私、今最高に強くなってる」
「な、何言ってやがる……。お前、こいつに何したんだよ!」
「こうしたの!」
無邪気に抱き着くと、ゴミの異臭がもう一人の男の鼻につく。顔を背けるが、夢の装束が男に密着した瞬間、急に身体から熱が奪われる感覚に襲われた。「な……」とか細い声を出すことしかできず、夢の抱き着く力が強くなるほどに、男の震えが強くなる。
「ほら、お前の言う『お楽しみ』だぞ? 女子高生に抱き締められるなんてこれ以上ない喜びだろ? 何か言えよ!」
「女子高生……?」
聞きなれない言葉に首を傾げるカロックだったが、傷だらけになったモッカを房のベッドに寝かせる。涙で顔が濡れていたが、カロックのことをしっかりと見ていた。
「すみません、すみません……」
「良いんだ。モンテロさんには俺から説明する……、ってユメ、何してんだ」
「ちょっと、あそこに」
夢が向かっていたのは、特別房の出入り口だった。モンテロでさえ入れなかった、ぽっかりと空いた扉。試しに夢が手を伸ばす。
それは、呆気なかった。夢の身体が、特別房へと吸い込まれるように消えていったのだ。
「嘘だろ……」
「ちょっと、探してきますね! フロー・アクロスさん、いたらお返事をお願いしまーす!」
薄暗い特別房を、アザレア以外の人間が足を踏み入れた瞬間だった。




